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不思議な迷子

 その土地に名前があることさえ知らない。ましてや人族が付けた名前など。

エルフの青年には、人が住む町や目に見えない線を引いてまで造った国というモノに付けた名前など知るはずもない。

自分が育った森が『エルフの森』であり、最初に訪れた人族の町が『始まりの町』で、それだけで良かった。

「人やエルフにだって名前があるでしょ?。それと同じ」

脳筋と呼ばれるその女性は、おおよそ似つかわしくない話を彼に聞かせた。

エルフの青年は数年前に人族のこの女性魔術師と結婚をした。

あまり他人の話を聞かない彼女が、最近は話し合いにも応じるようになったのは、ひとえに母親になったせいだろう。

「でも家畜には名前を付けないだろう?。必要ないから付けないんだ」

「家畜でもかわいがってる人は名前付けるよ」

国の名を家畜の名と同等に扱う方もおかしいとは思うが。

「何にしても興味が無いと覚えないと思う」

エルフである彼は、国や町の名を知らなくても全く不自由していないからだ。

 二人が何を議論しているかというと、子供達に町や国の名前を教えるかどうかである。

エルフの青年ギードは森の守護者の代理人であり、商人でもある。

その妻である魔術師のタミリアは、この国でも珍しい魔法剣士を目指して修行中である。

二人の間には双子の子供達がいる。

双子の男の子の方はエルフ族でおとなしく人見知り、名はユイリ。

女の子の方は人族で好奇心旺盛に動き回るお転婆、名はミキリア。

もうすぐ1歳を迎える双子のために、この両親は何を贈ろうかと話し合いをしていた、はずであった。

先日、王都のタミリアの実家から贈り物予定の目録が届いた。この中から選べという事らしい。

ふたりはある事情により王都には行きたくないのでありがたい申し出だった。

元・引きこもりエルフが選んだ本と、各地を旅した経験を持つ脳筋が選んだ地図。

どちらにしても1歳の誕生祝いには早いと気にするものはいない。

殴られる雰囲気を察し、ギードが慌てて案を出す。

「両方でいいんじゃない?。ふたりいるんだから一個づつ頼めばいい」

「あー」

ギードの言葉にタミリアが納得し、返事は後日送ることになった。

しかし、何だか腹の虫が収まらなかった妻に、やはり夫は殴り飛ばされていた。



 その日は雨だった。

ギードはいつものように早朝、陽が昇る前に家を出る。

エルフは自然と共に生きる種族である。雨や雪や雷も、自然の気象に関して忌避感は薄い。

久しぶりの雨はやさしく、森にもエルフ達にも、そして彼にも平等に降り注ぐ。

子供の頃、森のエルフ達に迫害され続けたギードにとって、暴風雨さえ仲の良い友達だ。

 聖域の森で採集をしていると、ふと違和感を感じた。

古木の精霊に反応はない。危険な侵入者では無いようだ。

ギードは気配の方に向かって歩き出す。今日の雨は霧の様で見通しが悪かった。

採集の時は武器は身に着けていない。せいぜいが採集用の短剣くらいである。

しかし森の守護者の代理人である彼には、精霊達がいる。恐れることなどない。

「そこで何をしている」

「ふぇっ」

古木の根元にうずくまっている影を見つけ、声をける。

すっかり雨に濡れた様子で長時間ここに居たことが分かる。

