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第12話 斉天大聖

 水簾洞の門番の猿が長い欠伸をし、目を開けると、その前には巨人が立っていた。

黄金の鎧兜を身にまとい、右手には巨大な斧を提げている。


「貴様らの主に伝えよ。職務離脱及び破壊活動の容疑で逮捕する、大人しく縛につけ、とな」


慌ててご注進に向かう門番。

悟空は盃を放ると静かに言った。


「俺様の鎧兜を持って来い」


天界の将軍は悟空を待つ間、屈伸をしたり腱を伸ばしたりしていた。


「よう、お前はどこの貧乏神だ」


現れたるは孫悟空、紫金の兜を被り、白金の鎧をまとって、歩雲の靴を履き、手には如意棒を携えている。


「田舎猿めが!この俺を知らんとは。俺は托塔李天王たくとうりてんのう様の先鋒をつとめる巨霊神きょれいしんである。大人しくついてくればよし。ただし、嫌のいの字でも言ったらば、この斧が唸ることになるぞ」


「はははは、お前をこの棒でのし餅にしてやるのは簡単だが、それでは伝言を伝えるやつがいなくなる。許してやるから、さっさと帰れ。そして、玉帝にこう伝えろ。“この悟空様を馬方にするとは本当にお目々が節穴ですね。この旗の通りに昇進させるなら許してあげるから、すぐにみことのりを書きなさい。時間はあまりありませんよ”ってな」


