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第8話 ブラザー

 悟空は水晶宮の玉座の間に居座って動かない。

思わぬ事態に青龍王は苦笑するばかりだ。

悟空は言う。


「このように立派な武器を手に入れますと、鎧兜がないのはいかにも片手落ち。どうかひと揃い用立ててくださいな」


「あいにく鎧兜はないのですよ。他所をあたってください」


悟空は頭をポリポリと掻く。


「そいつは困りますなあ。昔っから“出歩いて迷惑かけるな三軒も”って言うでしょ。一軒ですませろっちゅう先人の教えですわ。ま、お茶も頂いてることですし、出てくるまで待ちまっせ」


「困っているのはこっちだ……ないと言ったらない」


悟空は如意棒をくるくると頭上で回す。


「誰かさんのおかげで肩が凝ってるんだ。運動しながら待ってもいいんだぜ。まだ使い慣れてないもんで、手もとが狂ってしまうかもな」


術をかけられたことに悟空は気づいている。

青龍王はこの実力未知数の厄介な化け物に、はやくお引き取り願いたい気持ちでいっぱいになった。


「私の弟達にあたってみましょう。なに、孫大人にご足労願う必要はない。そのままお待ちください」


ワニの将軍が金の鐘をつき、スッポンの元帥が鉄の太鼓を叩く。

これら宝具の音は海中にあっても龍王だけには聴こえるのだ。

忽ち、南海紅龍王なんかいこうりゅうおう敖紹ごうしょう西海白龍王せいかいはくりゅうおう敖閏ごうじゅん北海黒龍王ほっかいこくりゅうおう敖炎ごうえんが水晶宮の門前に推参した。

玉座の間に悟空を待たせたまま、青龍王は弟達に事情を説明した。

涼やかな目元の敖紹が言う。


「ゆすられるがままなんて、大哥あにうえらしくもない」


精悍な顔つきの敖閏が継ぐ。


「俺にまかせてくれよ。その猿をぶっちめてやるからさ」


やや幼い顔立ちの敖炎が剣を抜く。


「僕だって一緒に戦うよ」


しかし、青龍王敖広は血気にはやる弟達を押し止めた。


「我ら兄弟の力を結集して、よしんば勝ったとしても、ここはどうなる。水晶宮は崩れ、臣下は巻き込まれて死に絶えるだろう。それは王道ではない。ここは一先ず追い返すことを優先する。後から取り返す機会もあろう」


「あ、大哥、後ろ後ろ!」


青龍王が振り向くと、待ちくたびれた悟空が門前まで出てきていた。

その顔には満面の笑みが張り付いている。


「いやぁ、みなさんそれぞれにかっちょいい具足を着けておりますなぁ!ちょいと失敬」


悟空は紅竜王から鳳凰の羽飾りがついた兜を、白龍王から黄金の鎧を、黒龍王から天界の蓮で織った靴を剥ぎとった。


「ありがとよー!さいなら」


呆気にとられた龍王四兄弟を尻目に、悟空は花果山へ向けてスイスイ泳いで行くのだった。


 花果山水簾洞に戻った悟空は、滝の頂に立って如意棒を構えると、見得を切った。

頭には羽のたなびく紫金の兜、身には黄金の鎖鎧、足には歩雲の靴といった具合で、豪壮華麗な装いだ。


「よっ!大王様!三国一の色男」


猿達は口々に悟空を褒めちぎる。


「よせやい、そんなわかりきってること!」


悟空は笑いながら如意棒を眼前に突き立てた。

猿達は棒に触ってみるものの、ピクリとも動かない。


「重さ一万三千五百斤という代物だから、お前たちでは動かせまい。優れた物には優れた持ち主が定められているのさ。龍王なんかは持て余して放っておいたんだからな。こんな秘宝だともわからずにな」


悟空が大きくなれ、大きくなれ、と如意棒に語りかける。

すると如意棒は空に向かって伸び続け、あっという間に雲を突き破ってしまった。

猿達はたまげるやら感心するやらで大変な騒ぎである。悟空は今度は小さくなれ、小さくなれ、と語りかける。

忽ち棒は縫針ほどの大きさになり、悟空はそれを耳にしまいこんでしまった。


「すげえや!大王様、もう一度大きくしてくださいよ」


「なに、同じ事を二度やるのでは面白くあるまい」


悟空は耳から如意棒を取り出した。


法天像地ほうてんぞうちの術!」


如意棒がグイグイ伸びていくのと同時に、悟空の背も伸びていく。やがて万丈に至り、頭は泰山の如く、腰は峻嶺の如し。眼は稲妻、口は血盆、歯は剣山のようになった。

上は三十三天を貫き、下は十八地獄を踏みぬくといった具合である。

悟空はその恐ろしげな姿で声を立てて笑った。世界中がこの怪異を目撃することとなった。

その日から、各地の妖魔が悟空のもとを臣従や朝貢を願い出てひっきりなしに訪れるようになった。

ある日、老臣である四匹の猿ーー悟空は彼らを馬・流・崩・笆とそれぞれ名づけていたーーが、慌てた様子で注進してきた。


「大王様、妖魔の王がやって参りました」


「いつもの事ではないか。何をそんなにビクついている」


「我らもどうやら妖になってきているようでして、違いがわかるようになって参りました。今度のやつは、大物です」


砂煙を立てながらやって来た妖王。

乗っているのは馬ではなく、赤銅色の肌に紅の目、金の瞳を持つ怪物である。

頭には磨き立てた鉄兜、黄金の鎧に獅蛮の帯を締め、瀟洒な鹿革の靴を履いている。

どこぞの大将軍かという出で立ちだが、その顔は白牛であった。


「お初にお目にかかる。いやあ、この前は驚いたぞ。わしの他にもあんな術の使える妖仙がおるとはなあ」


「なんだって?」


白牛の妖仙は悟空が足元に突き刺していた如意棒を掴むと、ひょいと抜いた。


「おろろ、見た感じよりも重いなあ」


「それを抜いたのはアンタが初めてだ。俺は孫悟空。名前を教えてくれよ、おっさん」


牛魔王ぎゅうまおうと呼ばれとる。よろしくなあ」


悟空は牛魔王と酒を酌み交わし、大いに盛り上がって義兄弟の契りを結んだ。

すると、その話を聞きつけて豪傑の妖魔が続々と集まった。

白牛の牛魔王を長兄とし、海蛇の蛟魔王こうまおう信天翁あほうどり鵬魔王ほうまおう青獅子あおじし獅駝王しだおう大猿おおざる獼猴王みこうおう狒狒ひひ禺狨王ぐじゅうおう、そして末弟には岩猿の美猴王びこうおうこと孫悟空。

七大魔王の義兄弟がここに結成されたのである。

七人もいながら猿系が三人も被っているのはなぜなのか、その謎の究明は懸命なる読者諸兄に任せることとする。

完全武装で同盟まで組んでしまった悟空がどこに押しかけて無茶をするのか、それは次回へ譲る。

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