第33話 排仏マン
さて、皇帝の李世民は約束通り水陸大会を開いて、戦没者を弔おうと試みた。
要領としては、化生寺という立派な寺に、天下の高僧の中から選りすぐった一名を招き、経をあげさせるというものであった。
しかし、ここでその高僧を選ぶ任についていた太史丞の傅奕というものが突如としてこの事業を、というか仏教そのものを批判しはじめたのである。
「陛下!仏教はもとは西域のものですが、西域は君臣父子や上下長幼の序列がない混沌とした地域です。その西域から出たこの仏教というやつは、やれ悪い事をすると地獄に堕ちるだの、来世で動物になるだのと脅すようなことを言って信者を増やしています。思うに、生死や寿命は自然のこと、刑罰や禍福は人為のことです。仏教徒はそれをみな仏にかこつけて妖言を流布しています。理想の政治が行われたという三皇五帝の時代には仏教は影形もなく、後漢の明帝の時代にようやく入ってきたものです。このことからも仏教の教えなど我が国には必要ないことがわかります。あの南無阿弥陀、南無阿弥陀と唱える声の気味悪いことと言ったらない。きっと、この仏教というやつは西域諸国が我が国を侵略するために広めたに違いありません!西域の陰謀だ!」
「ま、まあまあ落ち着け」
李世民は傅奕を宥めると、部下たちを集めて議論させた。
宰相の簫瑀が進み出て言った。
「仏教が中華の地に伝わってから、漢人のみならず胡人の君主すらも行いを改め、犯罪は減りました。また、その教えにも怪しいところはありません。この事から仏教の開祖である釈迦は聖人であることがわかります。聖をそしる者は法を無みす、と言います。陛下、傅奕殿の考えを容れることなきよう、お願いいたします」
傅奕も即座にやり返す。
「我が国の誇るべき教えは、親に仕え、君に尽くすことでございます。仏教は親を捨てて出家することを迫ります。開祖の釈迦からして、王子のくせに親である国王に逆らって出奔し、怪しげな宗教をはじめたというのですから、無理もないことです。簫瑀殿も、生まれながらの仏教徒ではないのに、どっぷりとこの邪教に染まっているのは、親の教えを捨てたということです。親不孝者です。孝をそしる者は親を無みす、と言います。どうか、簫瑀殿の言うことを退けてくださいますよう」
簫瑀は目をつぶり手を合わせる。
「ああ、このような罪深い人こそ、御仏がお救いくださいますよう。南無阿弥陀、南無阿弥陀」
「その気色悪い呪文を唱えるのをやめろ!」
取っ組み合いになりそうになったので会議はお開きにして、意見の上奏を求めることになった。
集まった意見のうち李世民の目に止まったのは、太僕卿の張道源と中書令の張士衡が連名した上奏文であった。
“古の聖賢の時代は優れたりとは言えども、今の世の方が社会は発展し、人口は増え、便利になっています。思想も同じことが言えます。新たな思想である仏教は、我が国の良俗美風を必ずしも損なうものではなく、新風を吹き込んで更なる進展を促すものと思料します。国教とするかは一先ず置くにしても、水陸大会を催して仏教の真価を確かめるのが宜しいかと存じます”
李世民はこの意見に深く同意し、布告した。
「水陸大会は当初の構想通り行う。仏教そのものの是非について再び蒸し返すものは処罰する」
こうして、担当者を傅奕から張道源に変更して水陸大会の準備は再開された。
厳正な選考の結果、評判抜群の一人の若い僧侶が経をあげるために選ばれた。
その僧侶は、姓を陳、法名を玄奘と言った。