ギードは羽織っていたマントを脱いで渡しながら、その影に向かって付いて来るようにうながす。

影は雨の中、ひとりの人族の女性になった。

 ギードはその女性を、老木の木のウロへ案内した。

有無を言わさず人族の町へ送ることも出来たが、問題もあった。

何故この人族に対して防衛機能が働かなかったのか。それが知りたかった。

身体を拭く布とタミリアの服を着替えとして貸すことにした。

「女性用下着!」

驚き、いぶかしげにこちらを見た女性にギードは無表情で答える。

「妻のです」

納得したように何度も頷き、女性が着替える。

ギードはその間、ウロの外で待つ。雨はまだ止みそうもなかった。


「迷子、ですか?」

「はいー」

その女性は壊滅的な方向音痴なのだという。

「リーダーにもいつも迷惑かけてて」

所属するグループの仲間に黙ってふらふらと散歩をしていたらしい。

散歩でどうやってここまで来れるというのか。胡散臭いという目で見てしまうのは仕方が無い。

「落ち着いたら町までお送りしましょう」

おそらくタミリアよりも若い。心配している身内もいるだろう。

一晩森で過ごしたらしく、何度もくしゃみを繰り返す女性に、ギードは薬と温かいお茶を出す。

「ありがとうございます。でも薬は結構です。あまり効かないので」

女性は子供の頃から体が弱く、薬があまり効かないのだという。

「それより、ここで少し休ませていただけませんか?。ここ、すごく気持ちいいです」

気持ちいい??、人族が??。ますます分からないとギードは難しい顔になる。

「だ、だめでしょうか?」

女性はお茶のコップを両手で持ち、びくびくと上目遣いにこちらを見る。

金色の髪は人族には珍しい。深い青い瞳には嘘やごまかしは見えない。

身体の細い線は病気がちだったせいだろうか。肌も人族にしては白い。

「妻と相談します」

よろしくお願いします、と女性は頭を下げた。




 ギードは女性に果物や木の実といった備蓄してある食料を渡し、一旦家に戻った。

朝食の時間なのである。

そしてパンケーキを焼きながら、タミリアに相談する。

「ギドちゃんが決めればいいよー」

うん、知ってた。嫉妬とか、全然ないよね。

「分かった。体調が悪そうなら様子見でしばらく居てもらおう」

元気になれば勝手に出て行くだろう。

食事と片づけを終え、ギードが出かけようとすると、タミリアも付いてきた。

両手に子供達を抱いていた。

「変わった人なんでしょー?。見てみたーい」

うん?、これはただの好奇心?、それとも嫉妬?。

まあ言い出したら聞かないので、連れて行くしかない。

タミリアの腕の中で暴れているミキリアを受け取り、一緒に家を出る。

 木のウロに入ると、その女性はすでに寝床に入り、眠っていた。

ギード夫婦は呆れ半分、安心半分で苦笑いになる。

この木のウロは元々ギードが子供の頃から生活していた部屋なので、一通りの設備は整っている。

「もうすぐフーニャさんが来るだろうから、採集の続き行ってくる」

ギードは後を頼み、自分の店の店員が来る前に仕事を片付けに行く。

「うん、任せて」

そんな顔もかわいいーなー、と子供達と同じように妻の頬に口付けをして外に出る。

(よし!、今回は殴られなかった、幸先いいぞ)

変なことに喜ぶギードであった。

 

