本当の敵は?
商人であり、森の聖域の守護者の代理であるエルフのギードは、城に向かう道を駆けている。
「はあ、寒くなったなあ」
夏から秋に向かう早朝は、冷え込みが厳しい。田舎でも王都でもそれは変わらないらしい。
走ることで少しでも身体を暖めたかった。
ギードは今、魔道具を使い変装している。
この魔道具は情報収集のために使われることが多く、必ず本人とは違う性別と種族になる。ギードは人族の魔術師の女性の姿をしていた。
(初めて人族の町に来た時、偶然見た女性を参考にしたんだよね)
そしてその後、それがタミリアだったと分かった時は驚いた。
しかし誰もそれには気づかなかった。同じ女性でもおどおどした初心者の魔術師と、脳筋と噂の高い魔術師では印象が違い過ぎたためだ。
誰もギードがタミリアに似た容姿だとは思わなかったのだ。
その上、ギードは自分が変装した姿などじっくりと見たことはない。
(このまま王宮へ入れればいいけど)
うまくいけば変装を解かずに入れるだろう。
(実力者の認定の記章があるから大丈夫だとは思うけど、時間が時間だからなあ)
今のギードの姿では、以前の雰囲気と違い過ぎて別人だと疑われる可能性があった。
まだ門は開いていないだろう。中に入れるまで時間がかかりそうだ。
「よお、待ってたぞ」
イヴォン師匠が変装した状態で現れた。ここを通るのはお見通しだったようだ。
「シャルネ様が城内で待機してる。用事があると言えば城に入れるようにしておいた」
「え、あ、ありがとうございます」
シャルネ様まで来ていたのか。ギードは少し申し訳ない気持ちになった。
イヴォンは、王都の魔法陣広場から王城まで最短距離を直線で駆け抜けようとしているギードに併走する形だ。
「師匠、その姿では走りにくいでしょうに」
この国では平均的な町娘の姿だ。膝下丈のスカートが広がっている。
「お前もなー」
そーでしたー。ギードの女性魔術師の服は、裾が長く深いスリットで動き易くしている型だ。
お互いに苦笑いするギード達の目に、王城の門が見えてきた。
「あーれー?、ターミちゃーん?」
どこからか声が聞え、ギードは突然何かの攻撃を受け、足がもつれて転びそうになる。
近くの建物に身体をわざとぶつけて勢いを殺し、無理やり止まる。
「な、なにっ?」
朝もやの街角に、ひとりの男が立っていた。そしてゆっくりとした足取りで近づいて来る。
「なーんだー、ギドちゃんかー。そのかっこ、似合わないよー」
のんびりとした声とは裏腹に、その雰囲気は剣呑だった。
「リーダー……」
勇者の血を引くという、以前タミリアと共に所属していたグループのリーダーだった。
「ふふん、実は張ってた。ちょっと用事があってねー」
その男は歩きながらゆっくりと腰の剣を抜いた。
さっとイヴォンが二人の間に入る。
「んー?、お嬢さんには関係ないよー、どいてくれなーい?」
魔道具を止め、変装を解いたダークエルフが威圧を放つ。
イヴォンは町中では滅多に姿を現さない。ダークエルフは裏の仕事が多く、王都ではエルフ以上に希少な存在だからだ。
「へー、アンタも変装してたのか」
リーダーの目つきがおかしい。あんな顔をする人だっただろうか。
「俺さー、今、すっごい気がたってるんだよね」
今までただのナンパ師だと思っていた男から、徐々に狂気が漂ってくる。
「リーダー、すいません。今ちょっと忙しくてー」
「スレヴィがさー」
その名を聞いて、ギードとイヴォンがびくっと身体をこわばらせる。
「あんた達が気に入らないってさ」
リーダーが薄く笑みを浮かべる。
「ど、どういう関係ですか?。スレヴィと」
勇者の子孫の男を問い詰めようとするが、イヴォンはギードの腕を引っ張る。
先に行け、ここは任せろ、と合図を送ってくる。
「不幸な女性はほっとけないんだよねー」
イヴォンも少し大きめの短剣を二本、両手に持つ。
「スレヴィに頼まれたんですか!?」
ギードは驚きの表情で彼を見る。イヴォンはすばやくギードに近寄り囁く。
「ヤツは以前から裏の者達に標的にされながら生き残っている男だ」
「え?、リーダーが??、何かの間違いじゃ……」
ギードにとって彼は、人族の町に出て最初に出会った親切な人である。
女好きで、とにかく女性に声をかけている姿しか思い浮かばない。
「詳しい話は後だ。早く行け」
イヴォンはギードを王城の方角へ突き放す。
「あー、もしかしてアンタがイヴォン?。良かった、俺の相手はアンタさ」
男の標的がギードからイヴォンに移る。
「彼女がアンタをすげー褒めるから、気に触ってたんだけど会えてよかったよ」
思いがけない展開に、ギードは二人から少し後ずさる。
(や、やめて……)
ギードにとって二人とも大切な恩人だ。
話を、ちゃんと話し合わないと。そう思っても、絶対的に強者の二人に聞いてもらうにはどうすれば。
(コン!)
