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第6話 王の帰還

 悟空の乗る觔斗雲は、西洋大海を超え、南贍部洲なんせんぶしゅうを後にし、東洋大海の上空に来た。やがて、見えてきたのは傲来国、生まれ故郷の花果山、そして我が家の水簾洞すいれんどうであった。そう、行く宛のない悟空は、故郷に帰ってきたのだ。

雲から降り立った悟空は叫んだ。


「おーい、みんなー、帰ったぞーう!」


しかし、辺りは静まり返っていた。

なんだか、焦げ臭いのも気になるところだ。

悟空は先ほどよりも更に声を張り上げた。


「大王がぁ!戻ってきたぞー!」


やがて、周囲の茂みからゴソゴソと数匹の猿が現れた。どれも皆痩せ衰え、中には怪我をしているものもいる。猿達は悟空の姿を見るや、顔に手を当てて、涙を流して泣き始めた。事態の飲み込めぬ悟空の前に、見覚えのある白毛の猿がまかりい出てて言う。


「大王様のご帰還に、出迎えもせなんだこと、お詫び申し上げます。ただ、これにはわけがあるのでございます」


「言ってみろ」


「我々は大王が残された遺訓を守り、ここ十数年は平和に暮らしておりました。しかし、何年か前のある日、巨大な妖魔が現われ、手下とともにこの洞窟を襲ったのです。多くの猿が殺され、また連れて行かれました。襲撃は数回におよび、火まで放たれ、洞内は焼き払われててしまいました。洞窟にいると狙われるため、こうして茂みに隠れ、儚い命をつないでいるのでございます」


悟空はそれを聞いて全身の血が煮えたぎるような怒りに襲われた。


「そのクソ野郎はどこに行きやがった。探しだして、この世に生まれた事を後悔させてやる」


「襲撃の際には霞がかかったり、雷鳴が轟いたり、あるいは豪雨だったりでそれに乗じてやってくるので、どこから来たのかよくわかりません。ただ、方角は北からのように思われます。追跡の手段もなく、泣き寝入りです」


「追跡の手段?あるさ、この俺様にはな!」


悟空は宙返りすると觔斗雲に乗って、上昇した。猿達の驚く声、それはやがて歓声に変わった。猿達に見送られ、悟空は北を目指して飛んでいくのだった。


 北へどんどん進んで行くと、眼前に険しい山が屹立していた。悟空がその山に目を留めたのは、怪しげな黒雲がその峰を包んでいるからであった。

須菩提祖師は言っていた。神仏が地上に降り立つとその上空には水色や桃色の瑞雲ずいうんがかかり、妖魔がいるところには灰色や黒色の雷雲がかかる、と。

悟空がその麓に降り立つと、何やら人の背丈の半分ほどの生き物が戯れて、火を囲んで踊っているのであった。悟空は岩陰に身を隠し、その姿を観察した。

その顔や体つきは人に似ており、衣類さえまとっているが、口が尖っていたり、あるいは耳まで裂けていたり、目の上にナメクジのような触覚や小さな角があったりする。身体の色は鮮やかな青だったり、赤だったり、あるいは黄色に黒のまだら模様。なるほど、これが妖魔ようまというものか。足元には、肉をしゃぶられた猿の骨が散らばっていた。ここが敵の本拠地で間違いあるまい。

観察を終えた悟空は岩陰から躍り出ると、一匹の妖魔の襟首を背後から右手で掴んで釣り上げた。


「おい、お前たちの主はどこだ」


妖魔は問には答えず、じたばたして、悟空を振り解こうとする。悟空は苛々して、思い切りその妖魔を地面に叩きつけた。妖魔の頭蓋が割れ、脳漿が岩に飛び散った。

周囲にいた他の妖魔は悲鳴を上げて、逃げ出そうとした。悟空は一喝した。


「待て!お前たちの主にこう伝えろ。花果山水簾洞の主が、お礼を申し上げに来た、とな!」


妖魔たちは慌てて住処の洞窟に戻り、石の玉座にどっかりと座る魔王にご注進するのであった。


「大変です、猿の洞窟の親分ザルが殴りこみをかけてきました!すごい馬鹿力で、とても我々では歯がたちません」


「ほほう、あそこの主は修行の旅に出たとか聞いていたが、くじけて戻ってきたかな?よし、我輩がおもてなししてやろう。鎧兜をもってこい」


悟空は逃げる妖魔たちの後をつけて、洞窟の前まで来ていた。入り口には不格好な石碑が突き刺してあって、けったいな字で「水臓洞すいぞうとう」と書いてある。悟空は蹴りを放ってその石碑を粉々に打ち砕いた。


