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第41話 玉龍

 三蔵と悟空が進んでいくと、山道脇の森の中から水の音が聞こえてきた。

音のする方向には蛇盤山鷹愁澗だばんさんようしゅうかんという文字の刻まれた石碑がある。


かんとは谷川の古風な言い方だから、こっちに行けば水を汲めるのではないかね、悟空」


「ちょうど馬がへばって水を欲しがっていますから好都合ですね」


森の中を進むと開けた所に出て、顔の映るほど澄んだ泉があった。

泉の奥には滝があって轟々という音と白い瀑布が泉に注いでいる。

三蔵はその壮観な様にしばし見惚れ、悟空は馬を引いて泉の水を飲ませていた。

その時、滝を割るように白い龍がしゅっと飛び出した。

龍は馬を捕らえるとドボンと泉に飛び込んでしまった。

あまりに一瞬のことであった。

しばらくすると、泉の中から濁った血が浮かび上がってきた。


「馬が龍に食われてしまった!?」


三蔵はそう叫ぶとへなへなと崩れ落ちた。


「馬もなしでこの先どうして旅を続けられようか」


目には涙さえ浮かべている。


「お師匠、こんなことくらいでメソメソしてなんですか! 俺には觔斗雲というイカす乗り物があるんですからね」


悟空は觔斗雲を出すと三蔵を伴って雲上に乗った。

しかし、三蔵の足は雲を突き抜けて地面にストンと落ちてしまう。


「やや、ひょっとしてお師匠さまを乗せることは出来ないのか」


「私は仏道を学んだけれども、それ以外は神仙の術なんかわからない普通の人間ですよ。 どうして雲に乗ることができようか」


さて、そうなると馬を失ったというのはいかにも痛手であるということが遅まきながら悟空にもわかってきた。


「じゃあ、その辺でかっぱらって……痛い痛い痛い痛い、そのお経はやめてくださいっ」


悟空はこの状況を生み出した謎の龍に怒りを覚え、水際で如意棒を回転させた。


「やい、悪たれ龍め。 お前のせいでこっちは困ってんだよ。 出てきてなんとか埋め合わせしやがれ」


泉はシンと静まり返っている。


「くされドジョウめ! ドジョウ鍋にしたろか」


水底から飛沫をあげて白い龍が飛び出した。


「誰がドジョウだ! このエテ公、ぶちのめしてやる」


龍の長い爪が悟空に迫れば、たちまち悟空は如意棒で打ち払う。

その牙が悟空の頭を齧ろうとすれば、悟空は怪力でその牙をへし折ろうとする。

戦いは互角に見えたが先に疲れが見えたのは龍のほうだった。

一瞬の隙をついて悟空は龍の腹に如意棒を打ち込んだ。

ミシミシという音がして、龍は悲鳴に似た咆哮を上げた。

龍は小さな竜巻を起こすとそれに乗って更に上空へ逃げようとする。

悟空がついに觔斗雲で追いついて、とどめの一撃を加えようとした時、まばゆい光とともに瑞雲に乗った女菩薩が現れた。


「悟空、玉龍ぎょくりゅう、そなたたちが何故争っているのです」


観世音菩薩かんぜのんぼさつの突然の降臨に、悟空は追撃の手を止めた。


「観世音菩薩さま、この猿がいきなり俺をドジョウだなんだと罵ってきて抗議したら襲いかかってきたんです」


「観世音菩薩さま、こいつが俺たちの馬を食べて旅の邪魔をしたので、ぶち殺すところなんです。 邪魔をしないでくれ」


観世音菩薩は苦笑いする。


「悟空や、お前は取経の旅の最中なんだから無闇に殺生をするのはやめなさい。 玉龍、お前もこの取経の旅に加わる定めなのだから、馬など食べて三蔵の邪魔をするのはアベコベですよ。 悟空や、この龍は玉龍といって西海白龍王の息子で、罪を得て死刑になるところを取経の旅に加わると約束することで放免されたのです。

