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第22話 復讐するは我にあり

 観世音菩薩と恵岸行者が瑞雲に乗って進んでいくと、一群の天将と出くわした。

彼らは檻の中に一匹の小さな白龍を入れて、護送している途中だった。

観世音菩薩が事情を尋ねると、この小さな白龍は大罪人なのです、と天将達は語った。


「この白龍は西海白龍王傲潤様の息子ですが、白龍王様の水晶宮殿を過失により破壊し、多くの死傷者を出したのです。父親である傲潤様自らが捕縛し、我々に引き渡してきました」


小さな龍は檻にしがみつくと叫んだ。


「俺をここから出せッ!奴を殺してからでなければ、この玉龍、死んでも死に切れん」


「玉龍とやら、どう言うことか詳しく話しておくれ」


玉龍はしばらく檻の中で唸っていたが、やがてポツリポツリと話し始めた。


 「あたし、貴方のお父様の宮殿に飾ってある、あの明珠めいじゅが欲しいな。」


婚約者である万聖公主ばんせいこうしゅの言葉に玉龍は戸惑いを隠せなかった。


「明珠?あれは父上から、絶対に触れてはならぬときつく言い含められている。君のたのみでも、それは聞けないよ」


万聖公主は広大な領域の河川を支配する万聖龍王ばんせいりゅうおうの娘だ。

西海白龍王傲潤の息子である玉龍だが、大勢いる王子たちの中で更に末子である事もあり、

有力者で跡取りのいない万聖龍王の娘と婚姻し、婿入りする事が決まっていた。

万聖公主は甲高い声でいった。


「持参品は何でも君の好きな物を、って言ってたじゃない!約束の守れない男って、サイテー!」


万聖公主は鱗の滑らかで美しい龍の姿に変じ、飛び去ってしまった。

呆然としている玉龍の肩に、ぽんと手を置くものがあった。


「やれやれ、相変わらずあのじゃじゃ馬に振り回されているようだな」


九頭龍くずりゅうか。恥ずかしいところを見られてしまったな」


九頭龍は細い目を更に細めて、歯を見せて笑った。


「何を恥ずかしいことがあるか。お前と俺の仲じゃないか」


九頭龍は万聖龍王のところに出入りしている若者で、西方からやってきた龍族なのだ、と語っていた。

語っていた、というのは彼の龍体を玉龍が見たことはないからであるが、恐らく名前の通り九本首の龍なのだろう。

龍の中には自分の姿を醜いと言って、もっぱら人間の姿で通す者も少なくないから、追求したことはない。

彼は玉龍が万聖公主に会いに行くたび色々と便宜を図ってくれた。その日の公主の機嫌や最近夢中なこと、彼女の中で流行りの来ている甘味などを細かく教えてくれるので、玉龍は彼と親しくなっていた。