「ああ、吾輩の書いた題字をめちゃくちゃにしよってからに」


野太い声と共に現れたる妖魔の王。黒鉄の鎧兜で身を固め、絹の上着に摺り染めの華やかな靴、右手にはギラギラと鈍い光を放つ大刀を持っている。身の丈は三丈(9メートル)程もあり、胴の周りは十囲とおかかえもある大男であった。その顔は人に似て人にあらず、耳まで避けた大きな口と、やたらに離れた両の目、灰色の肌にぶつぶつが沢山あって、不気味極まりない。


「お前がここの大将か、俺の名は孫悟空、落とし前をつけにわざわざ来てやったぜ!」


「手下どもが慌てるから、どんな化け物かと思ったらこんなチビすけか。それに、丸腰ではないか。得物のないお前をぶった切っても、この混世魔王こんぜいまおうの名が廃るわい」


混世魔王は大刀を地面に突き刺すと、拳を構えた。


「よ、天晴な心がけだな。かかってこいや色男」


言うが早いか、魔王は右の拳を放ったが、悟空はひらりと身をかわす。それと同時に悟空は脇の下に飛込み、短拳を見舞う。魔王は鎧の隙間にねじ込まれた拳に、くぐもった悲鳴をもらす。悟空は既に股の間に潜り込んでおり、金的を蹴り上げる。魔王は血走った目で悟空を捕まえようとするが、悟空は背中に登って首の後ろを引きむしるのであった。魔王はなんとか悟空を振りほどくと、ゼェゼェ息をしながら、地面に突き刺した大刀を引き抜いた。


「あ、遊びは終わりだ!殺してやる」


魔王が振った大刀は悟空にかすりもしなかったが、近くの松の木が真っ二つになった。


「おお、怖。それじゃこっちも奥の手を使わしてもらうぜ。身外身しんがいしんの術!」


悟空は自分の毛を何本か引き抜くと、プッと息を吹きかけた。毛はむくむくと膨張し、数十匹の小猿に変じるのであった。

小猿は一斉に魔王に踊りかかる。ある者は金玉を掴み、ある者は目玉をほじくり、ある者は鼻の穴に手を突っ込むと言った具合で、魔王は堪らず大刀を取り落としてしまった。

悟空はすかさず大刀を拾い、魔王の頭から尻まで一直線に振り下ろした。

魔王はそれでも小猿達を振りほどこうとじたばたしている。


「よう、色男。ちょっと言いにくいんだが……あんた、もう、死んでるぜ」


真っ二つの魔王はそれぞれの半身と目があった。


「あれ、ほんとだ」


魔王は白目を向いてバッタリと倒れるのであった。

死骸に青い火がともり、大男の姿が消え、ぬめぬめとしたその正体が現れた。


「こいつは井守いもり?いや、歳を経た山椒魚さんしょううおか」


巨大な山椒魚はんざきの半裂きは、ドロドロと溶け、悪臭を放つあぶくに変わった。

悟空は洞窟の中に押し入ると、小猿達と共に残りの妖魔を無慈悲にも皆殺しにした。

殺戮が済むと、小猿たちは煙を立てて元の毛に戻り、そよそよと悟空の身に帰ってきた。だが、そのように戻らない猿達が数十匹。


「やい、お前たちも毛に戻らんか。ハゲが出来てはかなわん」


「私共は、二年前にここにさらわれた猿でございます。」


聞けば、猿達は魔王にさらわれてから奴隷兼食料として散々な扱いを受けてきたという。さらわれたのは猿だけではなく、見れば洞窟内の調度品も水簾洞から強奪されたものであるらしい。

捕虜達を開放し、調度品を外に運びださせると、悟空は洞窟に火を放った。


「さあ、長居は無用だ。帰ろう」


「私共がさらわれた時、狂風が巻き起こって気がつくとここにさらわれていたのです。ですから、帰り道がとんとわからず……」


悟空は猿達に目をつぶるように言うと、たつみの方向に向けて印を結んだ。忽ち一陣の狂風が巻き起こり、猿達を浮かび上がらせた。


「お前たち、目ぇ開けてみな」


捕虜の猿達が目を開くと、そこには故郷の風景が広がっていた。涙を流して再開を喜ぶ猿達、悟空は皆に胴上げされ、すぐに宴の準備が催された。桃や香蕉バナナ、年代物の猿酒が所狭しと並べられる。


「まあ、わけあって詳細は省くが、俺様は仙術を身につけた。もはや恐れるものはない。それだけじゃない、なんと姓名も手に入れたんだ。孫悟空、と言うんだぞ」


「大王が孫様なら、われわれは孫の孫といったところですね!大王様万歳!孫氏万歳!」


猿達の宴は夜通し続くのであった。

凱旋した悟空は、言うまでもなく、めちゃくちゃ調子に乗っていた。そんな彼が何をしでかすのか、それは次回に譲ることとする。

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