第39話 追い剥ぎ
三蔵法師と孫悟空が街道を進んでいくと、ヌッとばかりに一頭の虎が現れた。
震え上がる三蔵法師と対照的に、悟空は少しも慌てない。
「やあ、腰巻きがやって来たぞ」
悟空は耳に指を入れると、小さな針のような棒を取り出した。
「伸びろ、如意棒」
悟空がそういうと、小さな棒は人の背丈ほどに大きく太く変貌する。
悟空は突然の怪現象に硬直している虎に対して、容赦なく如意棒を振り下ろした。
飛び散る脳漿と血飛沫。
唖然とする三蔵をよそに悟空はてきぱきと虎の皮を剥ぎ、腰巻きを洗い替え用も含めて二枚作り、一枚を身につけた。
「やあ、こんな風体でも人間並の頭がありますからね。全裸は落ち着かんのですわ」
虎の腰巻きを身につけた悟空と三蔵は更に街道を進み、古寺を見つけた。
一夜の宿を借りようと、戸を叩く。
中から住職が出てくる。
「これこれはお坊さんに……ヒイッ! 猿の化け物!」
「あ、いや、ご住職。 確かにこれは猿の化け物ですが、私の弟子なのです」
三蔵が経緯を説明すると、住職は一泊させてくれるという。
一夜が明けると、住職はなんだか派手な直裰ーー僧侶の普段着ーーを持ってきてくれた。
「猿のお弟子さん、これはわしが若い頃に流行にながされて買った僧衣じゃが、わしにはもうけばけばしくて着れないのじゃ。それでも、腰巻き一枚よりはましじゃろうて、袖を通してみんか」
悟空は赤と黄色の目がチカチカするような直裰を着て、虎の腰巻きを巻きつけた。
「お、イケとるではないか」
「悟空や、私もわりと似合っていると思うぞ」
「へへへ、それじゃありがたく頂戴しますよ」
三蔵と悟空は住職に礼を告げると、再び歩き出した。
季節は秋に近づいてきていて、木々の葉は赤や黄に色づいている。
三蔵が馬上でぼんやりと紅葉の木々を眺めていると、その陰から一団の人々が姿を現した。
それは手に山刀や斧を持った六人の人間たちで、みな猛悪な面相をしていた。
「おう、俺たちゃ泣く子も黙る両界山の山賊団だ。 坊主、有り金おいてきな」
三蔵は肝を冷やして縮み上がったが、悟空はご機嫌に口笛を吹いている。
「お師匠さま、びびる必要ありませんぜ。着物がやってきただけですからね」
悟空が耳から棒を取り出すとそれはたちまち家の柱ほどの大きさになった。
驚く山賊の頭の上に容赦なく如意棒が振り下ろされる。
あわれ、一人の山賊は腕と着物だけを残して挽肉の塊のようになってしまった。
そのまま如意棒を横になぐと、めきめきという音と共に二人の山賊が木と如意棒との間に挟まれてぐしゃぐしゃの合い挽きになった。
残りの三人は慌てて逃げ出したが、悟空はモグラ叩きのようにどすんどすんと二人をぺしゃんこにする。
「か、神様仏様、お助けください」
残る一人はその場に跪いて手を合わせたが、悟空は如意棒をぶん回すとそいつの首を打ち飛ばしてしまった。
悟空は死体から血まみれの服を剥ぎ取り、その懐から路銀を抜き取った。
「お師匠さま、こいつら結構お金持ってやがりましたぜ。 ついてますね」
笑顔で悟空が振り向くと、三蔵は顔面蒼白となっている。
「お前、なんということを。 これでは人殺しではないか。 最後の者など命乞いをしていたのに、それを、それをお前は」
「え? やらなきゃお師匠様がやられてましたぜ」
「お前はそんなに強いのだから、痛めつけて役人に引き渡すなり、追い返すなりできたはずだ。 それをなぜ殺したのだ」
「ちぇっ、助けてさしあげたのに責められるんじゃあ割にあわねぇや」
三蔵は首を振る。
「お釈迦さまは雨季には虫を踏まぬように箒で道を履くのが僧侶たるものの道であると仰られたのだぞ。 お前のように安易に殺戮をするものが、仏道を極められるわけがない」
こうなると売り言葉に買い言葉である。
「ああん? そこまで言うなら弟子なんて願い下げだぜ」
「こっちもお前などの師匠はやっておれん」
「ケッ、短い付き合いだったな。 あばよ」
悟空は蜻蛉返りをすると、出現した觔斗雲に乗って、あっという間に消えてしまった。





