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ハクレイ家の事情 1

 今朝も早くからエルフの青年は森の最深部の聖域と呼ばれる場所で採集している。

よく手入れされた森は歩きやすく、古木達も行儀良く並んで、歳を重ね、精霊になる日を待っている。

すでに古木こぼくの精霊となった者達は、彼に薬草の場所を教えたり、侵入者を追い返したりして過ごしている。

木漏れ日の森の中、彼は今日はある場所を目指していた。

 彼の人族の妻が妊娠して体調を崩した時、普通の人族用の薬では間に合わず、大変な思いをした。

もともと人族だろうとエルフだろうと、体内に多少の魔力を持っている。

女性が妊娠するとその身体から、子供が勝手にその魔力を吸収し始める。

そのため、子供の魔力量より母親の魔力が少ないと、母体が体調を崩すのである。

従来であれば魔力を補うために魔力回復薬を多少用意することで足りる。

しかし彼の妻の場合は、子供が双子だったのと彼女自身の魔力量が多かったため本当に大量に必要になり、数を確保出来なかったのである。

困った彼は古代エルフの資料を調べた結果、ある薬を見つけた。それを人族用に調合しなおした。

それのお陰で、双子という厳しい状態を乗り切れたと思っている。

確かに妻が魔術師で普通より大量の魔力を保持していたり、脳筋と呼ばれるほど体力が有り余っていたのも良い結果に繋がったのだが。

母体に必要な魔力や体力を補う薬。それに使った材料を再び探しに来ていた。

聖域のごく一部にしか咲かない花で、「妖精の蜜」と呼ばれる蜜が採れる。

「あったー」

一度に採れる量が少ないため、希少品である。気まぐれな妖精達が集まる場所に咲くと言われている。

大戦以後、姿を表す事が少なくなったピクシーと呼ばれる小さな妖精族。

この聖域にはまだごくわずか生存が確認されている。

古木達には見かけたら教えてくれるように頼んであった。

「良かった。あの子達も元気そうだな」

彼は、採り過ぎない用に控えめに蜜を採集する。ピクシー達にも必要な物だからだ。

一仕事を終え、古代エルフの遺跡の中にある、妻と子供達が待つ家に戻る。

「ただいまー」

「お腹すいたー」

おかえりなさい、は無かった。

遺跡に移転魔法陣を設置してから3ヶ月。

少し大きくなった双子の子供達も離乳食が始まっている。

三つの口が彼を待っていた。

妻用にパンケーキを、子供達用には薄味のスープを作り、その中に薄味のパンケーキを小さく切って浸す。

「ウマウマ」

彼は三つの声が重なる幸せを噛み締める。

赤ちゃん言葉になってる脳筋嫁に関しては、ちょーっとイケナイ想像をしてしまう。

ニヤついてるとフォークが飛んで来た。

「また変なこと考えてたでしょ」

ええっ?、そんなエロいこと考えてないよ!。ちょっとだけだーい。



 エルフの青年商人であるギードは、今日は子供達を妻のタミリアに任せ、エルフの森に一番近い場所にある人族の町である「始まりの町」に来ている。

その町の高級住宅街にある友人の家を訪れていた。

「お加減はいかがでしょうか?」

タミリアの友人である人族の魔術師ハクレイの奥様はエルフの女性である。

「まあ、ギードさん。わざわざありがとうございます」

ギードは、ハクレイの館の部屋で寝付いているという奥様を見舞う。

この町はエルフの成人の儀で最初に訪れる町なので、他の町に比べ、エルフの住人も多い。

医師のような職業の者もいるが、今回は特別な事情があった。

「ご懐妊、おめでとうございます」

使用人の女性に椅子を勧められ、奥様のベッドの脇に腰を下ろす。

「ふふふ、すべてギドちゃんのお陰ね」

ギードは複雑な顔をする。

めでたい、のだろうか。

エルフの、そうとう高齢な女性である彼女にとって、出産はかなり危険な賭けになる。

それを覚悟の上でギードは、子供が授かり易いという迷宮に彼女達夫婦を案内した。

その時は、妊娠の確率はそれほど高くないと思っていた。

まあ、自分達と彼女達、二組分の検証しか出来ていないわけだが、それが確率十割とは。

「ギドちゃん、そんな顔しないで」

しんみりとしていると、バタバタと足音をさせて館の主がやって来る。

両手に様々な入れ物を持ったハクレイが、バーンと音がしそうな勢いで部屋の扉を開く。

「さすが王都には良い子供用品がいっぱいあったよ!」

ギードなど目に入らない様子であった。

まだ産まれてもいない子供用に何やら買い込んで来たらしい。

(はあ、ダイジョブか、こいつ)

