新たなる問題 4
それからのギードは忙しかった。やることが多すぎる。
(うーん、誰かに丸投げしたい)
そればっかり考えていたが。
とりあえずその日は考えることに没頭し、優先する事を決めていく。
殴り書きの紙を量産し、一つずつを割り振る相手を決める。
もちろん、自分自身が一番多い。
「ターミーちゃん、どこー?」
なるべくやさしい声色で妻を探すと、子供達のベッドの脇でお昼ねしてた。
「んー?、なにー」
半分寝ぼけたままのタミリアの頬に口付けし、まっすぐに顔を見る。
「子供達を連れて、しばらく実家に遊びに行かない?」
彼女の返事を待つ。
「王都はいやー」
だろうな。じゃ、次。領主宛と彼女の実家宛の手紙を渡す。
「これを持って領主館へお泊りに行ってね。子供達にはタミちゃんが必要だから」
怪訝な顔をする妻に交渉する。
「実家の方々には領主館に来てもらって欲しい。一ヶ月ほど留守にするからよろしく」
実際は家を空けるというより、家族にかまう時間が無くなるのだ。
寂しくてしょうがない。子供達を一人ずつじっくりと抱き締める。
「たぶん一ヶ月くらい会えないけど、忘れないでくれよ」
夫の行動をじーっと見つめていた妻は一言。
「何かあったら指輪で呼んで」
ありがたくて涙が出るよ。妻も抱き締めようとしたら、「暑苦しい」と吹っ飛ばされた。
なーぜーだーー。
タミリアと子供達の荷造りを手伝い、一旦店へと飛ぶ。
店で護衛のダークエルフのカネルと打ち合わせ後、タミリアを領主館へ送り出す。
女性店員のフーニャと、厨房担当の押しかけ弟子に対し、今後の予定を組む。
「姿を消すわけじゃないのね?」
フーニャに念押しされる。
「はい、しばらく忙しくて連絡が取れにくくなるだけです」
そう言って商品の在庫は多めに確保しておいてもらう。
必要ならば老木の精霊に伝言してもらえばいい。
「どうしても無理なら臨時休業にしていいです」
采配もすべて任せる。必殺丸投げの発動である。
フーニャの不機嫌そうな、そしてどことなく心配そうな顔が向けられる。
大丈夫、うまくいけばダークエルフとエルフの夫婦にも朗報が届けられる。
口には出さないがしっかりと目を見てお願いしておく。
一旦エルフの森に帰り、最長老に挨拶をしに行く。
「しばらくの間、連絡が取れなくなる、ということじゃな?」
「はい、よろしくお願いします」
森の手入れは時間を見てやるつもりだ。そこまでは他の者に頼るつもりはない。
そして聖域の守護者から遺跡の全権を任されたことを伝える。
「ギード、お前のお陰で森のエルフもだいぶ変わった。もっと頼っていいぞ」
思いがけず掛けられた言葉に頭が下がった。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
若いエルフを中心にした自衛組織を作ってもらっている。
信用出来るエルフを数人選んで、遺跡周辺の結界外の見回りを頼んでおく。
「気をつけてな」
義理親としての言葉だと言われた。鼻がスンとした。
変装の魔道具を使い、ギードは王都へ出向いた。
実力者の認定の時にもらった宝石を散りばめた記章を見せると王に謁見を申し込む。
「何気にすごいんだな、これ」
そんな感想を持ち、変装を解いて王城の一室で待っていると王太子が現れた。
「父王がお忙しくてね。申し訳ない」
「いえ、突然お伺いしたのはこちらです。過分な対応です」
膝を折り、最敬礼をする。
「いやいや、子の誕生の祝いが遅くなってすまない。おめでとう」
うわ、もうここまで話が来てる。そう思うと顔が歪む。
そんな顔を見られないよう俯いたまま対応する。
「至急、お願いがございます」
本当はもっと時間をかけるつもりだった。5年とか10年とか、そんな期間が欲しかった。
「タミリア嬢の出産の祝いも兼ねて、何なりと」
その言葉、忘れないでくださいよ。ギードは顔を上げる。
王太子付きの官僚が横でにこやかに笑っている。
「移転魔法陣を一組、所望します」
移転魔法陣は、利用するためには対の魔法陣が必要になる。
