僕を愛していた、彼女。
僕らが生きているココは、どんなに善良で優しくて、まるで光の様な人ですらも地獄に堕とす程残酷な世界だったのだな。
内心そう思いながら、僕は病院の受付に名前を書いて椅子に座り名前が呼ばれるのを待っていた。
横にある、買った花束を見詰めながら今日病院へ来た理由を考えた。
別に僕の体が悪くなった訳ではなく、仲の良い友人が不慮の事故に遭ってしまい入院しているので見舞いに来たのだ。
どうやら仲の良い友人の「彼女」は、赤信号を突っ切ろうとした車に轢かれそうになっている幼い子供を庇い、轢かれてしまった。
誰にでも優しい彼女の事だから、きっと見過ごせなかったのだと思う。
そんな彼女は人を救った英雄なのだが、何故か不幸な傷跡が残ってしまった。
「記憶喪失」
それが彼女の傷跡だった。
しかし、記憶喪失と言っても特殊な状況で彼女の両親曰く「想い人だけを忘れている」らしい。
人類の医学がまだ発展途上であった所為で、原因も治療法も分からない。
少し進んだ未来なら彼女は救われたのだろうか…いや、その可能性は低そうだ。
医学やらに興味がある訳でもないが、彼女の様な人がこんな状況になってしまうのはどうやっても理解し難い。
名前も知らない誰かを救った彼女は、十分な徳を積んでいて、幸せがその身に降り注いでも文句を言う人間はきっと誰もいないのだから。
それにしても、彼女は誰を忘れてしまったのだろう。
妙な程、僕はその想い人が誰なのか気になった。勿論、興味本位である可能性が高いが。
雪が降る景色と僕が窓のガラスに混ざるように反射し、自分の顔がどんな表情をしているのか分からない。そんな窓を見詰めながら自分の名前が呼ばれるのを聞いた。
立ち上がり、横に置いていた彼女の好きな紫苑と勿忘草、そして冬らしい花々が入った花束を抱えた。
紫苑は秋の花だが、科学の進歩のお蔭でこうして冬の花々と混ざっている。
正直「どんな季節でも好きな花が見れる」と言う状況よりも、医学の進歩を優先してくれれば良いのに、と思っていなくもない。
今にも落ちそうな花弁を落ちない様にしながら、彼女一人だけがいる病室へ向かう。
長すぎる廊下を取り敢えず、彼女担当の看護師に言われた通りに進む。
廊下の突き当たりに、一つの部屋があった。
そこに書かれてある名前のプレートを確認し、彼女の病室がここである事を改めて把握。ノックをする。
数秒後、彼女の声が聞こえ失礼します、と言って中に入った。
「こんにちは」と言うその姿は、いつもの彼女だった。
彼女は読んでいた本を閉じ、にこやかな表情で僕に椅子に座るように促した。
その彼女の配慮に感謝しながら、僕は今回の彼女の勇姿と不幸すぎる結果に触れつつ、花束を渡した。
嬉しそうな顔をして、彼女はベッドから立ち上がり花瓶に花束を挿した。
ベッドにまた戻ってきた時、すぐに僕は彼女に忘れた人は判明したのか、と問いかけた。
彼女は首を横に振り、申し訳なさそうな顔をした。
そんな彼女を慰めつつ、今日来た旨を説明した。
僕は何枚かの彼女と仲が良かった男子の写真を
彼女に渡し知らない人間がいたら言って欲しい、と頼んだ。
彼女は納得して頷き、写真を見つめる。その光景を見ながら、僕と彼女の関係値を考えていた。
人付き合いの下手な僕に対して、彼女は社交的だった。
だからだと思うが、彼女は僕にも優しくて仲良くしてくれた。二人で帰ったり、くだらない話をするのが堪らなく楽しいと思える程に。
そう言えば、いつかの彼女が僕に訊いてきた事があった。
確か、その時は秋頃で彼女の大切な日。
そして、僕が初めて彼女の好きな花を贈った日だった。
嬉しそうに、愛おしそうに花を見詰めて僕に「私の好きな花、初めて貰ったよ。ありがとう」と笑ってその花束を抱き締めていた。
