表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/43

第4話 空の道

 須菩提祖師しゅぼだいそしには三十人からなる弟子がいた。午前中は香をたきしめて台上から弟子達に講義をし、午後は薪を集めたり農作業をしたり、というのが祖師の一日である。

 ある日の講義中、悟空はくねくね動いたり、身体を揺すったり、脚をバタバタさせて、甚だ落ち着かない様子であった。


「これ、講義中じゃ。大人しくせんかい、悟空」


「祖師様の話があんまり面白いんで、身体が勝手に動くのを忘れちまったんです。ハイ」


祖師は髭をしごきながら言う。


「儂の話が面白いじゃと?口からでまかせを言うでない。儂の話す内容がわかるものなど、そうそうおりゃせんのじゃからな」


「そんな事ありませんよ。わたくし、ここに来てから季節めぐりて七回は桃を食べましたが、最近は師匠の仰ることが理解できるようになりました」


「七年もおったのか!そんなに辛抱して儂から何を学び取りたいと言うのじゃ」


祖師の話がさっぱりわからず、夜中の内に荷物をまとめて出て行ってしまう弟子も多いのだ。


タオに関する事ならば、なんでも」


「お前、なんでもとは言うが、道の教えには三百六十もの傍門があるんじゃ。方向性くらいは決めんとあかんの」


「師匠のお指図に従います」


「じゃあの、術の道はどうじゃ。吉凶を占う事を通して未来を予見する道じゃ」


「そいつを習うと不老長生になれますか?」


「無理じゃろうなあ」


「えっと、他のやつでお願いします」


「流の道なんかどうじゃ?儒家、道家、釈家、墨家など色々な教えの流儀や作法を極める道じゃ」


「不老長生につながるやつですか」


「ははは、これで不老長生に至ろうというのは家の中に柱を立てるようなもんじゃの」


悟空は頭をポリポリ掻いて言った。


「わたくし、猿ぐらしが長かったもので、その手の比喩がイマイチわからないんですが」


「家の中に柱を立てると長持ちしやすいが、倒れるときは倒れるの。気休め的なそれじゃ」


「次のやつお願いします」


「静の道じゃ。ひたすらジッとして精神を研ぎ澄ます。やがて鬼神とも交信できるようになる」


「そいつが不老長生には……」


「静は、茶碗を土で作る道じゃ。竈にくべて焼き物にする工程を欠くから、雨に降られたらイチコロじゃのう」


「それでは満足できませんなぁ」


「動の道はどうじゃ。やりたい事はなんでも挑戦する。精神肉体をひたすら活用するのじゃ」


「お、割と面白そう!不老長生につながりますか」


「動の道で不老長生に至ろうとは、さながら水面みなもに映る月をすくうようなものじゃの」


悟空はぴょこぴょこと尻を持ち上げて言う。


「師匠、わたくし、比喩が多いとわからないんですってば!」


「ムリじゃと言っておる」


「他には、他にはないんですか?」


祖師は台からヒラリと舞い降りる。その手には戒尺ものさしが握られていた。


「お前は、教えを請うておきながら、アレもいや、コレもいや。儂を馬鹿にするのも大概にしろ!」


祖師は悟空の頭を三回叩くと、後ろに手を回して奥にもどり、内側から鍵をかけてしまうのだった。

講堂は騒然となり、弟子達は悟空を口々になじったり、謝りに行くように急かしたりするのだった。


 月明かりが夜露を照らしていた。の刻、猿ながら狸寝入りをしていた悟空は、そろりそろりと寝床を抜け出し、庭の裏道に入っていくのだった。

表門は鍵をかけて閉められたきりだが、果たしてやはり裏門は開けてあった。うっかり、という事はあるまい。

奥座敷には文机の前に座り、目をつむった須菩提祖師が座っていた。


「悟空、こんな夜更けに、なぜここに来た」


「三回叩いたのは三更、つまり子の刻に来い。後ろ手に手をまわしたのは、裏門を開けておくからそっちから、と解しました」


須菩提祖師は目を瞑ったまま、にやりと笑った。


「あれだけでわかったか。なるほど、お前は確かに天地のはなじゃの」


「道を、教えていただけますか」


「全ての物事は移り変わっていく。それ故に、全ての物事はくうである。だが、空とは決して無を意味しない。個々では実を持たない現象も、えにしによって結ばれる事でその刹那に意味を持つ。お前と儂が出会ったのも何かのえにし。……空の道を教えようではないか」


悟空が須菩提祖師からいかなる仙術を伝授されるのか、それは次回の話としよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=460295604&s 小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