傷だらけの花 1
その年の夏、「始まりの町」教会前通りの土産物店を営むエルフのギードは、妻のタミリアを『剣王』の下に修行に出した。
打ち合わせを始めてから、約二ヶ月後のことだった。
今、ギードの目の前にはダークエルフのイヴォンがいる。彼はタミリアの剣の師匠でもあった。
イヴォンは、タミリアが王都の魔術学校の生徒だった頃から何かと面倒を見て来た。
ギードは今回の件は、もちろんイヴォンにも許しを得ている。
「さすがにすんなりとはいかなかったか」
「まあ色々と。エグザスさんも行方不明ってことになってましたからね」
館の一角に土産物店があるこの建物は、ある高貴な方のグループの所有である。ギードもイヴォンもそのグループに所属している。
お昼少し過ぎ、共有の居間で、大の男ふたりはお茶を飲みながら話をしている。
「まあ、あのエグザスとハクレイが付いているんだから、大丈夫だとは思うが」
ギードは、剣の達人で神聖魔法の使い手で元・聖騎士のエグザスをタミリアの護衛として雇った。そして二人に自分が管理している聖域の地下迷宮の調査を頼んでいた。
しかし、彼らはその迷宮でドワーフに出会ってしまった。
ドワーフは現在その存在を確認されていない種族のため、そっとしておきたいギードは調査を中断し、二人を別の場所で修行させることにしたのだ。
表向きはエグザスの二つ名である『聖騎士団最強』の称号変更のためである。
彼はある事件で聖騎士団を追放されているので、その称号はもう使えない。
「国王の許しは出たんだろう?。『剣王』の称号はそう簡単じゃないぞ」
「分かっています。それに称号は『剣王』でなくてもいいんです」
怪訝な顔をしながらイヴォンが続きを促す。
「称号を奪うつもりはないんです。実力を認めさせればいいだけなので」
最近、王族の評価が下がっているため国王の許可だけでは一般の民を納得させられないのだ。
この国はやたらと力を重視する。
「それで『剣王』のじーさんに認めさせて、新しい称号を発表してもらう、と」
「はい」
ギードがこの国の二つ名持ちを調べた結果、剣に置いては一番強いというだけでなく、その年齢と国に対する貢献度から彼に頼むのが最も早そうだった。
「まあ、俺は武器は何でも使うが、片手剣はそこまで使えないからなあ」
イヴォンの得意武器は双剣で使う、少し大きめの短剣である。師匠、ちょっとスネてます?。
「ハクレイの野郎も子供を実家に預けやがったし」
白い魔術師・ハクレイの実家は『剣王』のいる地域の領主だった。
実家は貴族だとは聞いていたが、結婚に反対されてハクレイは出奔していた。今まであまり交流がなかったが、息子のフウレンを見て、ご両親が手のひらを返したようだ。
ハクレイは近いからという理由で、実家に預けることにした。
「あんまりお前に借りを作りたくない」
そう言われてしまった。いやー、子供なんて二人も三人もあんまり手間は変わらないんだけどなー。
イヴォン師匠もがっかりしている。やっぱり子供好きなんだなあ。
「結婚は別にしても、イヴォン師匠も子供作ったらいいじゃないですかー」
自分自身の子だともっとかわいいですよー、とギードが言うと、師匠の眉がピクリと動き、店の方から何かモノを落としたような音がした。
この国は元々危ういのだ。イヴォンは目の前の、のほほんとしたエルフを見て思う。彼と同じで、この国も平和そうだが、その中身は色々と危うい。
今の国王なぞ飾りでしかない。権力者なんてすぐ首が変わる。
イヴォン達裏の者がそれを何とか維持して、平和を保っているだけだ。
それを理解していない新興貴族や、上流貴族の若造が馬鹿をやる。潰しても潰しても沸いてくる。嫌になる。
(あの戦争も嫌なもんだった)
イヴォン自身も傭兵だ。ダークエルフ族は事情により仕方なく人族に付いた。付いたからには勝たせる、それが仕事だ。
その中で、追い詰めた風を装い、捕虜となっていたエルフや他の妖精族を秘密裏に解放し続けた。
