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第17話 猿の大捜査線

 狒々のごとき禺狨王ぐじゅうおうは背に四本の腕を新たに生やして旋回し、草頭神の軍勢を台風のように薙ぎ倒した。


「駆神大聖様ここにあり!降参するなら今の内だぞ」


ぜいぜいと肩で息をする禺狨王の背後にくぐもった声がかかる。


「調子に乗るな」


梅山六兄弟のこうがその背に鴛鴦鉞えんおうえつを突き立てていた。悲鳴をあげて康を振り払おうとする禺狨王の脇腹に、六兄弟のちょう匕首あいくちを差し込んだ。


「二匹目だ」


水簾洞の前では巨大な水蛇の姿になった覆海大聖こと蛟魔王が湖の水を吸い上げて吹き出した。圧力で刃物のようになった水は草頭神達を切り裂いた。しかし、千切れた体はすぐに寄り集まって再生してしまう。むきになって何度も同じ技を繰り返す蛟魔王は、梅山六兄弟のようが眉間目掛けて投擲した柳葉飛刀りゅうようひとうに気が付かなかった。


「三匹目」


拳を巨大化させて振り回す獼猴王みこうおうは、既に血まみれだ。梅山六兄弟のが放つ連弩れんどの矢が容赦なくその体を貫く。同じく六兄弟のかくが首筋に蛾媚刺がびしを撃ち込み、ちょく虎爪こそうが心臓を抉る。通風大聖こと獼猴王は怒りの打鼓ドラミングをして、最期の雄叫びを放つとその場に崩れ落ちた。


「四匹目」


残る魔王は平天大聖こと牛魔王のみである。牛魔王は金睛獣にまたがって渾鉄棍を振り回し、馬・流・崩・芭の四健将を指揮して懸命に戦っている。

悟空も仲間たちの旗色が悪いのは見て取ったが、二郎真君は助けに行くような余裕を与えてくれる相手ではない。


「チッ、天界にこれ程歯ごたえのあるやつがいたとはな」


「私も、お前ほどの使い手に出会ったのは初めてのことだ。終わらせてしまうのが勿体無いな」


二郎真君が身体を一揺すりするとその肢体は膨張し、見る見る天を突くほどの巨体となった。同じく巨大化した三尖両刃刀が悟空の頭上に轟音とともに振り下ろされた。

土煙の中から立ち上がったのは、頭上の如意棒で三尖両刃刀をはっしと受けた孫悟空である。その身体がぐいぐいと伸びていき、二郎真君と同じ背丈になった。

互いに雲の上に顔を出し、塔より高い得物をぶつけあって、花果山の大地をぐしゃぐしゃにしながら二人は戦いだした。


 悟空と二郎真君の巨大戦は一向に決着がつきそうになかった。


「悟空よ、すまーん」


悟空がその悲しげな声に振り向くと、背後の地面で牛魔王が梅山六兄弟と草頭神に絡みつかれて、ふんじばられてしまっていた。


「だぁ!もう!とりあえず、一旦逃げて態勢を立てなおすわ。そっから改めて助けに行くよ、義兄あにき。それじゃ」


悟空は術を解いてその場から消え失せた。二郎真君も元の姿に戻って、悟空の姿を探す。

二郎真君が両の目を閉じて三只眼さんしがんに意識を集中すると、木の枝にとまっている雀が一羽。


「こんな大騒ぎで鳥が隠れずにおるものかよ」


二郎真君は肩口の虚空から白頭鷲の瞰地かんちを呼び出すと雀にけしかけた。

しかし雀は逆に瞰地の口の中に自分から飛び込んだ。瞰地は苦しそうに空中でもがいている。やがて、その胸を突き破って血塗れの雀が出てきた。瞰地は落下しながら霊気の塊に戻り、消失した。


「こいつを練り上げるのには時間がかかるんだぞ、やってくれたな」


今度は二郎真君自身が鷹に変じて、雀になった悟空を追う。雀は次第に大きく羽を伸ばし、いつの間にやらに変じていた。鵜は天を目指してどんどん上昇していく。二郎は大海鶴に変じてその身体を嘴で飲み込まんとする。鵜はすんでのところで嘴を躱すと、今度は急降下して谷川に消えた。

魚のアイナメに変じた悟空は、谷川のほとりにたたずむみさごを見つけた。


「ミサゴにしては、頭の羽飾りが少ない。あれは二郎かもしれんな」


悟空はなるべく自然を装って踵を返し、泳ぎ去った。

ミサゴに化けた二郎真君は考える。


「今引き返したあの魚、アイナメにしては斑点が少なかった。さてはあれが悟空だな」


ミサゴの二郎が追いかけてくると、アイナメ悟空は水面に上昇し、今度は水蛇に変じてさっと水辺の草むらに逃げ込んだ。

水蛇の悟空がスルリスルリと草を掻き分けて行くと、丹頂鶴が突如目前に現れ、その長い嘴で突き殺そうとしてきた。これが二郎真君であることは言うまでもない。

身をくねらせて避けた悟空は今度は花鴇かほうに化けて、蓼の茂みに立ち、腰を振っている。その姿を見て、丹頂鶴は人間的に顔をしかめた。それというのも、この鳥は雌ばかりで雄がいないので、別の種類の雄鳥を見つけると巣に連れ込んで交合してしまう淫靡な鳥だとされているからだ。


