封印の開放
エルフで商人のギードは、妻であり人族の魔法剣士修行中のタミリアと別れ、一旦エルフの森の聖域に戻って来た。
単純にその場から離れるには、グループの帰還魔法で「始まりの町」に戻るか、エルフの帰還魔法で森の母なる木、または聖域の守護者の下に戻るかの選択があった。
ギードは王都へ向かう前に、養父であるエルフの最長老に挨拶を忘れていたことに気が付いたのでこちらに戻った。
真夜中になってしまっていたので、一旦守護者の老木の精霊の下に来た。
「じーちゃん、最長老に今から行くって伝えて」
そして、装備を整えるために遺跡内部の家に戻る。守護精霊の騎士コンが絶対に正装が必要だと主張したからだ。
まあ、確かに色々と補助魔法がかかっている服なので、普通の鎧なんぞ目じゃないくらい防御は高い、らしい。
んー、なんていうか自分ではあんまり似合わない気がして、気遅れするんだけどな。
荷物として持ち歩くのもアレなので、服は身に付ける。武器はいらない。どうせ役に立たないし。
「じーちゃん、行ってくる」
前にもこんな事があった気がする。
ギードはあの時もこうやって老木を見上げた。
「ギード、これを持って行くが良い」
老木の精霊から一筋の光がこぼれ、そこから短剣ほどの大きさの一本の杖が現れた。
杖は空中を漂い、ギードの手に降りて来た。それは老木の精霊の分身である若木で作られ、小さな双葉が付いていた。
「どう使うかはお前に任せよう。必ず戻るのだぞ」
「じーちゃん……」
杖を握り締めたギードは「ありがと」と小さく頷いてその場を離れ、最長老のいる母なる木の下に向かった。
月の光がまるで陽の光のように、森の木々をすり抜けて降り注ぐ。
その中に、母なる木は美しく聳え立ち、周りの木々より一段高く、エルフ族を見守って来た。
その根元にひとりのエルフの男性がたたずんでいた。
「最長老様」
ギードが挨拶しようとすると、口に指を当てる仕草をして、声を出さないように伝えてきた。
そして母なる木の中にある、会議などを行う空間に案内された。
「そなたと守護精霊様に話がある」
虹色の光が生まれ、やがてそれは白い鎧とマントを纏った半透明のエルフの騎士になる。
「我もそなたに話がある」
ギードを挟んで二者が向かい合う。
何が始まるのか、ギードはただ不安な顔でふたつの顔を交互に見ていた。
ギードは養父に勧められ椅子に座る。
ここには、あっさりとした大きな木のテーブルと数客の椅子しかない。
「ドラゴン討伐の折、お前のその姿には驚かされた。その服は、私の知り合いが身に付けていた物に似ている」
最長老である養父は、しっかりとギードを見つめていた。
エルフ族はその昔、大戦で多くが亡くなった。
「聖域の奥にある遺跡はその名残だ。それは知っているな」
「はい」
あの場所は元々は前・妖精王の住まいを中心とした、小さな集落があった。
「え?、ここではないんですか?」
「そうだ。妖精王は他の種族も家臣として徴用しておったので、森では住めなかったのだ」
そして、エルフ族は二つに分かれた。森のエルフと遺跡に住むエルフとに。
排他的で純血主義だった森のエルフ達は、異種族間の交友を容認する遺跡のエルフを嫌っていたという。
人族や他の種族との交流が盛んだったおかげで、遺跡のエルフは魔道具や衣装など、豊富に所持していたようだ。
しかし、運命は残酷だ。
そのエルフや妖精族のために闘った遺跡のエルフ達はそのほとんどが亡くなり、森に隠れていたエルフ達の一部が生き残った。そして養父は遺跡のエルフの生き残りだった。
今ではエルフ自体の数も減ったことから、同族同士としてあまり隔たりはなくなり、遺跡も守護者が管理するようになると、誰も入れなくなった。
「そこの眷属様も知っておることだ」
ギードは自分の傍に控える精霊の騎士を見上げる。
「大戦の事は一応色々調べましたので」
人族の資料は見つかったが、あの頃の森に関する資料はあまり見かけない。
しかしあの遺跡にはたくさんの資料が残されていた。特に大戦前の妖精王の記述が。
そうか、森のエルフと遺跡のエルフは交流が乏しかったのか。だから森のエルフに関するあの頃の資料がない。
「あの家は前・妖精王の家だった?」
「いや、あれは王の警護をしていた騎士であり学者であった者の家だ」
妖精王の側近で、騎士であり、またエルフ達の生活や教育にも携わっていたエルフだという。
「彼の衣装が、それだ」
「あ、ぇ」
ギードは改めて自分の服を見る。
「じゃ、じゃあ……それが自分の親、ですか?」
養父は黙って首を縦に振った。
「聡明な男であった。弓の腕も超一流で、精霊からもかなり愛されておった」
その話を聞いて、ギードは自分とは随分違うんだなと苦い顔になった。
「ギード」
顔を上げると養父は少し悲しそうな顔をしていた。
