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碧空夜行抄  作者: 桐崎砂机
3/4

寒空の下

 A.D.9725年。

 大陸の海岸線より2000km離れている絶海の孤島。

 A.D.5678年に、宇宙より帰還した探検隊は数ヶ月間の漂流の果て、この島に上陸し、定着した。

 最初は数十人程度の集落だったが、人間性を取り戻した彼らは数を増やした。彼らは、暮らしを豊かにするために、島の姿を変えていく。いつしかそこには、街が出来たのだ。

 遥か昔、人はみんな青い海の星(テラスフィア)の地上に暮らしていた。しかし、地上に暮らしているのに、空の果てに夢を抱く子どもたちもいた。A.D.1961年、心が子どものまんまの技術者たちは、アレクセイという名の冒険者の碧空の向こうへの往復の旅を成功させたことは、のちに宇宙時代の幕開けとされている。今となって、弾丸の街・華音坊(キャノンボール)では、宇宙探索は当たり前のことで、勇気ある心を持つ人たちは命を燃やして宇宙探索を執り行っている。

 そんな中で、島の異名「宇宙人の植民地(コロニー)」をなんともふさわしく思わせる少年がいたのだ。彼の名はレノ。いつも兜をかぶっていて、目と鼻と耳は覆われている。彼が兜をかぶっていないところを見た者は誰一人いない。

 そんなレノは、2月の寒空の下を歩いている。こんな真冬日に、彼はどこに行こうとしているだろうか?雪が降り注ぎ、レノの頭や肩の上につもり始めたが、彼は寒そうに振る舞ってはいない。元より、レノは外に出るつもりがなく、ただシェルター()にこもって星を観測していただけだった。しかし、20分前、レノは異様な光景を見た。見てしまったのだ。一筋の青緑の淡い光がゆるりと垂直に降下してきた。あの光を見て、レノは思ったのだ。きれいだ。美しい。可愛らしい。そしてなにより、興味深い!レノは得意とする計算能力を駆使して、光が地に落ちるであろう場所を測定したのち、直ちに赴いたのだ。そして、その場所にレノが見たのは、またもや彼の好奇心をそそのかす異様な光景だった。

 あれは、およそ直径12メートルのクレーターだろうか。周囲の雪が溶けて、蒸発したからか、湯気が薄らに見える。クレーターのできた土からは、焦げた匂いがする。クレーターの中心、おそらくは爆心地とも捉えられる場所には、子どもの姿があった。子どもは、体の右側が地面について横たわっている。両腕は体の前方に自然に置かれている。白いワンピースに覆われて、足が見えない。

 レノは、左足でそっとクレーターの中に踏み入れた。足からかなりの熱は感じられるが、行動に支障はない。一歩、さらに一歩、レノは爆心地に近づいていく。その姿はまるで綱渡りの様子を呈している。途中でなんとなく子どもの落としものと思われる装着を拾った。ついにレノは横たわる子どもに接触しようとした。レノは頭を子どもの顔に近づく。息をしていることがわかった。目も耳も覆われているのにおかしな話に聞こえるが、レノは確かにこの子の息が感じ取れたのだ。息の確認の後、レノは子どもの体を見渡す。ツインテールで、両方の耳はプラスチックらしき箱のようなものに覆われている。白いワンピースで、ワンピースと同じぐらい白い肌。両目は開かず、まったりした顔で寝ているように見える。レノは、右手の人さし指と親指で子どもの目を開けてみた。キレイな青い瞳だ。目を覚まさせたいと思い、レノは左手の人さし指で子どもの瞳にツンと。しかし、子どもはびくともしない。立ち上がらないな、と少々落胆したレノだが、それはそれで好都合だと、薄らに笑みを見せた。その笑みは、まるで獣の本性をほんの少しだけあらわにする若い狼の笑みのようだ。レノは子どもの足もとに視線を向ける。そのワンピースの下はどうだろうね?きっとつるっつるの白肌の可愛らしい裸足だ、と期待を膨らましたレノだが、その光景は実にもっと驚くべきものであった。

