第14話 パーティーモンスター
瑤池へ向かう道すがら、悟空は五色の瑞雲に乗った仙人を見かけ、呼び止めた。
「道士どの、どこへ向かわれるのですかな」
振り向いたのは、赤脚大仙と呼ばれる裸足の仙人である。
「西王母様のお招きで、蟠桃会へ向かうところですよ」
もう招待客が向かっているくらいなのだから、自分は呼ばれていないことはもう確定である。悟空はこの正直な仙人を足がかりに、宴を台無しにしてしまうことを思いついた。悟空は瑤池への進行方向と逆に指差しして言う。
「今年は例年と異なりまして、あちらの通命殿で受付を済ませてからご参加となっています。わたくし、この雲の速いのを見込まれて、その事を伝えてまわっている最中でして」
「それはかたじけのうござる。はて、なんでそんな遠くに受付を……」
赤脚大仙がぶつぶつ言いながら遠ざかるのを見て、悟空は変化の術を唱える。悟空はたちまち赤脚大仙そっくりの姿になった。
瑤池につくと受付を済ませて控室に通される。悟空は印を結び、隠身の術を唱えた。悟空の存在感が薄まり、路傍の石ほども気にとめられなくなる。
扉を開けて会場へ入ると、そこにはまばゆいばかりの料理の数々。
飴色に焼き上げた子豚や家鴨、底の見えない魚翅や燕窩の湯、干し鮑が城のように盛りつけてあるかと思えば、駱駝のコブの茅台酒漬けは宝塔のように立ち並ぶ。熊掌や大山椒魚といった珍味、羊肚菌やら銀耳等の珍しい茸も所狭しである。伊勢海老の鹿角特選炒、蒸し魚の姿煮、豚肩肉の蜂蜜焼き、その他名前もわからないような豪華料理がどっさりと卓を埋め尽くしている。それぞれの皿に龍虎や鳳凰が踊っているが、それも料理人が腕を尽くして、野菜や肉を削って創りだした儚い芸術品なのだ。
とはいうものの悟空はもっぱら果物などに目がいく。
山竹果、榴蓮といった高級果実。芒果、荔枝、甜瓜、無花果等々。木の実や干果も山と積まれている。
悟空は生臭ものの料理からは酒のつまみになりそうなやつだけをひょいひょいと盗み、果物は片っ端から袖に詰め込んで廊下に出る。
ちょうど大きな酒の瓶を人足達が運び込もうとしていた。悟空は懐に入れていた巾着袋から、ある物をさっと取り出した。それはノミのような小さな虫だった。悟空が虫を投げつけると、人足達は大あくびをし、フラフラしてやがてその場に倒れると鼾をかいて寝始めた。
「催眠虫、中々便利だな」
これなる虫は、悟空が天将から賭け事のカタに巻き上げたもので、刺したものをたちまち眠りにつかせてしまうのである。
悟空は複数の酒瓶を転がしたり引っ張ったりして人気のない柱廊まで持っていくと、くすねた料理や果物を肴に一杯やりはじめた。一杯と言わず二杯と言わず、巨大な酒瓶をついに空にしてしまった。
「そろそろ招待客が来て感づかれちまう。ずらかれずらかれ」
しかし、仕込みに時間をかけた神酒や仙酒は度数も人間界のものとは比べ物にならず、悟空は足取りも覚束ない。気がついたら、ついていたのは自分の邸である大聖府ではなかった。
「兜率天宮?太上老君の屋敷じゃねえか。ちょうどいい、同じ仙人としていつか会おうと思ってたんだ」
しかし、太上老君も蟠桃会に呼ばれていたために留守。金衣の童子と銀衣の童子に、客室で待つように言われたが、酔っ払った悟空はじっとしていられない。
香ばしい匂いに誘われ、よろよろと歩いていった先には巨大な炉があり、その前の卓にはホカホカと湯気をはなつ、出来たての金丹が置いてあった。
八卦炉で練られるという太上老君の金丹は、ひと粒でも食えばいかなる武器でも傷をつけられぬ体となる至上の仙薬である、と須菩提祖師から教わっていた悟空。迷わず、バリバリと金丹を全て食べてしまった。
酔いの醒めた悟空は、流石にこれは処罰されるんだろうな、と思った。そして、元来た道を通らず、大聖府にも戻らずに、觔斗雲に乗って外界へと戻っていった。
◇
玉帝の元に様々な陳情が立て続けに舞い込んできた。
「大変です!蟠桃会に使う桃が全て食べられてしまいまし。管理人の斉天大聖は行方不明です」
「わたくしどもは斉天大聖の妙な術でまる一日金縛りにあっていたのです。放置されて足や腰が痛いので、大聖に対し慰謝料と謝罪を要求します」
「蟠桃会の料理とお酒が台無しです!現場近くで赤脚大仙の姿を見たものがいるとか」
「私がそんなことをするわけがございましょうか。私は斉天大聖のでまかせに引っかかり、違う場所にいたのです。アリバイがございます」
玉帝はもううんざりという顔である。
「わかったわかったもうよい!要するにあのサルがまた悪さをしたのだな。天羅地網を張り巡らし、なんとしても捕縛せよ。朕は必ずや重い罰を下すであろう」
玉帝の聖旨により、四大天王に托塔李天王と哪吒太子の父子を加えた総司令部、二十八宿、九曜星、十二元辰、五万揚諦、四値功曹、東西星斗、南北二神といった将星、そしてこれらが率いる総勢十万の大軍が編成され、下界へと降りていった。
一方、悟空は花果山で四健将らの歓待を受けていた。
「大王様、まさか百十年も留守にされるとは。我々もすっかり老けてしまいました」
「自分のことはこの際置いておくが、お前らもバケモノなのだな」
その時、門番の猿がご注進。
「大変です!金ピカの兵隊達が向こうの空を埋め尽くしています。敵が七分に空が三分、敵が七分に空が三分です!」
「今飲む酒には今酔おうって言うだろが。ほっとけほっとけ」
完全無視を決め込み、飲み続ける悟空。
「奴らが門の前で布陣し、大王様のことをめっちゃ罵っております!いかがいたしますか」
「正直、天界で飲んだ酒のほうが美味しいけどさ……なんていうのかな、落ち着くよな、家で飲む酒は」
構わず飲み続ける悟空。
「門が破壊されました!敵が雪崩れ込んできます!」
悟空はすっくと立ち上がり、盃を掌で割った。
「ええいもう!そんなに死にたけりゃ、まとめてぶっ殺してやるわい!俺様の鎧兜を持って来い」
再び天界と事を構える悟空、いかなる戦いをするのかは次回へ譲る。