第7話 相棒
傲来国の本土では、轟々と砂嵐が吹き荒れていた。人々は戸をピシャリと閉め、この突然の出来事をやり過ごすしかなかった。人々は家に篭もり、口々に言った。
「こんな天変地異は今だかつてなかった。何か良くないことがおこる前触れでなければいいが」
砂嵐は一昼夜吹き荒れて、やがて去った。人的被害はなかったのだが、物的には無事というわけではない。異変は王宮の武器庫で起こっていた。刀、剣、槍、戟、戈、弓、弩、矢、ありとあらゆる武器が消え失せていたのである。
「分隊、小隊、中隊、大隊の規模ごとに木刀や竹槍による訓練を行なっております。今回、実物の武器が手に入りました故、段階を踏んで訓練内容も実戦に則したものへと変えていきます。近く、検閲の機会を設けさせて頂きたく存じます」
「ウム、くるしゅうないぞ」
白猿の報告に悟空はもっともらしく頷く。本土から消え失せた武器は花果山の猿達の手に渡っていた。砂嵐で人払いした悟空は王宮に忍びこみ、分身の小猿達とともに武器を全て持ち去ったのである。
再び妖魔に攻められたときのために富国強兵につとめようというのが、悟空の考えであった。
「しかし、皆の武器は手に入れたが、俺様のコレはどうもしっくりこないんだよな」
悟空は混世魔王から奪った大刀をぶんぶんと振ってみた。
「重くて扱いづらいということですかな?」
「逆だよ、逆。軽すぎるのさ」
家老の猿達はゴニョゴニョと相談して、意見をまとめている。
「その重そうな大刀に相棒がつとまらないのであれば、これは人界の武器をあたっても無意味でありましょう。して、大王は海に潜ることは可能ですかな?」
「泳ぎは得手ではないが、避水の術が使えるから、もちろん潜れるぞ。ま、俺様に出来んことはないちゅうことだな」
「それは良かった。近海の底には、東海青龍王の竜宮があるとの伝説があります。龍の使う武器でしたら、お眼鏡にかなうのではありますまいか」
そんなわけで、悟空は避水の術を唱えると海に飛び込むのであった。
◇
東洋大海の水を掻き分け潜っていくと、行く手には全身にびっしりと鱗を生やした巡回の夜叉が立ちふさがった。
「誰か!」
「あぁん?」
「合言葉!」
「合言葉もへちまもあるか、お魚野郎!ご近所様の仙人が挨拶にきてやったんだ。とっとと親分に伝えてこい!」
夜叉は直ちに水晶宮に戻り、龍王にご注進と相成った。
「避水の術が使えるとなれば、それなりの力を持つ妖仙であろう。通せ」
悟空は海月の女官やら蟹の兵士に導かれて、龍王の玉座の間に通されるのであった。
海老の大将やら、海亀の軍師やらといった海産物の文武百官に囲まれた青い龍が玉座に巻き付いていたが、悟空の姿を認めるや、人の姿に変じた。眉目の整った大柄な黒髪の男、金糸で龍をあしらった青い袍に身を包んでいる。
「東海青龍王、敖広である。仙人殿は如何用あっておいでになられたのか」
「よっすよっす。俺様の名は孫悟空。最近は武芸に凝ってるんだが、良い武器がなくってよ。ご近所さんのよしみでいっちょ用立ててくれや」
龍王の目が青く輝いた。
「んー、なんか肩が凝るなぁ。寝不足かなぁ」
悟空がぐるぐると肩を回す様子を見て、龍王の目は輝きを潜めた。
「む、すぐに用意しよう。誰ぞ、孫大人にお茶をお出ししろ」
龍王の心中は穏やかではない。
ーーまさか、あれ程の術をかけても、無事だと?肩が凝っただけ?ーー
龍王は重力を操って無礼な悟空を懲らしめようとしたのだ。
常人ならばペシャンコになる程の圧であったはずなのに、悟空はピンピンしていた。
「この刀などいかがでしょうか?」
アイナメ長官が持ってきたのは如何にもズシリとした刀。
「んー、俺様、刀はあんまり好きじゃないんだよなあ。だいいち、これじゃ軽すぎるよ」
続いてサワラの力士やらが抱えて持ってきたのは九股叉、先が九本に割れた槍のような武器である。
これを持って悟空は一言。
「これも目方が軽すぎますなぁ」
「ご冗談を。三千六百斤(約二千二百キロ)という大物ですぞ」
悟空は無言で小指の上に九股叉を乗せてゆらゆらさせた。
次に、カジキの将軍やらマンボウの提督だのがヒィヒィ言いながら持ってきたのは、表門にかけられている装飾用の巨大な方天戟だった。
悟空、それをぐるぐると振り回して言う。
「もっと重いものはないので?」
「そいつはさっきの倍の七千二百斤(約四千四百キロ)。それより重い得物はこの城にはありません」
「おいおい、竜宮にない宝なし、とことわざにも言うでしょ。なんとかならんのですか」
その時、龍王の奥方が出てきて夫に耳打ちしました。
「陛下、例の柱を差し上げてはどうですか」
「神珍鉄か……しかし、あれは武器にはならないだろう」
「あの柱、昨日から突然金色の光を発し始めたのよ。このお客を呼んでいるのかもしれなくってよ」
龍王は海中の宝物殿に悟空をいざなった。
宝物殿の中心に突き刺さっている柱がまばゆい光を放っている。
「古の聖帝、禹が、荒海を沈めるためにここに投げ込んだ重石です。なんでも天の川の底を突き固めて作ったとか」
柱は丸太ほどの太さ、長さは三丈ほどもある。
悟空は柱を引き抜くと、両手に抱えてみた。
「重さヨシ!もっと細けりゃ持ちやすいんだがなぁ」
すると、柱はひとりでに細くなった。
「すげぇ!もうちょい短くなったら、最高の武器になるのになぁ」
すると柱は、長さ二丈、太さは三寸ほどになったのである。両端には金の箍が嵌められ、箍の近くに刻字がなされていた。
“如意金箍棒 重さ一万三千五百斤(約八千一百キロ)”
悟空はこの棒をしげしげと眺めて、
ーー確かに、こいつは俺様の意の如になりそうだなーー
と感じたのであった。
ホッとした龍王、すかさず言う。
「いやはや、おめでとうございます。では政務もあります故、本日のところはこの辺で……」
「あー、こうなると、もう一個頼みたいこと出てきちゃったなー。まったく、申し訳ないなー。」
相棒を手に入れた悟空、しかし彼のゆすりたかりはまだ止まらない。
東海青龍王は他に何を奪い取られるのか、それは次回に譲る事とする。