 それは、人の足というより、戦車の足だろうか。6つの転輪を持つ無限軌道と、それを上半身につなげるための複雑な関節機構。全体は真っ白く、プラスチックのような材質で、およそ人の血肉よりも軽い。それを見て、レノの目は光り輝いた。こんな機人(ヒューマノイド)、いままで見たこともない!まだ未知の技術があるんだね!レノは一刻も早く調べたい。レノは子どもを抱き上げて、全速でシェルターに戻ったのだ。

「おかえりぃ」

 まったりした声は、一人でトランプのキャンフィールドをプレイしているネイのものだった。

「ネイか、ちょうどいい。これを」

「ぐぬぬ」

「素晴らしいぞ!プラスチックでこんなものが作れるかもしれないぜ」

「へえ、プラスチックでそんなの作れるんだぁ」

「いや、まだプラスチックに決まったわけじゃない。そもそもサンプルをとって調べないとわからないし」

「な~んだ、サンプルをとるんだぁ」

「だから、手伝いな」

「ぬんでだよ!」

「一緒にブラックジャックしてやるからさ、手伝ってくれよ?」

「へえ、それならいいぜ」

 ネイは立ち上がり、レノに視線を向かう。

「で、オレはなにをすれば…って、女の子を連れ込んでなにをするだ!」

「なにをするだって、そもそもこの子、女なのか?」

「見りゃわかんだろ?その白い肌といい、目と眉との()の完ぺきさといい、真っ平らの胸部といい、どれもが女の子たらしめる要素だろうが」

「それよりも、オイラの工具一式をとってくるんだ」

「工具一式って…あんた、いつからそんなリョナ趣味をもってたの?」

「あ?何言ってんだお前」

「だって工具一式って、プライヤーとモンキーレンチとスクリュードライバー、ネジと巻尺と絶縁テープ、カッターとネイルハンマーとハンダゴテ、のこぎりとジグソーとチェーンソーだろ?女の子を前にしてそんなもん持ち出したら解体するほかなかろ?」

「落ち着けって、誰が解体すると言った」

「え?解体しないの?そんなに可愛らしい女の子を前にして、解体してやらないなんてもったいないなぁ」

「お前、オイラの話聞いてなかったか?この子の足はプラスチックかどうか検証したいから、サンプルをとる…って、なにすんだ!」

 話は途中で止まった。なぜなら、子どもはすでに起きており、ずっと指でレノの頭をつついていた。

「降ろしてっていってる」

「いやこの子しゃべってもいないし」

「そもそもその子、しゃべれるのか?なんとなく宇宙人って感じだったから。ほら、地面を指してんじゃん」

 レノは子どもを地面に降ろした。

 仕切り直し。

「えっと、オイラはレノ。向こうに立ってるのはネイだ」

「ネイだぜぇ。よろしくー」

「えっと、キミ、しゃべれんの?」

 子どもは頭を横に振った。

「ほらやっぱり」

「だまれ、気が散る。で、キミとコミュニケーションが取りたいんだ。つまり、その、なんだ。()()()()()()()()()。何か方法を提示してくれると助かるが」

 子どもは部屋を見渡す。すると、机の上の端末を指した。

「これをどうすれば?」

 端末のスクリーンは光り出した。映っているのは、レノの知らないソフトウェアのインストール画面だ。

「ん?これをインストールしろってこと?」

 子どもは頭を縦に振った。

「わかったよ。ネイ、お前も端末を出せ。」

「いや、オレは一旦様子見」

「そうか。まぁ、いいか」

 インストールが完了した。インスタントメッセージのやり取りを行うソフトウェアだった。

Hello(テス) world(テス)

