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ハクレイ家の事情 2

 エルフの森の最深部には聖域と呼ばれる場所がある。

そこには巨大な老木の精霊がおり、森の奥の古代遺跡を結界で守っている。

その森の守護者である老木の根元に木のウロがあり、そこには今、一組の夫婦が生活している。

人族の夫で魔術師のハクレイと、エルフ族である妻の女性である。

近くに住む友人夫婦がよく顔を出す。

この友人夫婦の間には双子の子供達がいる。

彼らの子供が産まれた事を知ったハクレイ夫婦が子供を欲しがり、友人夫婦が協力して今日に至っている。

つまり、めでたくご懐妊となったのである。

しかしそれからが大変だった。

体調を崩したエルフの妊婦に最適な環境を、ということで森に滞在することになったのである。

白いローブ姿の魔術師と妻は、この木のウロで生活を始めた。

夫の方は見るからにやつれている。

人族がエルフの森の中で過ごすということは、森の防衛機能の敵意に晒され続けるという事だからだ。

それ以上に今はある事情により、彼が魔法を使い、妻の体力と子供の魔力の制御を行っている。

その彼のお陰もあって、エルフの奥様の体調は何とか良い状態を保っているようだ。

友人夫婦の妻が自分の夫にこそっと小声で話しかける。

「ねぇ、遺跡の中の家をもうひとつ改装した方が良かったんじゃない?」

「いや、無理だね。精霊の協力を得られないし、これ以上遺跡の情報を流す気はないよ」

相変わらず妻や子供以外には厳しい夫であった。

こちらの夫婦は夫がエルフで名はギード、妻が人族の魔術師で名はタミリアという。

ギードは、用意してきた大量の人族用の魔力回復薬をハクレイに渡す。

「もう少しですから、がんばってください」

「あ、ああ」

こんなにキツイとは思わなかったよ、と虚ろな目をする白い魔術師の声は無視した。

女性達はギードが作った甘いお菓子を食べながら談笑していた。

「うちの旦那はさー」

耳がそっちいっちゃうのは許して欲しい。

タミリアにはちょっと睨まれたけど、殴られるのはここでは勘弁してくれるはずー。

ギードは帰ってからがちょっと怖かった。



 実はエルフ族は人族より妊娠期間が短い。ギードはそのことを内緒にしておいた。

ハクレイにはエルフ族の事をちゃんと調べるように言っておいたからだ。

それが分かっていれば、出産が目の前に来ている事も知っているはずである。

ハクレイの妻のエルフは、実は見かけよりかなりの高齢なのである。そのため、彼女はすでに死さえ覚悟していた。

無事に産む事が出来れば思い残す事は無いという事だろう。

だが世の中は甘くない。高齢の彼女にはお腹の中の子供を維持する事さえ難しかったのである。

そのため、出産までエルフにとって良い環境である森でしばらく暮らす事になった。

「そんなに危ないものなのか」

ギード達はハクレイ夫婦の様子を定期的に報告するため領主館に来ている。

タミリアの友人で、騎士ヨメイアが同性として気にしている。

「いえ、普通はそんなに危なくはないです」

両親ともに普通の魔力であれば、人族だろうがエルフだろうが普通に出産出来る。

体内の魔力量が多いと問題になるのである。

特に母体より胎児の魔力が大きいと、母体の体力を消耗してしまうのだ。

タミリアの場合は、ギードの魔力量はたいした事はないが、双子だったせいで子供が魔力を吸収する力がタミリアを圧迫したのである。

ハクレイの奥方の場合は胎児の魔力因子がハクレイに似てしまったせいで、普通より多めの魔力量を持つエルフでも足りなかったようだ。

「つまり、ハクレイさんが悪いと」

そういういことです。

ここではハクレイの奥方の年齢の話は避ける。女性の年齢の話はどこでも微妙な問題なのである。

実際、詳しい年齢はハクレイでも知らされていないらしい。

「それで、もうすぐなんでしょう?」

ギードの店の店員であり、領主の護衛でもある女性エルフのフーニャが楽しみだと声を弾ませる。

その手には、ギードとタミリアの子供達を抱いている。

金髪のエルフの男の子と母親と同じ藍色の髪の人族の女の子である。

男の子のユイリは少し人見知りで、あまり親と離れたがらない。

女の子のミキリアは何にでも興味を示し、手を伸ばし、口に入れようとする。

ギードはフーニャからユイリを受け取り膝に乗せる。


「移転魔法陣はしばらく封印でいいでしょう」

ギードはこれ以上危険な出産が増える事を危惧している。

迷宮に設置された移転魔法陣を使えば、子供が授かり難かった異種族間夫婦にも光が射す。