 採集から戻ると、ギードが人族の町で経営を任されている土産物店の店員が来ていた。

実はある高貴な方の護衛が本業の、エルフ族の女性のフーニャである。

「私は反対です!」

何やら声を荒げている。

「どうしたの?」

ギードは荷物を降ろしながら、ウロの部屋の中に入る。

こう女性が多いと、このウロの主である老木の精霊のじーちゃんもだんまりである。

「素性も分からない者をこの部屋に入れるなんてー」

フーニャの意見も分かるのだが、ギードは何故かこの女性に対しては大丈夫だという予感がする。

ベッドに眠る女性の側に行くと、熱が出たのか、辛そうにしている。

「フーニャさん、彼女は一晩この雨の森で過ごしたせいで熱が出たようです」

体調が悪い者を無理やり動かすような事は出来ない。

フーニャは自分が一番ギード達に近いと思っているせいか、ふたりに近づいてくる他所よそ者には厳しい。

「……分かりました。でもイヴォンさんには伝えます」

この国を裏で支える庸兵団の隊長であるダークエルフのイヴォンはタミリアの師匠でもある。

「この方の事も調べさせてもらいます。お名前は?」

「あ、聞いてなかったー」

フーニャの呆れ顔を横目に、女性にそっと聞いてみる。

「辛いところ失礼。自分の名はギード。悪いけれど名前を教えてもらえないかな?」

きっとずっと聞いていたのだろう、彼女の目がうつろに開く。

「も、申しわ…けありま…せん。ターラー、と」

もういいよ、と彼女の言葉をさえぎる。小さな、弱々しい声だったが聞えた。

フーニャが頷いて、店の補充品を抱えて町に戻って行った。

タミリアは部屋の中で子供達とおやつを食べている。

そのおやつ、ここの備蓄品だよね?。言ってくれれば、もっといいの作るよ?。

心の中でつぶやきながら、ギードはそれよりも、と女性に向き直る。

「ターラーさん、これ、口に入れて下さい」

ハクレイの奥方にも使った、エルフ用万能薬の飴である。

さっきは薬を断った彼女だったが、飴ならば大丈夫だろう。

「…ありがとう、ございます。甘くて、美味しい、です」

そしてしばらくして。

「ぇっ?」

そこには、熱も下がり、体調も完全に回復した女性がいた。

「な、何故…」

本人も分からないらしく、目をぱちぱちしている。




 ターラーという珍しい名前を聞いて、疑惑が確信に変わった。

「貴方はご両親のどちらかがエルフ、またはその血を引いていたのではないですか?」

彼女は幼い頃に両親と死に別れ、人族の養父母のもとで育ったそうだ。

詳しいことは何も知らされていないらしい。

この森に迷い込んだのも、もしかしたらエルフの森への帰還魔法が中途半端に働いたのではないだろうか。

彼女の職業は魔術師だという。

「この薬はエルフ用の万能薬なんです」

見ず知らずの者に希少品だとは言わない。後でゴタゴタしかねないからだ。

「それが効いたということは、今まで効かなかった薬は人族用だったからでしょう」

ポカンとする彼女を椅子に座らせ、テーブルの上にお菓子を並べていく。

タミリアも子供達も、ギードが作ったお菓子に歓声を上げる。

大人用に温かい薬草茶を入れ、ターラーにも勧める。

ギードも並んで座り、子供達には薄めの果実汁を飲ませる。

うちの子供達も人族とエルフ族の血を引いている。しかし見た目はエルフだし、人だ。

「おそらく貴方は、エルフの血が濃いのでしょうね」

だから人族用の薬が効きにくかった。

普通の町じゃエルフ用の薬なんて売っていない。病気になったり、怪我をしたエルフは森へ帰るからだ。

森の防衛機能が働かなかったのは、彼女がエルフの血を引いているからだろう。

ターラーは、子供達の世話をしながらお菓子を食べるギード夫婦をぼんやりながめている。

ごく普通の家庭の風景だ。

その両親がエルフと人族で、子供がまたその両方の血を引いていることを除いては。

「お幸せそう……ですね」

ほんの少し、目に涙が浮かんでいた。

彼女の話ではやさしい養父母のようで、彼女にエルフの血が入っていることで他人から好奇の目で見られることを恐れたのだろうと言う。

病気がちで心配ばかりかけて、その上、自分はそんな事にも守られていた。

家に戻ったら、両親にいっぱい感謝します。彼女はそう言って、華のように笑った。

「ふふ、それでなくてもこんな美人さんですしね」

きっと周りからは注目の的だったに違いない。

ギードがそう言うと、ターラーは真っ赤になった。

「そ、そんなこと」

タミリアからほんの少し威圧が来た気がしたが、今は気にしないようにしよう。

具合が良くなった彼女に万能薬を2,3粒渡しておく。

「何かあったら教会前の土産物店へおいで下さい」

エルフの薬を扱っていますよ、と宣伝しておく。

「ありがとうございます!」

何度も頭を下げながら、ようやく気力も回復したらしく、ターラーは自分のグループの帰還魔法で帰って行った。


 老木のウロは地面より少し高い。相変わらず雨は降り続いている。

明かり採りの窓から外を見ながら採集したものを選り分けたり加工したりしている。

子供達は絶賛お昼寝中である。

「美人さんだったねー」

何故かタミリアがケンカ腰で話かけてくる。

「タミちゃんほどじゃないよー」

これが嫉妬なのかー!。ちょっとうれしいギードであった。

照れ隠しなのか、ボコボコ殴ってきたが、いつもより弱い気がする。

「でもよく分かったねー。どうみても人族でしょー」

ギードはふふんといたずらっぽく笑う。

「ターラー、っていう名前。古代エルフ語で『星』という意味なんだよ」

つまりは、彼女のごく近い者が古代エルフ語を理解していたという事だろう。

ギードはそう分析した。

「子供の名前って大切なのね」

作業の手を休めているギードの背中にタミリアがくっついてくる。

ギードが付けた子供達の名前の意味も、いつかは理解してくれるだろうか。

タミリアは何も言わず、自分にすべて任せてくれた。

丸投げ、ともいうが。

タミリアは、作業の間中ずっと背中にくっついて離れなかった。

そして、気が付くといつの間にかそのまま眠っていた。

ギードは、妻や子供達が夢の中で自分を投げ飛ばしていないといいな、と願った。

夫婦はしばらくの間、雨の音を聞きながら静かな時間を過ごした。




知人よりアイデアをいただきました。ありがとうございます!。

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