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竜使いとおおかみむすめ  作者: 江山菰
日々
16/24

へんそうなのですよ

 行商団は毎年初夏と晩秋にやって来る。街まで馬車に揺られて三時間という村では、ちょっとした祭りになる。

 彼らは近隣の村でも手に入らないようなものを持ってくる。

 釉薬のかかった陶器の食器や建材、銀のカトラリー、贅沢品の絹やレース、晴れ着に縫い付ける飾り玉、などなど。そして、底まで圧縮した革でできた軽い靴。

 貨幣で購入できるが、彼らはチーズやバター、羊毛、それで紡いだ糸、皮革等の買い付けも行っているので、物々交換にも応じた。

 それだけでなく、客引きとして簡単な大道芸も披露する。吟遊詩人紛いに遠い街の風物や出来ごと、政の動向も語り、子供相手の人形劇もやるので、大人も子どもも彼らを大歓迎していた。


 クレドの背嚢に収まっているのはいくつもの瓶と、大小さまざまな赤っぽい石だった。とうの昔に王都から持ってきた衣類や貴金属は売りさばいてしまい、糊口をしのぐために売れるものといえばこういうものしかない。


 彼の母が使っていたアランビック式の蒸留器は実に役に立つ。松の葉やラバンディン、野ばらの実を中に突っ込んで火を焚けば、精油が取れた。これは薬用に買ってくれる人間がいる。精製前に出る蒸留水も安価な香水や消毒薬代わりに売れる。

 ラノリンを湯洗いして羊臭さを軽くし、精油と練り合わせた軟膏も木の器に詰めて持ってきている。村人が売っているラノリンにこうやって付加価値をつける。あの、ルピがいやなにおいだと言っていた代物だ。

 石は小川のせせらぎに洗われていたものを拾い溜めてきた。小さな土砂崩れがあったりすると、透明感がある赤っぽい石が川に出てくる。それは琥珀で、このあたりで取れるものは赤スグリのように美しい。村の連中も拾いに来るが、魔物の領域ということになっている森の深部には入ってこない。川は森を抜けて村へ流れていく。石集めには、上流を自由に徘徊できるクレドのほうに分がある。

 

 村まであと半時ほどだ。このあたりはもう村人が木を伐り、きのこや山菜、野イチゴを取りに来る入会地コモンズだ。

 その頃になって、クレドは背後にぱきぽきという音を聞いた。

 自分の足音とも風の葉擦れとも違う、小枝の折れる音だ。

 クレドは音のした方をちらっと見た。

 これまで野生の動物たちと出会ったことはあるが、彼が《《奇妙な特技》》を持っているのを感じ取るのか、皆気味が悪そうにそそくさと立ち去る。獰猛極まりない子持ちの熊にも威嚇すらされたことがない。野性の鈍った家畜たちに恩を売っても愛されないのだから、さもありなん、だ。

 しかしいつでもそのような状況が続くとは限らない。飢えの極致に達した獰猛な獣に出会ったら、選り好みせずに襲ってくる可能性はある。襲いこそされなかったものの、選択の余地がなく嫌われ者のクレドを頼ってきた人狼もいるのだから。

 とりあえずいつも持っているナイフの柄に手をかけ、そのまま歩調を緩めない。

 音はウスノキの群生の緑深い奥から、近づいてくる。

 歩くうちに少しずつ距離は詰まってきた。不用意に小枝が折れる音がする。一本や二本が立てる音ではない。ばきぼきばきぼき、ひっきりなしだ。


 クレドはため息をついた。

 この足音は四足歩行のものではない。

 この野蛮な小枝の折れっぷりは、野生の獣のしなやかさにはそぐわない。

 まだ人間のクレドのほうが静かに歩けている。


「ルピ」


 そう呼ぶと、足音は止まった。


「ルピ、ちょっと出てこい」


 相手は黙って今更、気配を殺している。


「怒らないから」


 おもむろに、またぽきぽきという音が始まる。

 出てきたのは小枝や木の葉だらけの麻袋をすっぽりと被った何かだった。麦を入れる大きな袋の縦一辺を切って、フード付きのマントのように紐で首のあたりを結んでいる。このごわごわした粗野な布が引っかかって、藪の中で騒々しかったようだ。


「何しに来た」

「クレドさまのゴエイなのですよ」

「護衛?」

「わるいにんげんがうじゃうじゃいるとみんながいっていたので、クレドさまをおまもりするのです」

「留守番しろって言っただろう」

「おるすばんはもうあきたのです」

「んで、なんだその恰好は」

「へんそうなのですよ」


 ルピは麦を入れる麻袋を淑女の纏うテンの毛皮のマントにようにつまんで見せた。

 尻のあたりの生地が揺れている。得意のあまり、尻尾を振っているらしい。下には

いつも着ているシュミーズとドロワーズがちらっと見えた。

 控えめに言って、王都の橋の下によくいる「おもらいさん」と同程度かそれ以下の有様だ。

 

「これはよいかんがえなのです。おかあさまが、にんげんにあうときはかならずおみみとしっぽをかくすこと、といっていたのですよ」

「私以外の人間に会ったことはあるか?」

「ありませんのですよ」


 思わずクレドは眉間に軽く握った手をあてた。


「護衛ご苦労。もう大丈夫だから、帰って夕食の支度でもして待っていてくれ」

「もうおしょくじのじゅんびはおわっているのですよ」

「洗濯は」

「おそうじも、おせんたくもぜーんぶおわったのです」

「戸締り……」

「ちゃんとしめてきたのですよ。ひのしまつもばっちりなのです」

「あのなあ、ルピ」


 クレドは少し声を張った。


「君は人間に見つかったら、どうなるかわかってるのか!」

「わかっているのですよ」


 ルピは青く澄んだ目で、クレドを見上げた。


「ころされるのでしょう?」


 クレドは、一瞬胸の奥に震えが走った。

 ここしばらく感じなかった恐怖だった。

 この娘が村人に捕まったら、一緒にいた自分もただでは済まない。しかし、それは大したことではない。

 王都にいた頃、飼い主の私刑による獣人の惨殺をたびたび見た。なぜか父から見せられ、嗅がされ、聞かされた。

 母は、この独り子の記憶を上塗りしようと必死だったが、たまにこうやって暗い淵から泡のように上がってくる。


 生皮を剥がれるルピを見たくない。

 生きたまま焼かれる臭いを嗅ぎたくない。

 悲鳴を聞きたくない。

 

「わかっているのならなぜお利口さんに留守番しないんだ!」

「ルピはにんげんをみてみたいのです」

「私を見ていれば大体のことはわかっただろう!」

「ルピは、こどもがみたいのです……にんげんのこどものあそびやおにんぎょうがみたいのです」

「私だってつい最近まで子供だったんだぞ! 遊びだって教えてやるし」


 そう言いながら、クレドは自分が子供らしい遊びをまったく知らないことに今更はっとした。せいぜいボール投げくらいだ。

 声にこそ出さないが、ルピの表情は、クレドではだめだと雄弁に語っている。

 

「頼むから、後生だから帰って待っていてくれ」

「ルピもいきたいのです」


 クレドはルピの主人ではない。

 ルピは人狼たちの慣習とはいえ、自由意志でクレドのもとにやって来て女中をやっている。

 彼は、自分がこの人狼の仔に対し、何の強制力も持ち合わせていないことを歯がゆく思った。

 そして、彼の哀願は、物心ついてからは一度も聞き届けられたことがなかった。






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