「気色悪いものに化けてくれたな。喰らえ」


人間の姿に戻った二郎真君は半月の弾弓に棕櫚しゅろの実を番えると、悟空目掛けて打ち飛ばした。

この弾弓は弾丸に霊力を込めるもので、悟空の身体に当たった棕櫚の実は青い電光を発して爆発した。

しかし、この程度で傷を負う悟空ではない。爆炎に紛れて逆に姿をくらましてしまった。

三只眼が光って気の流れを追う。二郎真君が第三の目を頼りに進んでいくと、古びた土地神の廟があった。廟の背後にはボロボロの旗竿が刺さっている。


「旗竿、あはは、旗竿のある廟などあるものか。大方、尻尾の処理にでも困ったか?」


二郎真君が廟の門の下から三尖両刃刀を突き上げると、煙と共に廟は消えてしまった。

梅山六兄弟がそこにちょうど駆けつけた。


「兄者、悟空のやつを捕まえましたか」


「なかなかすばしっこい奴よ。今しがた廟に化けていたが、取り逃がしてしまった。援軍に頼んでいた品があるから、それを頼りに探しにいく。お前たちは残党狩りをしていてくれ」


二郎真君は宙に飛び上がるとぐんぐんと上空を目指して上昇した。雲の上には托塔李天王と哪吒太子、その取り巻きの兵士達が巨大な鏡を設置し終わるところであった。托塔李天王が進み出る。


「おお、二郎殿。準備はたった今終わりましたぞ」


「かたじけない。早速、使わせて頂きたい」


哪吒太子が鏡の足にあるボタンを押すと、ぐるぐると鏡は回転する。哪吒太子がよく通る澄んだ声で言う。


照妖鏡しょうようきょう、悟空の居場所を教え給え」


鏡はある方向を指すと止まり、鏡の中には立派な廟が映っている。鏡に映る悟空はにやにやと意地悪そうな笑みを浮かべて、廟に近づいていく。悟空は顔を撫で回すと、ある人物にそっくりの顔つきになった。二郎真君はぽかんと口をあけていたが、やがて三尖両刃刀を手に強く握り、托塔李天王に頭を下げると超特急で下界に降りていった。


 「殿下のお帰りだ!みんなお出迎えだよ!」


二郎真君の廟では、主である二郎が突然予定より早く帰ってきたので、慌ただしい有り様である。


「うむうむ、苦しゅうないぞ。して、供え物はいかほどか、検分したいので持って来なさい。はやく」


二郎真君は御座にでんと腰を降ろすと、運ばれてきた供物をニヤニヤと笑いながら検分し始めた。

二郎廟の門番たちはやっと一息ついたところ、ところがそこに既に迎え入れたはずの二郎真君がまたやってくるではないか。


「おい、今しがた私が通らなかったか」


「へえ、確かに殿下はさっきここを通って奥に向かわれました」


「馬ッ鹿もーん!そいつが悟空だ!」


二郎真君が奥に向かうと、悟空は供え物の瓜をシャクシャク食べているところだった。


「おや、二郎くん。この廟は俺様のものになったんだ。不法侵入は検非違使おまわりさんに通報するぞ」


「ほざけ、エテ公めッ!」


二郎真君は自分の廟が壊れるのも構わず吼天犬をけしかけ、三尖両刃刀をぶん回す。悟空も腹ごしらえして回復したのか、如意棒を自在に操りこれを受ける。

百合あまりも打ち合っていると、残党狩りを終えた梅山六兄弟が二郎の霊気を辿って廟にやってきた。

六兄弟は二人と一匹の争いが激しすぎて、手出しが出来ずにいた。

これらの戦いを上空から眺めている者が二人。


「わたしの推薦した二郎真君はどうして中々やるものでしょう。どれ、この浄瓶じょうびょう楊柳やなぎの枝を投げつけて、手助けしてあげましょう」


肩に白いインコを乗せた観音菩薩がそういうと、しおしおの老人が割って入った。


「あいや、ここはわしに任せてもらいたい。貴重な金丹を食われて、わしも少々腹が立っておる」


太上老君たいじょうろうくんはそういうと妖しげな光を放つ黄金の輪を手に構えた。


「金丹以上に時間をかけて、昆吾山の鋼を練りに練った金剛琢こんごうたく。この輪に捕らえられぬ物はない。御覧じろ」


太上老君は金剛琢を下界に向けて放り投げる。金剛琢は悟空の頭に命中すると突然巨大化し、悟空をその輪に嵌めて締め付けてしまった。


「なんだこれは!くっそぅ、離せ、離しやがれ」


悟空は振りほどこうと暴れ回り、やがて輪にはまったまま走りだした。ところが、その脹脛ふくらはぎに吼天犬が噛み付いたから、悟空はもんどり打って倒れてしまった。

梅山六兄弟と二郎真君が同時に飛びかかり、たこ殴りにされる中でやがて悟空は意識を失った。


遂に捕らえられてしまった悟空。最初からお前が出てくれば良かったんじゃないのか太上老君。次回へ続く。

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