うわああああああああ
人狼たちからの贈り物に近寄って眺めて、いくつかの道具を手に取ってみる。
鍋や皿、匙やナイフ。
バケツやひしゃくに、壺やバスケット、ブランケットやシーツにつぎの当たった農夫の服、男物の下着類。
他にもいろいろで、暖炉に据え付ける、回転ハンドルの付いたロティ用串まである。どれもきれいに洗われているが使い込まれた感じがあり、明らかに新品ではない。
ふと彼の脳裏をある考え……あまりたちのよくない推測がよぎった。
大鍋に水を汲んで、こぼさないように戻ってきたルピに、クレドは声をかけた。
「……ルピ、これ、どこで手に入れたんだ。どこかからかっぱらってきたんじゃないだろうな」
「だいじょうぶなのですよ、ルピたちはひとのものをとったりしないのです」
「じゃあ買ったのか」
ルピはごく当たり前のことを言う口調で答えた。
「このやまのむこうのむこうに、ひとのいないおうちがいくつかあるのですよ。そこからもらったのです」
クレドは嫌な予感がした。何らかの理由で人が住まなくなった家の家財道具は、たいてい、親類や近隣の住民によって根こそぎ持ち去られ、使われる。このつましい時代、どこでも普通に行われている風習なのだが、それが行われていないということは、ちょっと、というかかなり不吉なことだ。
「もしかしてその家って、みんな病気で死んだんじゃないだろうな」
ルピは目をくりくりさせた。
「あたりなのですよ! クレドさまはよくしっているのですねえ」
「うわああああああああああああ!!!!!!!」
ルピの言葉に悲鳴が被った。
「寄るなああああああああ! 家に入るなあああああ!!」
大きな大きな焚火を炊いて、その中に木の枝に寝具や服をひっかけて投げ込み、燃やす。
一番大きな鍋には水をぼこぼこに沸騰させ、ルピが持ってきた雑貨のうち加熱可能なものは茹でて茹でて茹でまくり、鍋に入らないものは直接火の中に投げ込んでから煤で真っ黒になったのを拾い出す。
オオカミの仔を鍋で洗っていたくせにこの体たらくで、危なそうなものはすべて煮沸をすれば安心する性質なのだった。
菌やウイルスという概念のない時代にあっては、他者には訳が分からない行為だ。
クレドの後ろで、ルピは「ちゃんと洗って持ってきたのですよ」と不満そうだった。
「それはなんだ?」
ルピが背後に隠している布包みに、クレドが気付いた。
「それもこっちへ出せ」
「これはダメです!」
ルピが悲鳴のような声で抗った。
「これは、みんなでつくったほしにくやほしざかななのです! ルピのおうちのパンだねも、わけてもらってきたのです」
――あ、焼却。
クレドの考えが伝わったのか、ルピは布包みをぎゅっと抱きしめて泣きそうな顔をした。
「みんなが! みんなが、クレドさまにたべてもらおうってもたせてくれたのですよ!」
「しかし、食べたら病気に……」
「さっき、クレドさまはたべたではありませんか!! ぽんぽんはいたくなってないではありませんか!!」
クレドはやっとさっき食べた鹿の干し肉のことを思い出し、思わず口に手を当てた。ルピの言っていることなどあてにならない。食中毒や細菌感染は、十日ほどたって表れるものもある。
「だいじょうぶなのですよ!」
ルピは叫んだ。
大きな青い目に、透明な液体がこぼれそうくらい盛り上がっている。
「ルピを! ルピのお鼻を! 信じられないのですか!!」
――信じろと言われても、ちょっと無理だよなあ
そう思ったが、いくら年齢のわりにスレていたにせよこの頃のクレドは、まだまだ女子供の涙に耐性がなかった。
彼は青い顔で着ているジレとシャツの胸の生地を掴みながら、呻き声を出した。
「じゃあ、もし私の具合が悪くなったら、その時は覚えてろ」
「はいっ! でも、ぐあいなんかわるくならないのですよ!!」
