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第18話 てのひら

 「き……効かぬ!」


雷部の諸神を束ねる雷公は、手から雷撃を出し尽くしてがっくりと膝をついた。斬妖台に縛り付けられた悟空は迸る電流をものともせず、舌を出して雷公を嘲っている。

はじめ、斬妖台に縛り付けられた悟空を処刑人がまさかりやら斬首刀やらで斬りつけたのだが、武器のほうが刃こぼれするばかりで、悟空には傷ひとつつかず。次に火部の諸神が業火をもって火炙りにしたが、これも髭一本たりとも燃えず。雷部の諸神の出番となったが、やはり焦げ目一つつかないのである。こいつは処刑できないのではないか、という焦りが神々の顔に浮かびつつあった。その後ろからヒョコヒョコと小柄な老翁が現れた。


「みなの衆、こいつに傷がつけられないのは、わしの金丹を盗み食いしたからに他ならぬ。そういう由来の不死身であるからして、金丹を練った炉で焼き滅ぼせるかもしれぬ。身柄をわしのところで預かろうと思うが、どうじゃ」


太上老君の申出に、天将たちは顔をパッと明るくして、揉み手をしながらどうぞどうぞと悟空を引き渡すのであった。太上老君の炉に連れて来られた悟空は、炉の中に閉じ込められ、ぴったりと蓋がとじられた。


「金角童子、銀角童子、火を決して絶やすことなく、炊きつづけるのじゃ」


二人の炉の童子は、この一種の拷問的な業務に冥い情熱を見出したのか、嬉々として炉のふいごを吹き続けた。

中の悟空はといえば、焼けも溶けもしないのであるが、目には丹薬の効き目も薄かったのか、その白目は燻されて真っ赤になって戻らなくなってしまった。悟空が“火眼金睛”と呼ばれるのはこのためである。

七十七日の後、太上老君は炉の様子を見にやってきた。


「流石にそろそろ消し炭になっとるじゃろう」


炉の扉を開くとたちどころに鬼の形相の悟空が飛び出し、老君の頭を引っ掴んでがんがんと炉の扉にぶつけるものだから、老君も遂には気絶してしまった。

悟空は二人の童子を蹴散らすと、隠されていた如意棒を見つけ出し、台風の様に振り回しながら天宮に向けて駆けていくのであった。

多くの天将達が悟空を囲んだが、もうそこから怖くて近づけない。頼みの二郎真君は恩賞を貰って得意満面でもう帰ってしまった。

報告を受けた玉帝は、顎に手をやって髭を捻ると、こう言った。


「ああ!もう、頭を下げてあの先生を呼ぼう。あの方は朕達とは違う成り立ちの術を使えるからな」


 天将達が威勢だけはよく悟空を囲みながら罵っている。その囲みの後ろから三人の男が近づいてきた。


「玉皇上帝より聖旨を受けて参った。すまないが囲みを解いて、その者と話をさせてもらいたい」


三人の男の内、右にいるのはかなりの美男子で、左にいるのは眉間にやたらに皺のよった男であった。真ん中の男は、ちりちりの髪を上でまとめて、額には何やら光を放つ白い石のようなものがあった。優しい顔つきで、一見して年齢がわからない。三人共ゆったりとした僧衣を身にまとっている。


「新手か?てめぇら何者だ」


右手の男は言う。


「我が名は阿難アナンダ


左手の男が言う。


「わしは迦葉カッサパじゃ」


真ん中の男は、咳払いすると言った。


「そして、私の名は悉達多シッダルタという。世間の人々からは、仏陀ブッダ釈迦如来しゃかにょらいなどとも呼ばれる。さて、君は何者で、何を望んでいるのかな。聞かせてくれないか」


悟空はこの妙な雰囲気の男が、かの仏教界に君臨する教祖にして最高神、釈迦如来である事を知った。だが、それで怯むような悟空ではない。


「俺様は花果山に生まれた仙猿の斉天大聖孫悟空様だ!玉帝の野郎がなめたマネしやがるから、ぶちのめして玉座を頂きに行くところさ。オシャカ様だかポンコツ様だか知らねぇが、邪魔するならてめえも叩き潰してやる」


「ふふふ、威勢の良いことだ。帝位を狙うからには、よほどの術が使えるのだろうな」


「お、聞いちゃう?驚くなよ!この俺様は七十二般の変化の術を極めているんだ。不老長生の秘訣も摑んだし、無敵の如意棒もある。觔斗雲に乗りゃあ、ひとっ飛びで十万八千里も行ける。これで帝位を狙えない道理はねえわな」


