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エルフの旦那と双子の子供達  作者: さつき けい


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静かな森の一日

 エルフで商人でもあるギードは、最近また森の最深部に引きこもっている。

ドラゴン分身体討伐の参加者達に王都から報告会や晩餐会のお知らせが来たが、「始まりの町」に住む者達は皆、辞退した。

それは白い魔術師・ハクレイの妻が、討伐中に亡くなったからである。

ハクレイの魔道具により、王都でも多くの者がその討伐の様子を見ることが出来たし、ハクレイの魔術が大きな役割を果たしたことは誰の目にも明らかであった。

皆、彼の気持ちを思い、町は静かな供養の酒宴となった。酔っ払いが道に転がっていたのはいつもの風景であったが。

そして褒賞は、この地方の領主であるシャルネが「昨年、一昨年の参加者の怪我や死亡による慰謝料」として使って欲しいと申し出た。

それには多くの参加者が賛同し、結局この年は派手な催事さいじは行われなかった。

ただし、国軍から参加した者達は自分の上司に対する義務もあり、王都へ帰還し報告を行った。

エルフの兵士達はもとより、彼らは一様にエルフ達によるドラゴン誘導のすごさを興奮気味に語った。

王都ではその頃、エルフと王子の恋物語から派生した「魔王と呼ばれた男の物語」が流行のきざしを見せていた。

この討伐の映像に映った巨大な半透明の精霊騎士の姿がその物語に出てくる挿絵と同じだったため、益々エルフの人気が高まっている。

「何だか悪寒がする」

ギードは、妻の妹であるリデリアが王都へ帰ると、さっさと遺跡にある自分の家に引きこもった。




 ギードは、妻で人族のタミリアが遺跡の地下迷宮で修行中のため、今日も双子の子供達の世話をしている。

「さあ、行くよ」「きゃぁーぃ」「うぉーぃ」

春になり、陽気が暖かくなった頃から、ギードは双子達を連れて森を散策するようになった。

彼にとってはじーちゃんと呼ぶ老木の精霊の周りを中心に、二人を自由に歩き回らせているのだ。

もちろん、危険がないようギードも、守護をしているいにしえの精霊も気を配っている。

女の子のミキリアはもっぱらそこらへんの草や葉をちぎっては口に入れ、べーっと吐き出している。

男の子のユイリはあまり動かず、エルフ特有の耳をぴくぴくさせ、森の音を聞いている。

その二人を連れ、ギードは今日、森の中を移動していた。

ギードが日頃から手入れをしている聖域の森は、歩き易いように一本の道が出来ている。

「ゆっくりだよー。慌てないでねー」

転んだり、服を枝に引っ掛けたり、そんなのは良くある事なので気にしない。

二人がうれしそうに元気に歩いている。

その姿を見るだけで父親はうれしいものだ。


 少し開けた場所に出た。泉が湧き、花が咲いている。

「よし、休憩しようー」

「うぁーい」

両手を挙げる子供達の手を泉で洗い、荷物から食料を取り出す、

草の上に座り、二人にはまず水筒から水を飲ませる。

薄めのパンケーキに薄い肉や野菜を挟んでくるくると巻いたモノを手渡す。小さな手で掴んで食べている。

ギードは魔道具を取り出し、火を起こして小さな鍋を掛ける。違う水筒から中身を鍋に投下し、暖める。こちらはスープである。

カップに入れてやると、両手で持ってふーふーしている。熱いわけではなく、誰かがそうしていたから真似をしているだけだ。そうするものだと思っているのかも知れない。

やがてお腹もふくれて、お昼寝のようだ。

いにしえの精霊が持っていた大きなかごを置き、双子をそっとその中に寝かせる。

自分も簡単に食事を終え、お茶を飲む。

そして、二人が静かな内にとギードは蜜の採集を始めた。

白い花がたくさん咲いている。

 


