第16話 顕聖二郎真君
花果山ではまたぞろ戦勝祝いで、悟空の恐ろしげな義兄弟達が招かれていた。
「移山大聖はどうした?」
「あの青獅子野郎は、腹を壊したとかで欠席だ」
牛魔王はもしゃもしゃと野菜を咀嚼しながら言う。
「人間とか、生臭物ばっかり食べるからそういうことになる。やはり妖仙とは言っても仙人の端くれなのだから、食生活にも気を使わないといかんぞい」
「ちげえねえ。その点俺は金丹も食べたし、蟠桃も食べたし、仙人食を極めたと言っても過言じゃないね」
「盗んで食っただけのくせして調子乗るなよ、こいつぅ」
牛魔王が悟空の頭を捕まえてぐりぐりと拳を押し当てると、一同から笑いが起きた。
笑いの中で、しかし、この二人だけが急に真顔になった。
「義兄、何か来るぞ」
「むう!これは……強い霊力を感じる」
魔王達は上空を見上げた。空の一隅が黄金色に輝いて見える。
混天大聖こと鵬魔王が翼を広げる。
「おいらがちょっくら様子を見てこよう」
羽ばたきと共に空に舞い上がる鵬魔王。黄金色に染まった一角がぐにゃりと歪み、中から出てきたのは一人の美丈夫であった。
顔立ちは爽やか、出で立ちは優美そのもの。だが、その額には三只眼が開き、この男の持つ異能の力を示していた。淡黄色の袍の上に白銀の鎧を着け、羽根飾りの雅な兜に縷金の靴、七宝の帯を締めている。右手には三尖両刃刀、左手には新月の弓が握られている。
男は三つの目で鵬魔王を見据えると、静かに呟いた。
「出でよ、瞰地」
男の左肩の辺りが明滅し、頭が純白の羽毛に包まれた猛禽が姿を現した。
白頭鷲はギロリと目を剥くと、鵬魔王に向かって羽ばたきはじめた。
「この空の王者に鳥をけしかけるとは舐め腐りやがって」
鵬魔王が拳を握って迎撃の構えを見せる。白頭鷲はぐるぐると錐揉み回転を始めた。
「避けろ!鵬魔!」
悟空が叫び声が響く中、鵬魔王の視界は突然ぐらりと揺らいだ。おいらはなんで太陽を眺めているんだ、それが鵬魔王の最後の思考だった。
頭を赤く染めた鷲が勝ち誇るように空を舞う。胸に大きな穴の開いた鵬魔王が海に堕ちていくのを見ながら、男は薄く笑みを浮かべた。
「まずは一匹」
男は肩に鷲をとめると、ゆっくり水簾洞の前に降りてきた。
「てめぇ!よくも兄弟を殺りやがったな」
悟空が完全武装で男の前に立ちはだかる。
「お前が孫悟空か」
「そうとも、この俺様が名にし負う斉天大聖孫悟空様だ!」
「斉天大聖とは大きく出たものだ。私は顕聖二郎真君。勅命により、お前を討つ」
「やれるものならやってみやがれ!みんな!」
どやどやと残る義兄弟が悟空の背後に集まってきた。
二郎が指をパチりと鳴らす。瞬きする間に背後に現れたのは二郎と同じく淡黄色の袍に身を包んだ六人の武人で、顔を布で隠し、めいめい異なった短機械を握っている。彼らは世に梅山六兄弟と呼ばれる妖魔退治の達人集団であった。
「出でよ、吼天」
二郎の左足の周囲が明滅する。黒い背に白い腹の屈強な犬が姿を現した。
悟空も負けじと指笛を鳴らす。手下の猿達が四健将に率いられて続々と集まってきた。
「ダメ押しだ、変化!」
悟空は自分の頭の毛を引き抜くと息を吹きかけ、小悟空の軍勢を生み出した。
「ふふふ、私と似たような技を使えるのだな。驚いたよ」
二郎が印を結ぶと足元の草木が伸び始め、複雑に絡み合って人の形になり、やがて緑色の兵が無数に立ち上がった。草頭神と呼ばれる二郎の術であった。
悟空が雄叫びを上げて如意棒を振ると、二郎は三尖両刃刀でこれを受け止める。乾いた金属音が空に響き渡る。こうして戦いの火蓋が切られた。