 つまり、あなたの仲間になる予定なのよ。 許しておやり」


その話を聞くと、玉龍は目を丸くした。


「えっ、この猿たちが例の取経僧の一行なんですか? このサル野郎は一言もそんなこと言わなかったので……」


悟空は玉龍のヒゲをぐっと引っ張った。


「てめぇ、こっちが名乗る前に馬を食ってたじゃねぇか」


「いたたたた、ヒゲはダメだヒゲは」


観世音菩薩は咳払いをする。


「ともかく、馬を食べてしまったのは玉龍の過失ですね。 その損失は補わなければなりませんよ」


「わかりました。 馬がいればいいってことですね」


玉龍が呪文を唱えるとその姿は見事な白馬に変じた。

脚の速い馬を龍馬というが、この場合は文字通りの龍馬である。


「さっきは俺が悪かったよ。 あんたが兄弟子ってことになるのかな。 俺は玉龍だ。 普段はこうして馬をやることにするけど、ヤバいときは声かけてくれ」


「俺は孫悟空だ。 なんか釈然としねぇけど、馬が手に入るならまあいいや。 よろしくな」


観世音菩薩は仲直りした二人を見ると微笑んで、柳の葉を三枚手の上に並べて変われ、と言った。

柳の葉は三本のにこ毛に変わった。

にこ毛をつまむと、それを悟空の喉元にくっつける。


「さあ、これは私から特別にあげるものさ。 旅をしていて、いよいよどうにもならないという時はこの三本の毛を使いなさい。 その時に必要な物に変じてくれるからね」


 悟空が白馬になった玉龍を連れて戻ると、三蔵はたいそう喜んだが、すぐにまたしょんぼりしだした。


「鞍と手綱がない。 あと鞭も」


「注文が多くない?」


三蔵は馬具がないと乗れないと言ってメソメソするので、仕方なく悟空は三蔵をおぶって、玉龍はそのあとをついて行った。

しばらく進むと岩肌を削って作った石窟と里社があった。

一行は里社の門を叩いた。

中からは里社の守り人とおぼしき痩せこけた老人が出てきた。

老人は無言で悟空のひく白馬の玉龍をじろじろ見ている。


「わたくしどもは天竺へ向かう取経の僧でして、一夜の宿をお借りいただきたく……」


「馬泥棒に貸す宿は無い」


悟空はその返答を聞くと如意棒を振りかざしていきりたった。


「なんだと! この孫様を泥棒扱いたぁ、いい度胸だ。 骨の二、三本でも折って思い知らせて……」


「悟空! 窃盗に傷害の容疑まで足すんじゃない。 ご老人、私たちが馬泥棒とはどういうことですか」


「お主らの馬は鞍も手綱もない。 どこかで泥棒して奪ってきた馬だろう」


三蔵は扉を閉めようとする老人に根気強くこうなった経緯を教えた。


「そういうことでしたか。 これは失礼しました」


老人は扉を開けて、二人を迎え入れてくれた。


「突拍子もない話でしたのに、信じていただけて幸いです」


「なに、この哈密ハミ国にも妖魔のたぐいは多いですからな。 ちょうど国境あたりの黒風山には妖術を使う熊の怪物がいるとも聞きます。 そうだ、貴方達に良いものを差し上げましょう」


それは年代物だが、手入れの行き届いた見事な鞍と手綱、そして鞭であった。


「私も昔は立派な馬に乗っておりまして、落ちぶれてこの社の守り人になってからも、これだけは手放せなかったのです。 きっと、この時のために持っていたのでしょう。 お使いになってください」


「それは、かたじけない。 ありがとうございます。 大切に使わせていただきます」


玉龍に鞍などを取りつけて一行は寝むことにした。

あくる朝、三蔵は起きてあたりを見るとギョッとした。


「悟空や、起きとくれ。 周りがおかしなことになっているよ」


一行の止まっていた社は天井も穴の空いた廃墟に変わっていた。

老人の寝ていた布団を見ると、そこには古びた白骨が横たわっていた。

玉龍の鞍などは、昨日もらったままの様子であった。


「馬具を死蔵したことを悔やんで、亡霊となっていたのだろうか」


三蔵一行は守り人の骨を埋め、読経をして弔うと、再び進み出した。

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