もう外は暗い。
デッキに熱湯を流し、体を洗い、ラヴァンディンを漬け込んだ酒で拭きあげると、クレドはやっと人心地が付いた。部屋の乱雑さや道具扱いのぞんざいさからは想像もつかない潔癖さだった。
ルピもすぐに出ていくか、体を洗うかの二択を迫られた。仕方なく例のサボンソウで体を洗い、好きでない匂いのする液体を振りかけられる。着てきたシュミーズとドロワーズのみならず持ってきたわずかな着替えもすべて煮沸され、干されているので、クレドのシャツを何回も袖を折り返して着けている。
ルピは納得のいかない顔だったが、ふんふんと鼻息を吐き出して気合を入れ、料理に取り掛かった。
不審そうな顔をしてぴったりと背後に立ち、一挙手一投足を眺めているのっぽの少年を全く気にせず、ルピはスープを作っていた。
燃やしたがるクレドから死守した包みを開くと、カッチカチに干された燻製の肉を取り出す。
それを適当に引き裂く手元を見ていて、クレドはこの小さな人狼娘の膂力を改めて思い知った。
ルピはそれを火にかけた鍋に放り込み、干したハラタケとムギナデシコの根と煮込む。
炉にもともとあった鍋をかけるフックにはスープの大鍋をかけているのだが、その脇にロティ用の回転串を置いて、手前にはパン種を串に巻き付けて焼き、その奥にはやかんをひっかけて湯を沸かしている。
幼児のわりに、なかなかの手際だ。
「クレドさまはおりょうりがへたなのですねえ」
小さな手に握った木杓子でぐるぐるとスープをかき混ぜながら、ルピは言った。
「そうか?」
「おかゆしかつくれないのでしょう?」
「いや、そんなわけでは……」
クレドはかつて、ルピに粥しか食べさせていなかったことを思い出した。彼は彼なりに食料を節約していたのだ。それをルピは、彼が料理が下手でそれしか作れないからだと思っていたらしい。
「だからそんなにやせてひょろひょろなのですよ」
こんこんと鍋の縁を叩いて、杓子に貼り付いていた肉の欠片をスープの中に落とす。
「ルピがしっかりふとらせてあげるのですよ」
「君は私を家畜か何かだと思っていないか」
「たべられないし、おちちもでないので、クレドさまはちがうのです」
「男だから乳は出ないが、食べようと思えば食べられるんじゃないか?」
「へんなのですねえ、クレドさまは」
ルピは振り向いて、クレドの顔を見た。
「クレドさまはルピをたべるのですか?」
「ううん、食べない」
「それとおなじなのですよ、ルピも、ルピのなかまたちもひとをたべないのです」
人の噂に、人狼は恐ろしいもの、とクレドは聞いている。
殺される前に殺さなければならない存在なのだそうだ。
しかし、村の人々が最後に見た人狼というのは、あの領主のオオカミ狩りで無残に殺されたという人狼の老爺で、彼は決して人も家畜も襲おうとはしていなかったという。
そして、このルピの存在。
この二つの点で、クレドは、この森の人狼は、この世における立ち位置を弁えた、隣人のような生き物に思い始めていた。
同時に、そう思うことがどれだけ危険かもわかっている。そんな感傷たっぷりに獣人を扱い、殺された人々の例は王都でも多々及び聞いていた。
――でも、人間のほうがよほど野蛮な気がするんだよな……
ルピはクレドの感慨などどうでもよさそうだ。
具が柔らかく煮えたら、一度さっと茹でたホスタと松の実をふた掴み加えて、スープの出来上がりだ。さっき茹でた木の皿には焼けたパンがのっていて、ミントの茶も沸いている。
「できあがったのですよ!」
ルピは深皿にスープをたっぷりよそってクレドに勧めた。
クレドは申し訳程度に食前の祈りを捧げた後、一匙スープを口にして初めて悟った。
――私も、母上も、料理が下手だったんだな……
「おいしいのですよ、ねえクレドさま」
「うん」