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第1話 見ざる、岩猿、聞かざる

挿絵(By みてみん)


 世界が東勝神洲とうしょうしんしゅう西牛賀洲さいごけしゅう南贍部洲なんせんぶしゅう北倶廬洲ほっくるしゅうに分かれていることは、賢明な読者諸兄はみなご承知のことと思う。

さて、時は地上の歴史が神話との境目に揺蕩う黎明の時代である。ここ東勝神洲は傲来国ごうらいこくで、ある異変が起きようとしていた。

傲来国の辺境には小さな島がある。そこは、周囲を海に囲まれ、切り立った崖の上にちんまりと陸地が載っているようなチッポケな島であったが、どんな島にも景勝地の一つや二つはあるもので、大洋に面して花果山かかざんという季節ごとに色鮮やかな花々が咲き乱れる見事な山が聳えているのだった。

その山の頂上には一つの岩があった。

その岩は天地開闢以来風雪にさらされていたのだが、ある日、その岩に雷が落ちた。すると岩に亀裂が走り、そこから卵のようなものが転がり出た。

卵の周囲を一陣の風が吹き抜けた。卵はカタカタと震えはじめ、ひびが入り、その殻を割って一匹の猿のような生き物が飛び出した。

猿のような見た目ではあるが、知っての通り、猿は卵から生まれたりはしないし、卵は岩から生まれたりはしない。この怪生物を、その発生の経緯から、仮に岩猿と呼ばせていただく。

岩猿はしばらく頭をポリポリ掻いたりしていたが、お腹を抑えると上空を睨みつけ、両のまなこから怪光を発した。


 地上に漢帝国や羅馬帝国ローマていこくが存在するのと同様に上天にも帝国が存在するのは、賢明なる読者諸兄は勿論ご承知のことと思う。

帝国には皇帝がつきものである。

地上に光武大帝劉秀やら大秦国王安敦マルクス・アウレリウス・アントニヌスの名君があれば、天上にはこの聖君ありというわけで、天上は玉皇上帝が治めているのである。

その御簾を貫く二筋の怪光を見て、玉帝は眉をわずかに顰めた。


「なんだ、この禍々しい光は……、順風耳じゅんぷうじ千里眼せんりがん、おるか?」


恭しく拝礼してまかりいでたるは順風耳と千里眼の二将軍。

順風耳は耳に手を当て目を瞑った赤色の鬼神、千里眼は耳を抑え目を見開いた緑色の鬼神である。


「どんな物音も聴き逃しません」

「どんな物事も見逃しません」


「我ら二将におまかせあれ!」


玉帝は、“こいつら、わざわざ片方の能力に絞る意味があるのだろうか”とふと思ったものの、その事には触れずに二将に調査を命じた。

古来、優れた君主というものは部下の痛いところをやたらにほじくったりしないものである。

二将は直ちに雲に乗り、光の出処を探しに行った。


「やや、このポリポリという音、サル科の動物が頭を掻く音に似ておるぞ!あいにく何も見えないが……」

「やや、山の天辺で岩で出来た彫刻のサルみたいな奴が中指と薬指を中心にしてつむじを掻いているぞ!音はあいにく聞こえないが……」


二人は馬鹿らしくなって目と耳を両方開放すると、怪光の出処を確認した。

岩猿はしばらく虚空を睨んでいたが、千里眼が近くの木から桃をもいで足元に放るとウキッ!と嬉しげに鳴いて貪り喰った。

すると眼の光はしだいに落ち着き、やがて目を閉じてグゥグゥ眠り始めたのである。


「しかし、このサルが腹ぺこだとよくわかったな、千里眼よ」

「あれはお腹が減りすぎて世界を恨んでいる者の眼だよ。一目見てピンと来たね」


この牧歌的な顚末を二将が報告すると、玉帝は慈愛に満ちた面持ちで仰せになった。


「下界のもの全ては、天地の生み出したはなである。愛でこそすれ、処分する必要はあるまい」


しかし、愛とは往々にして一方的なものである。

玉帝の天地を愛する赤心まごころが伝わり、岩猿は平穏無事にその生涯を終えました、ではお話にならないわけで、いかにしてこの平穏が破られたかについては次回に話すこととする。

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