陸と海の友情譚
地図に載っていながら訪れる者のない場所というのは案外あるものだ。そういう場所は大抵の場合主人が人を寄せつけたくない理由でもあり、人々も主の逆鱗に触れることを恐れて遠回しに敬遠するようにしていくのであり、神経の図太い好奇心旺盛な探検家くらいがごくたまに意気揚々と干渉を試みるのだ。その類の者は出かけたのが未開の宝島ではなかった場合も自身の性質に起因する理由で度々ひどい目を見るのだが、もし真心と優しさをもってその冒険に出た場合、これも本人の性格に起因する理由で、誰もが羨む経験をしてきたり友となる者と出会ったりすることもある。
悪魔ミカエルが住む教会はまさにその例だった。
「こんにちは、ミカエル、アルミーザーンよ。遊びに来たわ」
質素な身なりの船乗りの娘が元気よく声を張り上げると、日差しの中で一対の羽根がゆっくりと広がった。それから何か大きなものが動く気配がして、空気が揺れ、全ての窓が音を鳴らした。今にも教会ごと吹き飛びそうなほどの強風が収まると、そこにはどんな恐竜より巨大な羽根を生やした、人形のような悪魔ミカエルが光の中にいた。
アルミーザーンはミカエルを全く恐れはしなかった。彼女が出会ったこの悪魔は大変な長寿者で知恵に長け、自分たちの手の届かないところまで軽々と手を貸してくれる心強い友人だった。
二人は今や、お互いに助け合い、なくてはならない支えとなった親友同士なのである。
「おかえりなさい、アルミーザーン。航海は無事でしょうね?」
「もちろん!最高の旅だったわ。今回は東洋の港にも寄ったの。東洋の港には珍しい品物がたくさんあったわ、見て、素敵な織物じゃない?」
旅の楽しい思い出を蘇らせて上気しながら興奮して土産話を披露する友人を、ミカエルは楽しげに見ていた。時に疎外感を感じる自分の身の上を理解してか、あるいは純粋に友人に話をしたいのか、明るく親しげなアルミーザーンの態度はミカエルにとっての楽しみだった。彼女が訪れた日はミカエルにとって自分に友達がいることを実感させてくれる楽しい時間だった。無論この世界における彼女は誰にでも嫌われ厭われる対象物とはなっていない。しかし、ひどく鬱ぎ込む時、自分には陽気な時間を共に過ごせる友人がいるということは心の支えになり、ミカエルを明るい方へ導く指針になるのだった。それはもちろんアルミーザーンも同様だった。船の上にいても常に思える人がいるというのは大変な幸福であり、これもまた楽しいことであった。
「この綺麗な布はミカエルにあげるわ」
そう言ってアルミーザーンが取り出した絢爛な巻物を、ミカエルは驚いた目で見つめた。
「私に?いいわ!!もったいないわよ、人間の持ち物なんて持っても使えないし」
「そうかしら、だけどこれ、あなたにはきっとぴったりよ」
「ダメダメダメダメ、こんな豪華な贈り物なんて私には立派すぎるわよ!」
「そんなこと言わないで。ミカエルは綺麗なものが似合うわ」
ミカエルはどう返事をするのが最善なのか考えが浮かばず、嬉しさと申し訳なさの間に唖然と立っていた。しかし、友人からの贈り物というのは何か無下にしがたい神々しさがある。ミカエルはついに折れて、恐縮しながら豪華な贈り物を受け取った。この絢爛な巻物が本当に自分にふさわしいのか、恐れ多い気持ちだった。
しかし、その他方では友人が自分に贈り物を用意していたことに対する喜びと誇らしさとで胸が熱くなっていた。
「どうもありがとう」
「気に入った?」
「そうね...こんな立派なものを貰うのは初めてだから。だけどすごく嬉しいわ。こんなものを持てることも、あなたがわざわざ贈り物をくれたことも」
「あら。貴女の友達だもの、もちろんするわ」
アルミーザーンは溌剌無邪気に笑いかけた。
「いつかあなたとも旅に出られたらいいんだけど」
ミカエルは儚く笑った。
「ダメよ。人が私を見たら怖がらせてしまうかもしれないし、あなたにも迷惑をかけるわ。だから私はここに残って、神様に祈っているわ。あなたや船乗りたちが無事に海を超えられるように」
ミカエルの言葉はまさに彼女の強さと、その存在の哀愁を感じさせた。彼女のことを思うと切なさに胸が裂かれるようだった。しかし、そう言われた以上、アルミーザーンにできる最良のことはこれからも長らく彼女と友人であり続けることだと、アルミーザーンの方もそのことをよくわかっていた。そしていつまでもお互いの憂鬱を吹き飛ばす助けになり、親友であり続けることが、これからの最善のことだった。
「また旅に出るんでしょう」
「ええ。今度もまた同じ航路だけど。星の動きを確認したいの」
「寂しくなるわ」
ミカエルが笑いかけたとき、アルミーザーンははっと目を見開いた。
気をつけて、ではなく寂しくなると彼女は言った。気遣いに溢れた優しい彼女のふとした正直さが心を刺すようだった。どれほど気遣いで繕っても、孤独な境遇にあることはよく察せた。
アルミーザーンはできるだけ優しく微笑して言った。
「ねえ、ミカエル」
「どうしたの?」
「星はいつも動き続けているけれど、北極星だけは動かずにいつも空の同じ場所にあるの。だからあの星は、海にいる私からも、あなたからも見えるわ。北極星が見えたら思い出して、私達、同じ星を見ているってことを」
ミカエルは嬉しそうな笑顔を浮かべた。目元も口元も無邪気に笑っていた。それはまるで天使のようであり、人間の娘のようであった。
「素敵なお土産を持って来るわ!」
「楽しみね。安全な航海をここから祈っているわ」
「私も、あなたが元気でいるのを祈っているわ。さあ、また会うときまで元気でね!」
アルミーザーンは溌剌と笑うと、踵を返して凛然と帰っていった。振り向きもしないのが頼もしかった。
ミカエルは微笑みを浮かべたまま、日差しの中で友の無事を祈り、また楽しい再会の日を願ってアルミーザーンが立ち去った先を眺めていた。