そして戦が終わった後、その姿を隠すため、人族に裏切られ全滅したと噂を流す。
ほとぼりを冷ますために。
エルフ族を始めとする妖精族は総じて長命だ。裏切り者の汚名が消えるまで、いったいいつまで待てばいいのか。
個体数が少ないのはダークエルフも同じ。
森に住むエルフ族は繁殖のため、人族との接触を残している。
(ダークエルフの血はいつまで持つのかねぇ)
イヴォンは自嘲気味に笑う。
実はダークエルフ族は同じ種族間でしか婚姻を認めていない。
つまり純血族でなければダークエルフとして認められないのである。
(ジリ貧ってわけだ)
いくら長命の種族でも、新しい者が産まれなければゆるやかな絶滅を待つだけである。
いつの間にか夕暮れになり、考え込んでいたイヴォンに小さな生き物がまとわり付いていた。
「ユイリか、おかえり」
「あーぃー」
ギードが領主館に預けていた双子を連れて店に戻ったようだ。
イヴォンがよほど悲痛な顔をしていたのか、ユイリが彼の頭によじ登り、その上で慰めるように髪をなでている。
「それじゃ、またー」
小さな女の子を抱いていたギードが挨拶に顔を出す。ユイリを引き離し、ギードに渡す。
「お前も大変だな。タミリアがいないっていうのに、二人も面倒見て」
「あはは、師匠。子供はねー、ほっといても育ちますよー」
自分がいい例でしょー、とギードが笑う。
そして、ギードは「自分が構いたいから構ってるだけです」と言い、帰還魔法で森へ帰って行った。
その夜、シャルネのいる領主館に侵入者の姿があった。
イヴォンはその日、店の方に居たため、護衛は女性騎士ヨメイアと女性エルフのフーニャだった。
シャルネが年若い女性のため、どうしても側近は女性になる。深夜、彼女の部屋へ入るには男性では都合が悪いのだ。
カネル達が気づいた時にはもう逃走していた。
翌朝、侵入者の狙いがシャルネではなかったことが判明する。騎士ヨメイアは領主であるシャルネの護衛だったため、発見が遅れた。
「これはひどい……」
狙われたのは、ギードの店で店員をしているフーニャだった。
イヴォンがギードの所へ、大怪我をした彼女を運び込んだ。
ギードは老木の精霊の木のウロで、フーニャの傷を見て顔をしかめた。
「出血は体力回復薬で止めたが、血が多く流れすぎて」
ダークエルフのイヴォンがいるせいで、古木の精霊や森の防衛機能が騒がしい。
「分かりました、何とかします」
そういうとギードはイヴォンに町に戻るように促す。
後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながらイヴォンは帰って行った。
血の気を失っている白い顔のフーニャに、ギードは万能薬の原液である花の蜜を少しづつ飲ませる。
意識が戻らないため、わずかづつ口に含ませていくしか出来ない。
古の精霊には双子を見てもらっているので手が離せない。
ギードは古木の精霊に頼んで、養父である森のエルフの最長老に助けを求めた。
「かわいそうに」
最長老は彼女を見ると、一旦戻り、一人の女性エルフを連れて来た。その女性は水の上位精霊を呼び出し、フーニャを癒し始める。
ギードと長老は、フーニャの身体中にある傷ひとつひとつに薬草を張り、包帯を巻き、薬を飲ませる。
特に、顔と髪がズタズタに切り裂かれていた。命があったことの方が不思議なくらいであった。
これは、もし体の傷が癒えたとしても、心にかなりの傷が残るだろう。
ギードは一旦遺跡内部の自宅に戻り、文献を探し始める。
そして、治療に必要な知識を書き留めた紙束を掴んで木のウロに戻って来た。
「彼女の意識が戻らない内に治療しないと、きっと自分の身体を見て混乱するでしょう」
「やってみるしかないの」
ギードと長老はお互いに頷き、水の精霊を操る女性エルフと共に治療に専念していく。
手を尽くし、もう大丈夫とギード達が一息ついたのは、翌日の夜になってからだった。