浮かれている白い魔術師の足元に、自分の荷物から出した枝をこっそり放り投げた。


 盛大にすっころんだハクレイを放っておき、ギードは奥様には少し歪んだ透明な瓶を渡す。

両手で包み込むようにして持つそれは、中には色とりどりの紙に包まれた飴が入っている。

「これをどうぞ」

ギードが店長を勤める店で作った、お見舞いの品である。

「妖精の蜜で作った飴です」

「まあ、それって古代エルフに伝わる万能薬じゃない!」

奥様が驚いているが無理もない。すでに失われた製法なのである。

何食わぬ顔でギードは説明を続ける。

「一日に必ず1つ、口に入れて下さい」

彼女が体調を崩しているのは間違いなくお腹の子供のせいである。

子供は母体からしか栄養を吸収出来ないからだ。

それを補うには彼女の魔力が足りないのだろう。

それもこれも、あの白い魔術師のせいである。

こいつが規格外の魔力を持つせいで、子供も規格外の魔力を持っている可能性があるのだ。

到底エルフの普通の魔力量しかない彼女では間に合わない。

ギードは自分の妻の件で既に体験済みである。

「だめよ、ギドちゃん。そんな希少品を」

お金に換算出来ないほどの品である。しかも出産するまで摂取し続ける事になる。

「いいえ、これは検証の続きです。こちらにも責任がありますので、ちゃんと無事に産んでくださいね」

有無を言わせず彼女の側のテーブルに置く。

「店に在庫が置いてあります。定期的に届けさせますので」

気にせず、ちゃんと摂取して下さいとお願いする。

「そうだー、ちゃんと元気な子供が産まれるよう、俺もがんばるからー」

ギードは白い魔術師を一度ポカッと殴ってから、にっこり笑う。

「じゃあ、がんばってもらいましょうか」

そう言って他の部屋へ移動するよう促す。

エルフの奥様が心配そうにこちらを見ていた。



「お話があります」

ギードは別室でハクレイを前に座らせ、使用人がお茶を入れて出て行ってから話を始める。

「お二人の夫婦の事に関しては何も言うつもりはありません」

どこまで話し合ったのかは知らない。

奥様の事だ。もしかしたら何も言ってないかも知れないとは思っている。

しかし、子供が出来たということは、もう二人だけの問題ではない。

ギードは、ハクレイの魔術の腕は、この国で実力者として最強だと知っている。

念のためいにしえの精霊にもご登場願っておく。

ハクレイは胡散臭そうにエルフの騎士の姿をした、キラキラ光る半透明の精霊を見上げる。

先日の、森を荒らした件は既に水に流しているが。

「ハクレイさん、おそらくこのままだと奥様の体力が持ちません」

「ぇっ??」

奥様に渡したのは、エルフ専用の万能薬であり、一日に一個しか使えない。

胎児が大きくなればなるほど、その効果は足りなくなるだろう。

特にエルフ族の出産は、自身の魔力と体力と寿命を削る。

彼女の体がどこまで持つか、で子供の命も助かるかどうかが決まる。

「いや、でも、そんな」

と言いかけて、ハクレイはギードとタミリアの様子を思い出す。

二人は出産前後、母親と子供が安定するまで、全く人の前に姿を現さなかった。

そこにはきっと人嫌い以上の何か事情があるのだろう。

「うちと同様、ハクレイさんの子供も多量の魔力を持つと考えます」

ギードはタミリアの姿を思い出す。

彼女はほとんど動けない状態で半年以上を過ごしている。

その間、ギードは一生懸命、それこそ命をかけて彼女を癒し続けた。

双子だと気づいた時、実際に子供と妻の命を天秤に掛けた。

