第13話 モンキーモモ
「暇暇ひーまーひーまー、暇で死にーそぉー。暇暇ひーまーひーまー、暇で死にそぉー」
悟空が文机に伸びて虚ろな目をしたまま、歌っている。悟空はこれに飽きると天界をほっつき歩き、チンチロリンをふっかけて天将たちの面白道具を巻き上げたり、高位高官を無理矢理酒に誘って吐くほど飲ませたりして一日を過ごすのだ。
そう、捕縛が面倒くさくなった天界は、悟空に“斉天大聖”の位を与えて養うことにしたのである。
そこで問題となってくるのは“斉天大聖って何?”ということである。
なにしろデタラメに名乗った官職であるから、本人さえもその問いに答えられないのだ。
官あれど禄なし、名ばかり管理職で部下もおらず、ご立派な執務室で腐るほかないのである。
悟空が賭博や酒に溺れるまでに時間はかからなかった。
悟空の行状など下界であれば可愛いほうだが、ここは何事もお上品な天界のこと、暇を持て余したサルの扱いをどうするかは問題視され、玉帝の耳にも入ることとなった。
「やれやれ、大人しゅう暮らせぬサルだのう」
許旌陽真人が進み出る。
「まあ、小人閑居して不善を為す、と言いますからな。サルめの居館は蟠桃園に近うございますから、あそこの管理人などさせてみてはいかがでしょうか」
蟠桃園は、天界で食される桃の如き仙果である蟠桃を育てている庭園である。
着任早々に視察へ赴いた悟空は職員から説明を受けた。
「手前の小振りな桃は三千年に一度実をつけます。実は酸っぱく、花も小さいですが、これを人間が食しますと、道術を会得し身も心も軽くなります。中程の列にあります中くらいの桃は六千年に一度身をつけます。花は八重、味も甘く、人間がこれを食しますと、霞に乗れるようになり、不老長寿となります。奥の列にあります大きな桃は九千年に一度実をつけます。花はより大きく紅が刺し、実には紫色の紋様が入り、種の色は浅黄色。食べると天地と寿を斉しく、日月と庚を同じゅうすると言われています」
「情報量多くない?」
二三日は真面目に管理をしていた悟空だが、そこはサルなので段々この美果を食いたくなってきてしまった。
しかし、視察に赴いても職員がぴったりくっついてくるので、機会がない。
「諸君、俺様はこのあずまやで休憩するので、しばらく園の外で待っていてもらいたい」
上手く人払いをした悟空、木に登ってウッキキと蟠桃をもぎ、シャクシャクと食べ始めた。
◇
ある日、蟠桃園に訪問客が現れた。
色とりどりの衣をたなびかせた仙女が七人。
「わたくしたちは西王母様の使いで参りました。蟠桃会で用いる桃を収穫させて頂きます」
「お勤めご苦労様です。あいにく、管理人の斉天大聖はあずまやでお休みされています。中で許可を得てください」
職員に伴われて蟠桃園に入ると、中の様子は一変していた。
「な、ない。桃が、一個もない!」
正確には青くて不味そうなのは二、三ぶらさがっているのだが、熟したものは全て消え失せ、樹の下には種ばかりが転がっているのだった。
「あら、お姉様、一個だけ赤いのがありましたわ」
緑衣の仙女がその実をもごうとすると、桃は赤い尻に変わり、脚が生え、手が生え、頭が生えてサルの姿になった。
「やい、ズベ公!誰の許しを得て、俺様の桃を盗もうとしとるんじゃい」
仙女はびっくりして尻餅をついた。
「失礼しました。わたくしたちは西王母様の開く蟠桃会に使う桃を頂きに参ったのです。あいにく斉天大聖様は中でお休みとのことでしたので、入らせていただきました」
「蟠桃会?俺様はその宴に呼ばれていないぞ。どんな奴らが招待されとるんだ」
「例年は、西方のお釈迦様をはじめとする仏教神の皆様、南方の南極観音様、東方の崇恩聖帝、北方の北極玄霊、中央の黄極黄角大仙といった五方五老の方々。その他、四帝、三清といった天界の主だった紳士淑女は皆招かれております」
悟空は顔を真っ赤にして言う。
「この斉天大聖は紳士じゃねえっていうのか!」
「わたくしが言ったのは昨年までのこと。今年の招待客はまだ存じません」
「ふーむ、それじゃ俺様が招待されるのかどうか探ってみるか。お前たち」
悟空は印を結ぶと仙女達にぼそりと呟いた。
「動くなよ」
その声は木霊し、仙女達は瞼すらも動かせなくなってしまった。
悟空は金縛りの術を唱えたのである。
石像のようになった仙女達を後に、悟空は觔斗雲に乗って西王母の御殿がある瑤池に向けて飛び立った。
悟空は蟠桃会をどうしてしまうのか、次回へ続く。