しかし、その夫婦すべてが危険な出産になってしまっては元も子もない。

迷宮に潜ってでも子供が欲しい、などという夫婦が普通であるはずがないのだ。

管理を任されているギード夫婦には、出産まで責任がある。

「いやいや、ギドちゃん達には責任なんてないさ」

護衛の一人であるダークエルフのイヴォンは、タミリアの剣術の師匠である。

「あの迷宮に入るだけでも危険だし、相応の覚悟がなければまず入れない」

情報が漏れていたとしても、滅多に入りたいという者も現れないだろう。

イヴォンは「相手がいれば俺は行ってみたいがー」と冗談ぽく言っていたが、フーニャが反応していたことは見ない振りをした。

「実はいろいろ問い合わせが来ています。そんな噂は全部否定していますが」

領主のシャルネ様は嫌そうな顔をして話始める。

「兄だけでなく、貴族や裕福な商家でも子供が授かるなら何でもするという者はいます」

シャルネの兄であるこの国の第二王子にはエルフの恋人がいる。

危険な迷宮だとしても護衛を付けるなどして突破出来そうだと思っているのだろう。

しかし、例の部屋の結界は夫婦である証の指輪を持つ二人しか入れない。

他の者は弾かれるのである。

「でもその部屋まで送迎だけとか雇えば」

「移転魔法陣に乗れるのは三人までと制限付けました」

同行出来るのは案内役兼遺跡の結界突破に必要なギードかタミリアだけである。

「あの兄には無理ね」

シャルネはふぅとため息をつく。

「でも諦めそうにありません」

この部屋にいる全員があの王子のエルフ好きに苦笑いする。


「でもこんなにかわいい子が産まれるなら私でも欲しいです」

シャルネが重い空気を替えるようにやさしい声で子供達を見る。

「普通に産んだらいいんですよ。シャー様のお子様ならきっとかわいいでしょう」

ギードは当然の事だとそっけなく言う。

「そうかなー」とシャルネはうれしそうに少し顔を赤らめる。

「我が子ならどんな容姿だろうとかわいいもんですよ」

妻子持ちの黒騎士隊長が実感こもった言葉を言うと、ギードは同調する。

「ええ、その通り」

どんな子供だろうと、その子供達に幸せになってもらいたい。それがギードの願いだ。

親に育てられた思い出のない彼だが、自分の子供達とは多く接し、自分なりの親になりたいと思う。

その結果が出るのは遠い未来だ。

今はやれることをやるだけである。

「あーあー」

エルフの男の子のユイリが突然声を上げる。

「どうやら産まれそうです」

森からの声が聞えたせいである。

「え?、聞えるの?」

ヨメイアが不思議そうにしている。

「これでも森の守護者の使者ですからね。守護者がハクレイさんたちの側にいますので教えてくれました」

「手伝いに行かなくていいの?」

タミリアが夫に聞く。

「ハクレイさんががんばっているよ」

必要な情報はあらかじめ渡している。魔力回復薬も大量に。

彼ならひとりでもやれるだろう。ギードでさえやれたのだから。



 それでも一応森の精霊には何かあればすぐに伝えるように言ってある。

守護者の使いっぱしりから使者に格上げされた時、ギードは一瞬で守護者の下へ飛ぶ魔法を得ている。

「タミちゃん、ちょっとお願い」

ギードは突然立ち上がり、タミリアを連れ廊下に出る。

ユイリを渡しながら小さな声で話す。

「結界に誰かが衝撃を与えているそうだ。ちょっと行ってくる」

「分かったー」

今にも魔法を発動する夫にタミリアは服を掴み、顔を寄せる。

軽く頬同士を触れさせ「後で行く」と囁く。

ギードは苦笑いを浮かべつつ、さすが脳筋嫁だと戦闘に関しては頼りにしている。

軽く手を振り、守護者の下へ飛ぶ。

ウロの中に関してはまだ大丈夫のようだ。

「じーちゃん、結界の方はどう?」

「前にも感じた気配がある。あちらだ」と枝を伸ばして方向を伝える。

「分かったー。いにしえの精霊様、出番だよ」

ギードの背後にキラキラとした光が生まれ、やがて半透明のエルフの騎士の姿になる。

そしてとりあえず一度家に戻り、戦闘準備をしてすぐに出る。

守護者のじーちゃんの指示した方向から、嫌な音がする。

「何をしている!」

ギードが怒気を込めた声を出す。

そこにいたのは一人では無かった。

「エグザスさん……」

王都の聖騎士団の数名が居た。

国宝級の魔法剣を使い、結界を破ろうとしている。

そして彼らの通った後には、当然、多くの古木が倒されている。

「すまん、ギード。王子が教会を動かしやがった」

エグザスが不本意という風にぎりっと唇を噛む。

ギードはいにしえの精霊に全員を結界で覆うように指示する。