しかし答えを出したのは母親になるタミリア本人だ。

「私は大丈夫。がんばれる」

ギードは、彼女に涙を隠し、ただひたすら調べ、世話を続けた。妻と子供達の命を守るために。

何とか無事に出産出来たのは、タミリアの体力とギードの献身と精霊達のお陰である。

しかし、ハクレイ夫婦の子供はどうだろうか。

このままでは母体が危ない。そしてそれは子供が危ない事と同じである。

「ど、どうすればいい??」

オロオロし始める魔術師にギードは提案する。

「しばらくの間、森へ移住しませんか」

出産までエルフの森で過ごすという手がある。 

ギードは、今は倉庫代わりになっている老木の精霊のウロを提供してもいいと思っている。

森ならば精霊達の力でエルフは守られる。エルフの身体にとって良い環境が整っていると言える。

まあ、人族の夫など防衛機能に追い回されるだろうがな。

反撃したら、今度こそいにしえの精霊が黙ってないと思うよ。

ギードは悪い笑みを心の中で浮かべながら、もう1つの提案をする。



 次の提案は、ギードも出来ればやりたくない。

それは「奥様の命と、子供の魔力、どちらをとるか」である。

「どういうことだ?」 

ハクレイの顔が少し険しくなる。

「古代エルフの文献の中に、エルフの寿命を削る出産に関しての考察があります」

その資料の中に、胎児に流す魔力を調整し、母体を守るというものがあったのだ。

普通なら子供の魔力は親の魔力を継ぐ事が多い。

しかし、今回は子供が受け継ぐ魔力を減らす事になる。確実に本来の姿より弱くなるのだ。

ギードはじっとハクレイの目を見つめる。

これから行う提案は、ハクレイ自身の手で行う必要がある。

ふたりはしばらく無言のままだった。

「ギード、俺だって覚悟はしてる」

そうだろうか。やっと口を開いたハクレイの言葉をギードは疑問に思う。

高齢のエルフの妻に子供が欲しいなど、無茶だとしか思えない。

エルフは確かに長命で、成人の若々しい姿でいる期間が長い。

しかしある程度の寿命に近づくと急激に衰え始め、容姿も老けていく。

そしてその最後は、人族と違って儚い。

骨も何も残らない。光の残滓となって消えるだけなのだ。

まるで初めから存在していなかったかのように。

エルフ族は妖精族の一種でありながら、長い進化の果てに人族に最も近くなった。

それでも妖精なのだ。最後は生まれた自然の中へ消えていく。

ギードはハクレイの奥様の、あの重い想いを彼に受け止めてもらいたいと思う。

カバンから古代エルフの資料を人族の言葉に直した紙束を出す。

「制御魔法で知られるハクレイさんなら出来ると思います」

そう、この方法が使える者は限られる。かなり高位の魔力の調整が必要だからだ。

母体から胎児へと流れる魔力の流れをぎりぎりで調整する。

多ければ母体が弱り、少なければ胎児が弱くなる。

おそらく出産まで気が抜けない状態が続くと思われる。

この作業が必要になるまで、まだ少しの猶予がある。

その間に夫である彼には少しでもエルフの身体と魔力について知ってもらう必要がある。

「がんばってください」

心が決まったら連絡をくれるように言って館を出た。


 外に出ると既に真っ暗になっており、お腹がぐぅと鳴った。

「やばい!、晩ご飯」

ギードは急いで森に帰る。

「おっそーーーい」

お腹を空かせた脳筋嫁と、殴り飛ばされる父親をキャッキャッと喜んで見ている子供達がいた。



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