釈迦如来は薄く微笑むと、言った。


「そいつはどうだろうね。……一つ、賭けをしようじゃないか。一度、とんぼ返りをして私の掌に乗ってくれ。そこから出る事が出来たならば、玉帝には西方に遷り住んでいただき、君が玉座を好きにするがいい。もし、出来なければ、君は下界に降って頭を冷やしてもらう。その上で、まだ気が収まらないようであれば、また喧嘩を売りにくればいい」


「アハハハ、おっさん、頭足りないんと違うか。あんたの掌なんて一尺もねえじゃんか」


「そこまで言うなら有言実行なんだろうな」


「あたぼうよ」


悟空は言うが早いか、とんぼ返りすると釈迦の掌につま先で立った。


「それじゃあ、出て行くぜ」


もう一度、とんぼ返りすると觔斗雲にまたがり、悟空は飛び出して行った。悟空は視界のまわりがなんだか歪んだような気がしたが、特段気に留めずズンズン進んでいった。

悟空が進んでいくと、肉色の五本の柱が蒼天を支えている様子が見えた。


「へえ、世界の果てってえのはこんなんになってんだな。変なの」


悟空はぷにぷにするその五本の柱を叩いたりつねったりしていたが、その内に妙案を思いついた。


「後で証拠がどうのとか言われてもめんどくさいからな。こうしてやれ」


悟空は毛を引き抜くと一本の毛筆に変え、“斉天大聖孫悟空様参上”と真ん中の柱に書き、一番太い柱に立ち小便をしてから再び觔斗雲に乗って、元来た道を戻ったのであった。

悟空は再び釈迦如来の掌に爪先で立つと、得意げに言った。


「さあ、玉座をもらう約束を果たしてもらおうか」


「ふふふ、何を言っているやら。君は私の掌から一歩も出られていないじゃないか」


「何をでたらめ言ってやがる!」


「私の指を見てごらん」


悟空が俯いて釈迦如来の掌を見ると、中指には“斉天大聖孫悟空様参上”と書かれており、親指からは小便の臭いがするのであった。


「な、なんだこれ……気持ちわりぃ……マジかよ」


悟空は震えが止まらなくなった。耳に釈迦如来の声が鳴り響いた。


「さあ、約束を果たしてもらうぞ」


急に釈迦如来の指が何倍にも膨張し、へたりこんだ悟空を包むように屹立した。聳え立つ指は突然緑豊かな五つの連山に変じ、続いて凄まじい土砂崩れが悟空を襲った。突然の事に悟空は全く何の身動きも取れず、土砂に押しつぶされてしまった。


 釈迦如来は玉帝が返礼の宴席を設けるというので、断る訳にも行かず出席していた。

そこへ、弟子の阿難が近寄り、耳打ちをした。


「例の猿ですが、まだ動いています。山から頭を出しました。いかがいたしましょう」


「しぶといこと。流石は奴が目をつけただけの事はあるな。山の頂上に四角い石の箱があるから、そこにこの御札を張ってきなさい。大人しくなるから」


山の土砂の下から頭だけを出した悟空は、目の前に阿難が歩いて来たのを見て歯を剥きだした。


「こっから出たら、てめえも、あのチリチリ頭も、みんな叩き潰して肉団子にしてやるからな!」


阿難はこれを無視して山の頂上に登ると、確かに石の箱があった。そこに、唵嘛呢叭咪吽(オンマ二パドメフン)と書かれた御札を阿難が貼ると、山の木々が根を張りだし、悟空を刺し貫いて地に縛り付けてしまうのだった。

五つの連山に悟空の絶叫がこだました。


「出、出られない。動けない。この俺様が……なんてこった……助けてくれ!誰か、誰か、後生だから助けてくれぇーッ!嫌だ!こんなところで終わるのは嫌だッ!ウワァーッ!」


阿難が復命すると、釈迦如来は呟くのだった。


「あれの罪業が消えたとき、時を同じくして助けが参ることとなろう。それまで、死ぬことのないように土地神達に申し付けておかねばならんな」


それから、悟空が飢えた時には鉄の団子が、乾いた時には銅の湯が土地神からもたらされるようになった。

絶望に苛まれながら、途方もない時間が過ぎていった。

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