「出来るだけ結界から引き離してください」

黄金色の結界に囲まれ、一人また一人とその場から引き離され、飛ばされる。

団体で居れば何とかなるだろうが、彼らひとりでは森の防衛機能に対抗出来るか怪しい。

今頃は森のエルフの自衛組織も動いているだろう。

聖騎士が飛ばされた場所はおそらく若いエルフの精鋭達が待ち構えているはずだ。

彼らに対抗出来るのはエグザスくらいであろう。

邪魔が居なくなると、ギードは結界に手を沿え、修復に魔力を注いでいく。

いにしえの精霊の魔力は無尽蔵に近い。

今までより強固な結界を張る。



「さてお話しようか、エグザスさん」

ギードは彼を森のつたで縛り上げた状態で移動する。

タミリアの側へ指輪で移動すると、それは老木の精霊の木の前だった。

子供達は預けて来たのだろう。ミスリル剣を差した戦闘態勢である。

その彼女の前に聖騎士を差し出す。

 王子達は森のエルフからギードの情報を聞き出し、魔道具の件から迷宮の場所がその結界の中ではないかと予想したらしい。

予想したのが王子とは考えられないので優秀な人がいたのだろう。

そしてエグザス達聖騎士団を動かしたのは、国王が軍を動かす事を拒否したからだ。

国王は以前、ギードにエルフとは争わないと宣言している。

誰がそそのかしたのか、王子は教会に泣きついた。

魔道具の事を持ち出して、エルフが独占していると吹き込んだらしい。

前回の騒動でかなり粛清されたはずだが、未だに教会には欲で動く聖職者がいるようだ。

「あの馬鹿王子ー」

タミリアの怒りの鉄拳をエグザスはあえて受けた。

まあ、それが一度で終るはずはないんですが。

ギードはそこはタミリアに任せ、ハクレイの奥方の様子を見に行く。


 そこには、銀色の髪の小さな赤ちゃんを抱いたハクレイがいた。

「ありがとう、ギドちゃん」

彼は泣いていた。

「奥方は大丈夫ですか?」

「ああ、今は眠っているよ」

ギードはホッと一息ついて、ハクレイにお茶を入れる。

ウロの外では何やらガンっとかゴンっとか盛大な音がしているが気にしない。

「人族の男の子だ」

ハクレイにそっくりだった。本当はエルフの女の子が欲しかったらしい。

ギードは奥方の脈を診たり、顔色を見たりしている。

「良かった。命に別状はなさそうです」

本当に母子共に無事で良かった。

しかし彼女が若干老けた顔になったのが分かる。

これからは老いが加速するだろう。それがエルフの寿命だからだ。

あと何年持つだろうか。それでもこれも彼女が望んだことだ。


 ハクレイには何か残してあげたい


彼女はそう言っていた。エルフの最後は光となって消えてしまい、何も残さないのに。

エルフと人では寿命が違う。どうしても長命なエルフより人が先に寿命を迎える。

しかし彼女はすでに高齢であり、今回の出産で残りの寿命もかなり削っている。

自分が夫であるハクレイより先に命を落とす事を予想していたのだろう。

いや、出産がなければそのまま先にハクレイが寿命を迎えたはずだ。


 私はもう充分生きたわ


人族の中で暮らしていた彼女は、おそらく何度もそうした別れを繰り返して来たのだろう。

これはエルフと人族の間に必ず起きる問題なのだ。

「ねー、これどうしよう?」

ウロの中にボロボロになった聖騎士を引きずったタミリアが入って来る。

酷く疲れているハクレイが居眠りを始めたので、子供と一緒にベッドに眠らせる。

散らかった部屋を片付け、聖騎士もその辺りに放り投げておく。


 ギードは、ぼーっと突っ立ったまま、タミリアと人族として産まれた娘の事を思う。

いつか来る別れ。だけどそれはどうしようもない運命だ。

ならば、自分は出来ることを精一杯やるだけだ。精一杯愛して、守り抜く。それが自分が出来ることだろう。

何が子供達にとっての幸せなのか、タミリアと一緒に考えて悩んで生きて行こう。

別れが来るその日まで。

「ギドちゃん、また何か変なこと考えてるでしょー」

「タミちゃんがほんっとにかわいいなーって」

腕を広げでタミリアを大げさに抱き締めようとする。

いつもなら殴り飛ばされるのに、きっとさっきまで聖騎士を殴り飛ばしていたから、もう気が済んだのだろう。

今のタミリアはおとなしくギードの腕の中に収まった。

「ギドちゃん。絶対、私より先に死なないでね」

タミリアの囁きはほとんど聞えないくらい小さな声だった。

ギードはタミリアに見えないように、ひとしずく涙をこぼした。



今週の更新はここまでです。また次回よろしくお願いします。

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