 アイコン画像がピンク色の四つ葉クローバーの何らかの者からのメッセージだった。

『このアイコン画像と同じもの、リナの胸元にある。触ってみ』

 レノが拾った謎の装置が、いつしか子どもの手の中に入った。それは、12個の小さいレバーがついている何か。

『このレバーで文字を入力しているの』

 レノは子どもの胸元に、四つ葉クローバーの標識を確認した。レノは目に笑みを浮かべ、端末に文字を入力しはじめた。

『お前の足、どうなってんだ?』

『気になるの?』

『ええ、それはもう』

 子どもはうふふっと笑った。

「ん?なにしてんだあんたら」

「いいから端末を出せ」

「はぁ?意味不なんだが」

『私の足、どんなのがいい?』

『変形可能????』

 子どもは地面に座りこみ、足もとの無限軌道を宙に浮かせる。すると、無限軌道は音も立てずに、目も追いつけない素早さで変形しだした。

『じゃあさ。オイラのと同じ形に』

『調べさせて』

 子どもは変形を止め、レノの前に這いつくばって、レノの足の形をくまなく調べた。すると、子どもの足は、レノの足と全く同じものに化けた。レノのズボンまで再現されていて、人間らしくは見えるが。

『ズボンはいらないかな』

『では、ズボン下も調べさせて』

「いやちょっとまって」

 レノは思わず声を出した。すると、ネイはレノに振り向く。

「いやお前にいってんじゃねえ。えっと、名前は?」

『リナ』

「リナちゃん、このがぞ…」

『リナ』

 敬称もつけずに呼ぶようにと、リナは意地っ張りのようだ。

「リナ。オイラのズボンの下は調べないで、この画像を参考にする、というのはどうかな」

 レノがリナに渡したのは、レノの好きなイラストレーターが描いたキャラクターの絵だ。すると、リナの足は白い裸足になり、格段に可愛らしく見えた。

『これでどう?』

「もっとほそく」

『これでどう?』

「うーん、やっぱさっきのがいい」

 マイナーチェンジを繰り返して頼むレノの様子は。

「まるでネトゲのキャラクリエイトに何時間もかけるマニアみたいだなぁ」

 さっきから呆れた顔をしていたネイであった。

「うっせ」

『これでどう?』

「うん、それでいいだろう」

「しっかしまぁ、よくも呆れないなぁ、その子。やっぱロボか」

『呆れてはいるかもしれないが、それは呆れても、言わぬが花ね』

「辛らつだなお前」

『というより、考えをいちいち表に出す必要がないよ』

「それもそうさな。ちなみにオイラはいま、なに考えてるかしってか?」

『そうね。血まみれのスクラップ山には、少女だったものの無残な姿がさらされているところ、かな』

「オーケー、リナ、スクラップになれ」

「ちょっ、まてレノ、あんた、なにをした?」

「なんもしねえ。リナはオイラの考えを的確に読んでくれてるだけ」

「うっわ、なにそれこわい」

「お前そんなビビんなよ。考えが読まれたって減るもんじゃないし」

「いや減るだろ、さすがに?秘密とか」

「秘密ってのはな、ネイ、誤解を避けるために隠すもんだぜ。考えを読んでくれるならそもそも誤解もないし、秘密なんて必要ねぇよ」

「いやいやいやそうじゃなくてだな、その、下心を読み取られたら」

「そりゃ見下される覚悟をしとけって話さ」

「は?見下されたらそりゃもうお終いだろ」

「なんでだよ」

「だって見下されたら、もう相手にしてくれないじゃん」

「リナ、そいつを見下せ」

『了承』

「えっ、そんな、オレに下心なんてないのに」

「だからビビるなって。せっかく見下されても相手にしてもらえるってことを教えてやろうってのに、って、逃げんな、ブラックジャックしないのか」

 ネイは飛び出した。