「一旦町へ報告に行ってきます。何かあれば連絡を」
「分かった。気をつけてな」
この傷を付けた者が普通でないことぐらい誰でも分かる。
そんな者が町の中に居るかもしれないのだ。最長老はギードにくれぐれも用心するように告げた。
領主館へ行くと、すでに全員が揃っていた。おそらく全員があれからずっとこのまま居たのだろうと思われた。
「犯人のめぼしは?」
ギードの問いに誰も答えない。黒騎士隊長が首を横に振っただけだ。
まずい展開だとギードは思う。
あの執拗な傷の付け方は、相手が正常な精神を持ち合わせていないことを示している。
今、この町は危険だ。どこにその相手が潜んでいるか分からない。察知能力の高いダークエルフ隊さえ掻い潜っているのだから。
ギードは立ち上がると、イヴォンとシャルネを名指しし、地下の移転魔法陣へ向かう。
迷宮の地下3階の安全地帯に出ると、ギードは二人に座る場所を作り、お茶の準備を始める。
「むさくるしい場所ですいません。うちの双子の面倒を精霊に頼んでいるので」
結界が張れないので、ここまで来てもらった。魔法陣の定員は3人だ。どんなに魔力があってもギードかタミリアがいなければ転移出来ない。
ここはタミリア達が拠点として使用していたので、かなりの道具を持ち込んでいた。
迷宮の中とは思えないほど、普通の部屋になっている。
「結論から申し上げます」
ギードは嫌なことはさっさと終わらせるに限ると思っている。
「フーニャさんは命に別状はありません」
二人がほっと胸を撫で下ろす。しかし、かなり身体、特に顔に傷を負ってしまっている。
「今、治療中ですが、ほぼ完全に傷跡が消えるには1年以上かかると思われます」
「な、治るのか?」
傷を見てしまったのだろう。イヴォンは悲痛な顔をしている。
女性にとって、顔の傷は致命的だろう。彼女はその中でもエルフという美に基準を置く種族だ。
まだ目覚めていないので何とも言えないのだが、彼女はそんなに柔ではないと思っている。
「外傷は何とかなるでしょう。問題は」
「心の傷、か」
ギードとイヴォンの会話をシャルネは黙って聞いている。
いや、彼女の頬はずっと涙で濡れている。
「何故、フーニャさんが」
シャルネの口から小さな声がこぼれた。
「犯人に聞かなければ分かりませんが、おそらくシャルネ様のせいではないでしょう」
ギードはイヴォンを見る。彼はおそらく犯人を知っている。
「イヴォン、何か知っているのですか?」
俯いたまま考え込んでいるイヴォンに、シャルネが詰め寄る。
「そうだな。シャルネ様のせいじゃない。あえていうなら、俺のせいだな」
イヴォンが重い声を出す。
王太子付きのダークエルフ。名はスレヴィ。
「あいつは俺に執着しているんだ」
イヴォンとスレヴィは、王都の中に作られたダークエルフ用の施設で兄弟のように育った。もちろん、実の兄弟ではない。
しかし何時の頃からか、スレヴィはイヴォンに近づく女をことごとく攻撃し始めた。
「おそらくフーニャを俺の恋人だと誤解したんだろう」
「……それだけでしょうか?」
ギードの思わせぶりな言葉に、イヴォンは目を逸らす。
「それだけで、彼女をあそこまで切り刻む必要はない気がしますが」
「切り刻むって……」
傷の具合を知らなかったシャルネが絶句する。
「特に顔をね」
ギードは自分の顔に指を当ててフーニャの傷をなぞる。
「やめろ!」
イヴォンが立ち上がる。
握り締めた手が震えている。
「あいつを、処分出来なかった俺のせい、なんだ」
貴族の護衛などでイヴォンに言い寄る雇い主やその娘と対立した。イヴォンも何度も言い聞かせた。
それでも仕事に支障が出始めたため、スレヴィを隔離しようとしたが、一族の中でイヴォンの次に強いため取り逃がしてしまったのだ。
「気がついた時にはもう、第一王子の後ろにいた」
誰も手が出せなくなってしまったのだ。