「しかし、あの娘は飽きっぽい割に一度言い出したら聞かないからな。今回は困ったよ」


「そうさ、あの娘は興味が長く続かない。贈り物も二三日で飽きてしまうだろう。……短い時間でも渡してやれば、すぐに満足するさ。それから返せばいいんだ。簡単だろ?」


玉龍は今までも公主への贈り物で痛い目を見て来たので、九頭龍の言う事はもっともだと思った。


「しかし、あれは動かせないよ。父上が許可するわけがない……おまえ、まさか盗めと言うのか」


「なぁに、少しの間失敬するだけさ。手伝ってやるよ」


九頭龍は玉龍の肩をバンバンと叩いて笑った。


「俺はお前たちの仲を応援してるんだ。骨折りはおしまないぜ。ま、しばらく考えてみな」


玉龍は九頭龍が去ってしばらくぼんやり考えていたが、日が落ちると、居住まいを正して帰ろうとした。

そこで玉龍は、肩口に何かネバネバした赤い水滴のようなものが僅かについているのに気づいた。


「血?九頭龍のやつ、手でも怪我してたのか?」


玉龍は結局、九頭龍の提案に乗ることにした。

夜間、宮殿に侵入する。

九頭龍が衛兵の注意を引いて、その隙に明珠の間に入った玉龍が盗む。そんな計画だった。

計画実行の夜、玉龍は水晶宮殿の入り口付近の珊瑚礁で爪を噛んで苛立っていた。


「遅い、九頭龍のやつ。約束の刻限はとっくに過ぎているぞ」


しかし、いるはずの衛兵が巡回に回ってこない。玉龍は不審に思いつつも、単独で宮殿に乗り込んだ。

宮殿の中にはツンと鼻をつく生臭い臭いが広がっていた。

暗い足元に衛兵の夜叉が転がっていた。袖口を引っ張ると、玉龍の手にべったりと血がついた。

死んでいる。

そして、その様子は異様であった。

喉仏を切り裂かれて死んでいるのだが、全身が血でひたひたになるほど血まみれなのだ。


「首を切られたら確かに血は出るが……しかし、こんなにびしょびしょになるものか」


回廊を進んでいくと、同じ様に血でびしょびしょになった衛兵の遺体が転がっている。

遂に、明珠の間についた。扉は既に開け放たれていた。

中央の台の上に浮かぶ明珠、しかし、それは既に何かに傷つけられたようにひびが入っていた。

玉龍はわけもわからずその明珠を握った。


「そこまでだ!手を挙げろ!」


鯛やひらめ、高足ガニや鮟鱇あんこうの衛兵が明珠の間に殺到し、玉龍を囲んだ。玉龍はただただ狼狽するばかりだ。


「違う、その、これは違うんだ!」


衛兵の背後から姿を表したのは九頭龍だった。


「まさか、本当にこんな大それたことをしてしまうとは。親友として、実に残念だよ、玉龍」


白々しく愁い顔をつくる九頭龍に、玉龍は叫んだ。


「九頭龍め!謀ったな!」


「何の話かわからん。お前から明珠の強奪を持ちかけられた私は、迷った末に衛兵に知らせることにした。一歩遅く、犠牲者が出てしまったのは残念だよ」


玉龍の手には衛兵の死体を触った時の血がべったりとついているし、手には明珠を握っている。

どう見ても玉龍が犯人だ。

怒りで震える玉龍の手の中で明珠が砕け散った。

すると、宮殿の床が揺れ始め、天井の飾りガラスは砕け落ち、柱が倒れはじめた。

あちこちで悲鳴が上がる。衛兵達も倒壊した柱に潰されて死んでしまい、いつの間にか九頭龍も消えている。

玉龍は砕けた明珠を握ったまま、逃げ惑った。

宮殿の最深部から凄まじい雄叫びが聞こえ、光の柱が海底からほとばしり出て、水晶宮を取り囲んだ。

地震はぴたりと収まった。

へたり込んだ玉龍の前に、長大な白龍の姿をした父、西海白龍王傲潤が姿を表した。眼と鼻から血を滴らせている。

よほど強力な術を使って、反動が大きかったのだろう。


「息子よ。その明珠は水晶宮を支える要石であったのだ。あれほど厳しく言い含めておいたというのに。王子の身でありながら寇盗を成し、家臣らを殺めた罪は極めて重い」


「父上、これには訳があるのです!」


「言い訳など聞きたくもないわ!不肖の息子よ、お前は死罪だ!明朝、玉帝の軍に引き渡す」


明朝、連行されていく玉龍を沿道から眺めている者がいた。

九頭龍と、彼の胸にしなだれかかる万聖公主であった。


「玉龍、あなたには本当にがっかりしたわ。でもね、私はもう、もっと頼りになる男を見つけたの。ねぇ、私の駙馬おむこさん」


万聖公主は自分の桃色の唇に手を当てると、九頭龍の薄い唇をなぞった。


「ま、そういうことだ。九頭龍改め、九頭駙馬きゅうとうふばとでも名乗っておこうか。ふふふ、お前がその名を呼ぶ機会はもうなかったな。……友よ、この娘は俺に任せて、安心して死ぬがいい」


「貴様ぁ、よくもよくもよくもぉ!」


天将たちは暴れる玉龍を打ち据え、獣のように檻に放り込んでしまった。

意識が薄らぐ中で、九頭駙馬の高笑いが響いていた。


 「それが事実であれば、死罪にはあたるまい。しかし、証拠はないのだな」


「盗みに入ったのは事実だ。罰を受けることは、仕方のないことだ。だが、だが、奴を討つまでは……」


観世音菩薩は玉龍の眼に映る暗い業の炎を見て取った。


「そなたを解放してもらうよう玉帝陛下に奏上しよう。そのかわりに頼みたい事があるのだ」


「頼みたいこと?」


「これから取経の者が西域に向け、旅をすることになる。そなたはその僧侶の乗り物として、共に旅をするのだ。復讐のことは、道々よく考えるとよい」


玉竜はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「恵岸、玉帝陛下の元へ一度戻り、この龍をご下賜いただくよう頼んでおくれ」


恵岸行者は白い鸚哥インコに変じると、天界へ向けて飛び立った。

この後、解放された玉竜は観世音菩薩の言いつけを守るため、ある谷川に降り、そこで取経者を待つのであった。

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