 そもそも、なぜリナに悟りの真似が出来たかを説明するには、まず意思の流れの型という概念を理解しなければならない。意思を持つものは、生身の人間、機人(ヒューマノイド)程序(レプリロイド)、人外問わず、「考える」という行為をすれば電磁波は発生する。意思とは、そういった電磁波の揺らぎであり、一定時間のプランク時間ごとの電磁波の波長を記録した数字の列で表すことができる。さらに、そういった数字の列のなかで何度も繰り返される数字が存在することを、意思の流れに型があるという。機人(ヒューマノイド)は、もとより長生きを求めるために創られたものではない。彼らは、人とのコミュニケーションが上手く取れますように、という願いの果てに生まれたのだ。ゆえに、意思の流れの型こそ、機人(ヒューマノイド)機人(ヒューマノイド)たらしめるものだ。さて、レノやリナの場合、両者とも機人(ヒューマノイド)であるが、意思の流れの型は違う。レノは、藍海の宝珠(オーブ)、つまり華音坊(キャノンボール)の技術で脳に細工を施され、暗号化・標準化された意思の流れの型を持っているが、リナは「碧空の星(アズレ)の娘たち」の技術で育てられた機人(ヒューマノイド)で、標準化された意思の流れの型を持っていない。ところが、コミュニケーションを所望するレノは、かなり強引な手段をとった。レノが言った「意思の疎通がしたい」は、藍海の宝珠(オーブ)機人(ヒューマノイド)の系統に標準搭載された触発令イグナイターを発動するという行為で、自分の思考を読まれたいという意思表示にほかならない。そしてリナは、レノに胸元のクローバーに触れさせたが、これは「碧空の星(アズレ)の娘たち」という星間旅団の機人(ヒューマノイド)程序(レプリロイド)の系統に標準搭載された触発執行(ペアリング)という機能で、リナの耳を覆う装置・電磁波アンテナがあってこそ使えるものだった。具体的には、相手は触発令イグナイターを発動した状態であれば、相手の意思の流れの型を読み取り、自分の脳に上書きし、相手の触発令イグナイターを解除するという一連の行為を一気に完遂する機能だ。この触発執行(ペアリング)を使って、リナはいままでの自分の意思の流れの型と同じ型をもっている人との意思の疎通が出来なくなる代わりに、レノの考えが勝手にリナの脳に流れてしまう。いわば、いままで「碧空の星(アズレ)の娘たち」の言語のネイティブスピーカーだった自分を、半ば強制的に藍海の宝珠(オーブ)の言語のネイティブスピーカーにしてしまったようなものだ。なお、リナはレノやネイのことをまるで信用していなく(当然だが)、レノに端末にソフトウェアをインストールさせて文字だけでコミュニケーションをとるという行為からは、できるだけ自分から情報を洩らさず、自分を取り巻く環境において常に主導権を握るよう努力する姿勢が見える。

 ところで、ネイの狼狽える様はというと、それはネイは生身の人間で、機人(ヒューマノイド)の文化をまるで理解していなかったのだ。まさかレノは初対面の相手に自分の心の奥を丸裸にさらしたがっているなんて、ネイは当然思えないし、レノの煽りもあって、ネイは、リナは人の心を読む機械なのかと疑ってしまったのだ。しかし、リナは生身の人間の思考が読めないんだ。なぜなら、生身の人間の意思の流れには、型がない。そもそも、リナのように特定の対象より発生する電磁波をプランク時間ごとに読み取れるほどの高精度のアンテナを搭載している機人(ヒューマノイド)は太陽系内でも数人しかいないが、そのことはいずれまた。

 さて、主人公のレノは精神的露出狂で、ヒロインのリナはその正反対であることがわかったところで、今回はお開きにしようか。正直レノの行為は危険極まりないと思われるだろうが、レノに言わせれば「精神を丸裸にされるのと、見破ってほしいウソを見破ってもらえないのと、どっちがこわい?」という自明の問いこそ、誰もが自分に問いたださなければならないらしいぜ。

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