「その衣装を着たお前を見て、やっと分かったのだ。あの男に面差しが似ておるよ」
この衣装が最長老の記憶を呼び起こしたらしい。
「あの男は、普段は全く平凡な容姿をしており、いざ大切な時になるとその衣装を着ていた」
どうしてか、わかるか?、と聞かれても、ギードには分からない。首を横に振る。
「普段の生活では必要のないその強大な力を、封印しておったのだ」
そしてその衣装はその封印を解く鍵なのだ、と。
「ぇ?」
じゃあ、自分の力は封印されていると?。
ギードの目が点になる。
「我の話もそれである。今、その封印を解こうと思う」
横から古の精霊コンが口を出す。
「は?」
コンは、ギードの両親から子供を託された。その時、父親からは「この子の魔力が高すぎるため、契約後、速やかに封印するように」と頼まれたと言った。
だから契約後、すぐに自分の緑色の魔力で封印した。そのせいでギードは容姿や魔力量や身体の能力まで変わってしまったのだ。
「いやいやいや、じゃあこのままでいいじゃないですかー。戦闘には使えるんだし」
普段は平凡でいいです!。と強調したが、すぐにコンから異論がくる。
「今は王都での戦いを控えておる身。封印を解けばその身体に宿る力が開放され、その上その衣装であれば、おそらく負ける事はない」
……このままより、封印を解いた状態で衣装を着れば、もっと強くなるということか。
最長老からも後押しされた。
「お前の父親も戦時は封印は解いておった」
そりゃ封印は解く必要があったんだろう。おそらくその時はこの衣装じゃなく、普通に軍の騎士鎧だったはずだし。
ギードは考えた末、お願いすることにした。
自分は今、勝たねばならないのだ。力を得るならば、試す価値はある。
そう考えた。
(どうせなら、生きて帰りたいし)
多少、姿は変わってしまっても、タミちゃんや子供達は受け入れてくれるだろう。
いやもし、受け入れてもらえなくても、遠くからでも見守り続けたい。
なんだか変な気持ちになってしまった。
自分が自分で無くなるようで、それが恐ろしく感じたのだ。
「では、始めよう。最長老殿、立会いをお願いする」
「了解した」
封印の開放で、万が一の事態のための立会いだそうだ。え、失敗するの?。
「あーいや、元の姿からかなり変わってしまう者もおるのでな。本人だと証明する立会人が必要になるのだ」
ギードはやや不安になりながらも、ひとつ大きな息を吐いて気持ちを切り替える。
父親の事、封印されていた能力の事、今はすべて横において、自分はすべきことをする。
「お願いします」
深く頭を下げるギードに、古の精霊と見かけは若いが最長老であるエルフが頷いていた。
母なる木の閉ざされた空間の中で、古の精霊が魔力を放つ。
そこに現れた魔法陣を見たギードはどこかで見た気がした。
(あれ、これはハクレイさんが使ってた魔法制御の?)
ギードはその魔法陣を睨みつけるように見続け、そして低く流れるコンの古代エルフ語の詠唱を心に刻みつける。
自分を取り巻く魔法陣の光が明滅を繰り返し、やがてその光が収まる。
古代エルフの正装をすでに身につけているギードの容姿に、ほとんど変化はない。
しかし、まわりの精霊の動きがやばいくらい違った。かなりの数の大小の精霊が遠巻きに寄って来ていた。
ギードの体から漏れる魔力に、傍にいる最長老がひざまづいている。
「行こうか」
夜が明ける前に王都に着いていたい。
ギードは満足げな顔のコンを連れ、一旦町へ飛ぶ。
ここでも、町に住む少数の精霊がその姿を見せ、ギードの後を追ってくる。
ギードの衣装は、暗闇の中で淡い光を放ち、遠くからでも見ることが出来た。
広場の移転魔法陣へ向かおうとすると、コンがそれを止める、
「主、魔力が解放されておる故、王都ならば魔法で飛べるはずだ」
一度訪れた事がある場所であれば、意識すればその場所へ飛ぶことが可能になっていた。
「おー、便利ー」
ギードの気が抜けた言葉に、コンは苦笑いした。
そしてしばらくして、ギードの姿は王都の移転魔法陣の広場にあった。そこならば、突然現れても不審がる者はいない。
「どこへ向かうのだ?」
決まっている。どうせ探しても見つからないのだから、ギードは王宮へ向かう。
その前に。
「あのー、変装の魔道具、使っていいですかね?」
あまりにも周りに精霊が集まっている。いくら人族には見えないといっても、これではギードが歩きづらい。
「だめじゃ」
えー。せっかくの容姿がもったいない、などと言うコンにギードは反論したくなった。
「コンがいじめたーって、エンとリンに言ってやる!」
あまりにも子供っぽい言葉に、コンはあきれ返っていたが、魔道具を使うことはさせなかった。
「双子にー」
「使ってもいいぞ」
古の精霊は、うちの子達には嫌われたくないようである。
ようやく空がしらじらと明けようとしていた。




