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第34話 袈裟と錫杖

 水陸大会だいせがきがもうすぐ始まるとあって、長安の街には沢山の坊主ーー立派な有徳の僧侶も、どうしようもない生臭坊主もーーが集まってきていた。

ある生臭坊主が、目の前を歩いている二人連れの坊主に目をつけた。

その、背の高い坊主と低い坊主の二人組はきらきらと日に照り返って光る袈裟と、九つの環のついた錫杖を捧げ持っていた。


「おい、あんたら。随分と良い袈裟けさと杖を持っているじゃねぇか。それは売り物かね」


振り向いた二人は何か皮膚の病に侵されているような異様な風貌をしていた。

坊主はこともなげに言った。


「値段次第では売らんこともない」


「いくらだね」


「七千両だ。袈裟が五千両、錫杖が二千両」


生臭坊主はげらげらと笑った。


「ふっかけるにも程があらぁ。せいぜい商売を頑張るんだな。売れないだろうがね」


二人は生臭坊主を無視して長安の街を歩いていった。

二人の坊主は今度は沢山の兵士に囲まれた行列と出会した。

兵士達が口々に言う。


「そこを退け。宰相の簫瑀しょうう様のお通りだぞ」


しかし、坊主二人はそのまま無言で立っていた。


「いや、待て」


馬車から簫瑀その人が降りてきた。


「あなた方は随分立派な袈裟と杖を持っているな。売り物ならば値段を聞かせてもらいたい」


簫瑀の問いに背の低い坊主が返す。


「袈裟が五千両、錫杖が二千両」


簫瑀は目を丸くする。


「随分と高いな。特別な功徳でもあるのかね」


背の高い坊主がその問いに答える。


「この錦襴の袈裟は氷蚕ひょうさんの繭から取れた生糸により織られています。この袈裟に袖を通したならば、毒蛇や害虫、匪賊や妖魔の難をことごとく避け、その身を守ることが出来ます。この仙藤せんとうで作られた九環の錫杖を手にしたならば、精も根も尽き果てた時でも気力を湧かせ、千尋の谷、万丈の山であっても乗り越えることができます。しかし、このどちらもが、功徳のない者の手には長く止まらず、失われてしまうのです」


「それが本当なら七千両も仕方のないことだな。私はどうしても、その袈裟と錫杖をあげたい人物がいるのだ。その者の功徳は今まで出会ったどの僧侶よりも高い。きっと、この袈裟と錫杖を持つに相応しいだろう。とは言え、私の一存で購入するのも憚られるから、陛下の下に一緒に来てもらおうか」


簫瑀は二人の坊主を伴って、宮殿へと向かった。


 皇帝の李世民は二人の坊主を引見すると、その袈裟と錫杖の見事な事に感嘆し、またそれらの功徳を聞かされて頷いた。


「それはそれは。朕が選んだ高僧の玄奘げんじょうに是非とも下賜したい。よし、七千両で買おう」


「ただでお譲りします」


李世民は目を丸くする。


「待て待て。先ほどは七千両と申したではないか。これでは、まるで朕が帝の威光によって臣民の財産を掠め取ったようで気分が悪い」


背の低い方の坊主が進み出た。


「七千両というのは、法を毀ち、仏をそしる者に渡す場合の値段です。仏、法、僧の三宝を敬う人格高潔にして清廉な僧侶に渡すというのであれば、タダでお渡しします。ただし……」


背の高い方が今度はずいと出てくる。


「この目でその方を見極めさせてください。拙僧らも、水陸大会にお招きください」

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