その時、急に彼女が「人を好きなった事はあるのか」と訊いてきたのだ。
僕は強いて言うなら君の事が好きだ、と言った。彼女は鳩が豆鉄砲をくらった様な表情をした後、「あ、友達としてね」と笑った。
今思えば、なんでそんな事を態々訊いてきたのか気になった。
しかし、彼女にとってそれが些細な事である可能性が高いし、過ぎたことを今更訊くのは少し恥ずかしい気がした。
「見終わったよ」と、彼女は僕に写真を返してくる。
写真を受け取りながら彼らを覚えていたか、と訊くと頷く。
成る程、つまり僕らが出会う前の誰かが好きなのだな。
そう心の中で解釈したが、結局彼女の想い人は分からないのに少し残念に思った。
何となく見えていたオチに呆れつつ、彼女と他愛もない話もし終えた事だし帰ろうと思った。
しかし、写真から目を離した後の彼女の表情がどうも気がかりで少し離れ難かった。
だが、長いし過ぎても悪い。
そう思い立ち上がって、お大事にと言って病室を出ようとした時、彼女が僕の服の裾を掴んだ。
「ところで…貴方は誰?」
メモ
⚪︎彼女が忘れているのは、想い人=好きな人のみである
忘れている、僕を?
いや、僕らは間違いなく関係があって友人で…
え?彼女が好きなのは…僕?
そうか、そうなのか、彼女は僕が好き…いや、好きだったのか。
その事が判明した時、彼女が前に訊いてきた事とその反応で納得してしまった。
そして、今までもこれからも続く彼女に対する僕の感情すらも分かってしまった。
この世界はどんなに善良で優しくて、まるで光の様な人ですらも地獄に堕としてしまう反面、気付こうともせずに淡々と暮らし、相手を困らせているのに生きている人も共に地獄に堕としてしまうのだ。
結局、どちらに転んでも待つのは辛い未来だけなのかもしれない。
あー、なんの救いもない。
彼女がまっすぐ僕を見詰めている瞳に映るその姿は、妙な程に綺麗に反射して僕を見詰めていた。
そんな自分の姿から目を逸らす。
僕は君の目にそんな風に輝いて映るべき人間ではない、そう感じてしまったから。
目を離したその時、勿忘草の花びらが落ちたのが視界の端に見えた。
「花弁、落ちちゃったね」と、彼女はその花弁を手に乗せて愛おしそうに見詰めた。
「…なんだろう。誰かに、最近この花を贈られた気がするの」と、少し寂しげに笑って僕にそう言った。
思わずそれは贈ったのは誰だったのか、と訊いてしまった。彼女はうーん、と考えてから僕を見て言った。
「物凄く、大切な人。あー、でも…忘れちゃったなぁ」
気付くのが遅かった、そんな言葉で丸く収まったらどれ程幸せだろうか。
彼女の表情を見ながら、救えないこの気持ちの行く当ての無い事に思わず目を閉じた。
私が登場するのは、久しぶりですね。
どうも、花道時代です。
今回はふと思い浮かんだので、小説にしてみました。
貴方が読んだ上で、小説の内容の話をしますと
「勿忘草」の花言葉は「私を忘れないで」
それを渡したのは主人公の「僕」
ここが大切なところですね、読み終わった上で。
追々、編集とかするかもしれませんがその時はまた。
個人的な話をしますと、後悔ばかりをしている気がしているように思うようになりました。
気付くのが遅すぎて、調べるのが遅すぎて、理解するのが遅すぎた。
そうしたら、もう手遅れになっていた…こんなことになってしまう前になんで行動しなかったのだろう。
最近、こんなことばかり考えてしまっています。
後悔やらは、どんな事にもついてくる事だと思います。だから、せめて納得のいく後悔の仕方を私はしたい。
なんてね。
今回の小説も一応、現実で私が感じた心情とか経験もあります。
楽しんで頂けたら嬉しい限りです。
ではでは。