悟空が指差す旗竿には“斉天大聖”の四文字がデカデカと書かれている。


「天にひとしい大いなるひじりだとぉ?のぼせるなよエテ公め。この宣花斧を受けて、反省するがいい」


巨霊神が斧を振り上げて悟空の脳天をめがけて打ち下ろす。

悟空は如意棒で何気なくこれを受ける。


「大丈夫?ほんとに力入れてる?」


「な、なめるなよ、サル野郎」


巨霊神は何度も斧を打ち下ろすが、悟空はその全てを造作もなく受け流す。

やがて、巨霊神は肩で息をしはじめ、斧を構えるのもやっとになった。


「飽きた。こっちからも行くぞ」


巨霊神の頭上に悟空は如意棒を振り下ろす。

咄嗟に斧の柄で防ごうとする巨霊神。

ところが、如意棒は柄を粉砕し、巨霊神の肩にめり込んだ。

鎧の肩当てがひしゃげて鎖骨に突き刺さり、哀れな天将は長い悲鳴を上げた。


「おい、もう一度言うぞ。許してやるから、さっさと帰れ。わかったか」


巨霊神は肩を押さえながら退却していった。


「そうか、それでお前はおめおめとかえってきたわけだな。我が軍の先鋒でありながらな」


跪いて報告する巨霊神に、托塔李天王たくとうりてんのうは乾いた声で答える。

表情は平静そのものだが、その掌に載せた仏塔が赤く発光した。


「士気を低下させた罪は重い。腰斬ようざんの刑に処す」


両脇を刑吏に固められ、巨霊神はわぁわぁと泣きわめいた。

その愁嘆場に、一人の童子が進み出て言上する。


「父上、お待ちください。私がその猿めの実力を確かめて参ります。まことの強敵であれば巨霊の罪には当たりませぬ。それまで刑の執行についてはお預けください」


「ふむ、お前がそう言うのであればな」


 悟空が勝利を祝って酒杯をほしていると、上空から声が聞こえる。


「やい、無法者の猿め!命令に従わず、あまつさえ僕の部下を痛めつけるとは何事か。懲らしめてくれる」


悟空が見上げるとそこにいたのは、炎の車輪の上に足を載せた総角あげまきの童子であった。


「坊や、それ、足の裏熱くないか?アチチならないか?」


「馬鹿にするな。この火輪児かりんじは持ち主を傷つけることはないし、そんじょそこらの騰雲とううんでは追いつけない、凄い速さが出るんだぞ」


悟空は宙返りを打つと、觔斗雲に乗って瞬く間に童子の鼻先に昇ってきた。


「この觔斗雲はそこらのお洒落雲とは違うのだよ、坊や」


「はっ、相手にとって不足はなしという事か。我は托塔李天王が三男、哪吒太子である。火尖槍かせんそう!」


哪吒太子の手に煙が沸き立ち、槍の形になった。

悟空も手に持った如意棒を構えて見得を切る。


「斉天大聖孫悟空が稽古をつけてやる」


「ほざけ!」


哪吒太子が火尖槍を構えて突くと、槍の先から炎が噴き出した。

悟空は如意棒を回転させて風をおこし、これをかき消す。


「火遊びするとおねしょするんだぞ」


「そうかい、なら水遊びはどうだ。混天綾こんてんりょう


哪吒が身に帯びた薄布が発光すると水簾洞の滝の水が悟空に目がけて動き始めた。

しかし、悟空の速度に水はついてこれない。


綉毬児しゅうきゅうじ


哪吒の周りをくるくると周っていたまりが悟空の目前に飛んでいく。

花がらの鞠から鋭いトゲが発し、悟空を突かんとする。

悟空がすかさず如意棒で打ちすえると鞠は破裂してしまった。


乾坤圏けんこんけん


哪吒が手にした金の輪を放ると、その輪は悟空をどこまでも追いかけてくる。


「うざったい玩具ばかり使いやがって」


悟空がこれを如意棒で打ち飛ばすと、はるか彼方の星となってしまった。


「中々やるじゃないか。本気でいくぞ」


哪吒の右耳のあたりから顔がもう一つ、左耳からさらに一つ、めきめきと音を立ててせり出した。

背中からは四本の腕がにょきにょき生える。身体もどんどんと大きくなり、たちまち三面六臂さんめんろっぴの巨大な鬼神の姿となった。

その六本の手にはそれぞれ砍妖刀かんようとう斬妖剣ざんようけん降妖杵こうようしょ縛妖索ばくようさくといった宝貝パオペエが握られている。


「驚いたか?降参するなら今のうちだぞ」


悟空がにやりと笑う。

その右耳から悟空の顔、左耳からも悟空の顔。背中からわさわさ生えてくる毛むくじゃらの腕四本。

三面六臂の巨大な猿神となった悟空の手には如意棒の他に、鉄で出来た実芭蕉バナナ甘藷サトウキビ鳳梨パイナップル縞蛇シマヘビなどがごちゃごちゃと握られている。

哪吒が砍妖刀で斬りつければ実芭蕉がこれを弾く。

斬妖剣と甘藷が激しく鍔迫り合いをすれば、狼のような降妖杵と鵬のような鳳梨は火花を散らす。

縛妖索が悟空を縛らんと踊れば、縞蛇は哪吒を捕らえんと宙を舞う。

綉毬児がひとりでに繕われて悟空の背後を取れば、光る毬栗いがぐりが現れてこれを防ぐ。

帰ってきた光り輝く乾坤圏、これを迎え撃つは玉の玉猪竜ウロボロス

紅い混天綾が水を引き寄せれば、あお昆布こんぶがこれを吸い込む。

火尖槍が鋭く突けば、如意棒は靭やかにいなす。

武器が当たってもそこは双方ともに仙術の使い手、防御の術で当たった部位を咄嗟に守る。

硝子ガラスを引っ掻いたような音が鳴り、身体が白く光って、平気の平左である。

互いに六本の腕を自在に操って神技を尽くし、三十合ほど打ち合ったが勝負はつかない。

間合いを切った悟空、毛を一本引き抜いた。


変化へんげ!」


三面六臂の悟空がもう一匹現れ、互いの位置を入れ替わりながら迫ってくる。


「こ、こっちが本物だ」


火尖槍が左の悟空を突くと、煙とともに消える。


「残念、こっちだ」


右の悟空が如意棒で哪吒の元からの左腕を打ち据える。

虚をつかれた哪吒は防御の術が間に合わず、鈍い音が空に響いた。

左腕の折れた哪吒太子は元の姿に戻り、火輪児を回して逃げ出すのがやっとであった。

愛息である哪吒太子の負傷を見て托塔李天王は一時の撤退を決意した。

先に敗れた巨霊神がその命を拾ったことは言うまでもない。


 悟空が意気揚々と水簾洞に引き揚げてくると、そこには牛魔王をはじめとする六大魔王が待っていた。


「独角鬼王の知らせで駆けつけたが、流石は斉天大聖!助太刀する暇もなく、やっつけてしまったな」


「あたぼうよ!義兄あにきの手を煩わせる俺様ではないぜ」


悟空の勝利を祝う大宴会、山海の珍味や美酒が所狭しと並べられる。

獅駝王しだおう蛟魔王こうまおうは持参した人肉饅頭やら人間の股の炙り焼きやら物騒なものを食べている。

禺狨王ぐじゅうおう獼猴王みこうおうは好色と見えて、花や果実の変じた妖の妓娼きしょうを抱き寄せ、胸を弄ったり尻を撫でたりして痴態を晒している。

そこへ行くと悟空や牛魔王は大人しいもので、酒と果物、色拉サラダばっかり平らげており、二人はこういうところでも気が合うのであった。


「なあ、義兄あにき。この俺様が斉天大聖と号しているんだから、義兄もナントカ大聖と名乗ったらどうだい」


白菜を飲み込んだ牛魔王。


「それはいい考えだな。よし、わしは平天大聖と名乗ることにしよう」


シューシューと二股に裂けた舌を出し入れする蛟魔王。


「では、俺は覆海大聖と名乗ろう」


羽を広げて鵬魔王。


「おいらは混天大聖だい」


人骨から髄をすする獅駝王。


「我輩は…移山大聖」


胸を揉み揉み獼猴王。


「オレっちは、通風大聖……はぁ、やわらけえ」


尻を鷲掴み禺狨王。


「最後はワレか。駆神大聖ってのはどうだい、のう、おねえちゃん」


乱痴気騒ぎは日をまたぎ、翌日みなふらふらと帰ったのは言うまでもない。

さて、刺客を退けられた天界の次なる手は何なのか。

それは次回に譲ることとする。

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