虹色の光が生まれ、やがて半透明のエルフの騎士が姿を現す。
そして睨み合う二人に向かって全力で威圧を放つ。
「うわっ」「なにすんの!、ギドちゃん」
二人がこっちを見る。ギードはその瞬間を狙い、変装を解く。
銀色の草模様が浮かぶ、薄い緑の衣装は裾が膝下まであり、淡く光を放っている。
「リーダー、話を聞いて下さい。イヴォンさん、リーダーは自分の恩人です。手を出さないで下さい」
ギードの姿の変わりように二人が驚いている。機会は今しかない。
「リーダー、最後に会った時に話してくれた理想の女性がスレヴィなんですか?」
「あ、ああ」
ならば、リーダーを自分達から引き離したのは彼女だという事になる。
一体いつから仕掛けられていたのか。
「では、スレヴィが女性ではない、と知っていますか?」
勇者の血を引く男が驚愕で目を見開き、動きが完全に止まった。
イヴォンはギードの言葉に従い、隙だらけの相手を前にしても動こうとはしない。
「そ、そんな、ばか、な」
「目の前で今、見たでしょう?」
イヴォンもギードも変装していた。そしてその魔道具を止め、変装を解く姿を見ていたはずだ。
「彼女がオトコ??。は、はは、ありえないよ」
「ええ、スレヴィは長い間女性として生活しているので、本人もすでに自分を女性だと信じて疑っていません」
本人がそう思っているのだ。本当の姿を知らない者に否定する事は出来ない。
「嘘だー、信じられないよ。ははは、そうだよ。スレヴィはギドちゃんが嘘つきだってゆってたぞー」
だめだ、説得出来なかった。
ギードは目をつぶる。基本的にこの人は女性至上主義で、男性より女性の言葉を信じる。
(仕方ない……)
赤い石の指輪が光る。
にっこり笑った女神がそこに居た。両手にしっかり子供達を抱いて。
「タミちゃん、それはダメだろう」
ギードは呆れながら、子供達を受け取る。
タミリアはすでに承知という顔で、リーダーに身体を向けている。
「お久しぶりね」
ギードはタミリアにざっと事情を説明する。
「リーダー、信じてもらえないのは仕方ないわ。それでもギドちゃんは嘘つきじゃない」
タミリアはリーダーを睨みつける。
子供達を下に降ろし、コンに警護を頼むと、ギードはリーダーに自然と哀れみの目を向けていた。
「証拠をお望みならば一緒に行きませんか?、これからスレヴィの所に」
タミリアの登場にリーダーはうろたえ、考え込む。
「分かった、連れてってくれ」
二人とも武器を収めてくれた。
勝手に決めてしまったが、大丈夫かとイヴォンに聞くと、大丈夫だろうと返事が返ってきた。
道連れが多くなったが、一行は王城の門へ向かう。
道すがらリーダーの話を聞く。女性が相手だとすらすらと何でも話してくれる。
「女性に声をかけられるなんて、滅多にないからうれしくってさー」
やはりスレヴィから彼に声をかけたようだ。
興奮気味に話しながら、それでも最後には「だまされていたのか?」と声がしぼんでいく。
城の門の前にはイライラした騎士ヨメイアが待っていた。
「遅い!」と怒られた。門兵がびびっていて、かわいそうだった。
すんなりとシャルネの部屋へ通される。
「ギードさん。貴方が王宮へ向かうだろう事は予想出来ましたが、ここからはどうしますか?」
やはり聡明な方だ。
気配を消すことを得意とする裏の者は、その所在がはっきりとしない。ならば、守るべき対象の者に近づけば会えるとギードは判断した。
「王太子はどちらに?」
ああ、そっちに用があるのかと納得の表情で、シャルネが城の者に確認をとらせる。
「第二王子の、ブライン兄上のところに行く予定だそうです」
「それはどちらですか?」
軟禁状態にあった第二王子は今、外には出られないがかなり縛りは緩くなっているようだ。こっそりとネイミも会いに来ているという。
そうか、良かった。あの物語が役に立ったのなら、我慢した甲斐があったと思うことにする。
「王宮内にある森です」
「森?」
城壁の内部には様々な施設がある。
その一部、王族が住む王宮は一段と警護が厳しく、専属の兵が詰めている。
「エルフの兵のために、第二王子が造った森があるのです」
森と呼んでいるだけで、その実情は庭の一部であり、そこまで広大ではないそうだ。
一行は朝食後、そこへ案内してもらうことになった。
問題は子供達である。
「いーどぉ」「いごぉちゃー」
煌びやかな衣装のギードに双子がくっついて離れない。その目がきらきらとしており、頬も紅潮している。
「これ、どうしようか」
タミリアを見るとただ笑っている。いや大笑いしている。
「いーやー、ギドちゃん、かっこいいよー、すごーい」
完全におちょくってるだろう、それ。自分でも似合わないのは分かってるよ。
今までに何度かこの衣装を見ているはずのタミリアでも、今のギードが前と違うのは感じている。
魔力が全く違うのだ。
本当に今までの彼は何だったのかというくらいに。
(笑うしかないでしょう!)
笑い続けるタミリアに、ギードはそっと隠し持っていた例の菓子を取り出し渡す。
「これで見逃してください」
「あはははは、いいよー、ありがとー」
そんな夫婦を眺める一行は、何だか馬鹿馬鹿しくなって目を逸らすのだった。