驚いて固まっている。
「希望設定は一箇所だけです、簡単ですよね?」
普通、各所に設定されている移転魔法陣は何箇所か選べるようになっている。
しかし今回は個人的な物なので、対の魔法陣へ飛ぶだけでいい。
王太子と側近の官僚の顔が、驚きから呆れ顔になる。
「本気なのか?」「もちろんです」
すぐに返事はもらえないだろう事は承知済み。
移転魔法陣は国の財産である。その技術も職人も機密情報なのだ。
後日連絡をもらう事にして、どこにいても連絡が取れるように、担当の補佐官を一人付けてもらった。
魔法の塔の研究者達とは祭りで懇意になっている。
彼らから移転魔法陣の製作も行っているとこっそり聞いている。
そしてギードは今、魔法の塔に来ている。
「おや、珍しいね。君が人族の役人なんぞ連れているとは」
魔法の塔の責任者デザインは、魔術師ではなく、武闘派の騎士出身で国王の従兄弟に当たる。
この町の周辺は魔物や大型の獣が多いので、防衛責任者も兼ねているそうだ。
「お久しぶりでございます。デザイン様」
老獪な脳筋、祭り関係で散々交渉した相手である。
「また無茶を言いに来たな」
がはは、とその大きな身体で笑う。体も性格も豪快な人だ。嫌いではない。
あー、なんか脳筋な人達にはタミリアで慣れたのかも知れないなあ。
そう思いながら交渉を始める。
「国王陛下には王太子殿下から伝えてもらっています」
まだ許可は出ていない。しかし設置には少なくとも20日くらいかかる。
一ヶ月で終えようと思えば許可など待っていられない。
「ふむ。しかし設置場所を明かせない、とはどういうことだ」
「個人的なことですから」
それで通せるとはギードも思っていない。
いつかは明かさなければならない情報だが、ここではないと思っている。
「移転魔法陣一式の対価は安くないぞ」
ギロっとした威圧を込めた視線を向けてくる。
分かっている。だから交渉が必要なのだから。
「タミリアとの間に子供が産まれました」
「ああん?」
それがどうした、と脳筋責任者の顔に疑問が浮かぶ。
しかし、ギードに付いている役人や、魔法の塔の魔術師達は違う。
それ自体が奇跡に近いことを知っている。この塔にも働いているエルフ族は少なくないのだから。
デザインは自分の側近に耳打ちをされた。それでもまだ疑問は解消出来ていない。
「エルフの出産事情などワシは知らん。そんなもんはエルフ好きのブラインにでも任せておけばいい」
第二王子のエルフ好きはここでも有名だった。
ギードは、自分の後ろに控える補佐官に人払いと盗聴避けの魔道具をお願いする。
最小になった部屋の中で、魔道具の作動を確認し、ゆっくりとデザインと顔を合わせる。
「自分の子供達をこんな交渉に使いたくはないのですが」
ギードの顔は曇りがちになる。
それでもこれはこの国にとって、エルフ族にとって必要な事だろう。
王族や貴族というのは血を求める。
正統な血筋に、優秀な血筋を掛け合わせていくのだ。
優秀とは何か。それはその時の国や王族の者達が求めるもので違ってくる。
美だったり、力だったり、金だったり。時には他の国との外交の血だったり。
「エルフの血なんぞ求めておらんぞ?」
「そうでしょうか?」
ギードは、デザインの疑問に疑問で答える。
彼はまだエルフを観賞用としか見ていないのかも知れない。
この国は今まで腕力があるものが優遇されてきた。
しかし実力者達の力はその腕力だけではないと知らせるためにギードは祭りを企画した。
その余波は今、広がりつつある。この魔法の塔の町にもいつかは押し寄せる。
今、彼は魔法の塔の町の中心にいる。知らなければならない。
「エルフと人との違いはご存知でしょう?」
容姿、精霊魔法、そして寿命。
「その優秀な遺伝子を血族に組み込めるとしたら」
老獪な脳筋が難しい顔になる。
長い沈黙が続いた。
「……今の国王なら、いや王子達なら、欲しがるだろうな」
ギードはゆっくりと、そしてしっかり頷く。
「その情報を対価とします」
まだ検証前ですけどねー。