 かすかに、妖精の羽のはばたきが聞えた。

ギードはわざと気づかないふりをする。静かに花の蜜を小さな瓶に集める作業を続ける。

いにしえの精霊も、黙ったままその様子を見守っている。

やがて採集を終わらせたギードが立ち上がる。

(こ、こんにちは)

双子達の籠から小さな羽音がこちらに向かって来た。

「やあ、こんにちは。久しぶりですね」

 ピクシーとは本来の妖精の原型といわれている。

ギードが調べている遺跡の古い文献によれば、精霊から妖精へと変化していく過程で生まれてくるのがピクシーといわれる小さな妖精達だ。

たとえば、泉の精霊などは本来決まった姿を持たない。

その精霊が体内に魔力を溜め、泉から離れて行動出来る様になる。やはり最初はごく小さい玉のような姿である。近くに住む人族と接するうちに、似た姿を持ち始め、移動しやすいように昆虫に似た羽を持つようになる。

やがて彼らは数千年の間に、エルフ族やドワーフ族といった、さらに人族に近い形に変化していく。

「また少し花の蜜をいただきました。ありがとう」

ギードが微笑むと、その場に浮かんでいた1体のピクシーが微笑んだ。

(私達は何もしておりません。これは森の恵みですよ)

身体の小さなピクシー達は声が小さくて聞き取りづらいため、念話で話かけてくる。

「いえいえ、貴方達のおかげでこうしてこの花は咲いているのです」

聖域には特殊な魔力が溜まる場所があり、こうしてピクシー達が飛び回り、その力を分散しているおかげで魔力が安定しているのである。

そしてそのあかしに、魔力を溜め込んだ白い花が咲き、万能薬の元となる蜜が採れるのである。

ピクシーは恥ずかしそうに、ギードが差し出す手の上にちょこんと座る。

他にも何体かのピクシーはいるはずだが、他の者達は滅多に姿は見せない。

数が減ってしまったというより、戦の影響で魔力の場が荒らされ、どす黒い怨嗟えんさなどが渦巻く地上に住めなくなったからだ。最近は少し安定しているので、この森には多少のピクシーが住んでいるらしい。

精霊や妖精というのは、この聖域のように魔力が安定した場所でなければ住めない種族なのである。

(子供達がかわいくてつい……)

このピクシーだけはギードにその姿を見せてくれる。

「ふふ、我が子ながらかわいいと思います」

自慢げに話すギードを、ピクシーは「あの小さかった子がー」と生暖かい目で見ている。

逃げ惑うエルフの子供。心も身体も傷つき、森をさまよっていた。

そんな子供の頃、ギードはここで偶然このピクシーと出逢った。ピクシーは彼を哀れに思ったのか、この花の蜜で作られた薬をくれたのだ。

その時のギードには、ただ小さな友達が出来たことの方が大きかったが、その後、どれだけ探してもピクシーに会うことは出来なかった。

しかしある日、タミリアに薬が必要になった。必死に文献を調べていた中でギードは思い出し、再び大捜索。古木の精霊達に協力してもらい、ようやくこのピクシーと再会したのである。

集めたばかりの蜜の入った小さな瓶の蓋を開け、ピクシーの前に置く。遠慮しながらもピクシーはその蜜を飲み始めた。


「ひとつお聞きしたいことがあるのです」

自分よりも悠久を生きるピクシーに尋ねたいことがあった。

いにしえの精霊は知識はあれど、その量が多過ぎるのか、思い出すのに時間がかかるらしいのだ。

「ドラゴンの分身体が雪解けに町の近くに現れるのは何故ですか?」

ピクシーは瓶から顔を離し、ギードの顔を見る。

(ドラゴンに会ったのですか?)

「あ、いいえ、直接お会いしたことはありません」

ギードは人族の町に出て、ドラゴンの分身体討伐と言うものを見た。

不思議に思ったのは、何故、ドラゴンは人族を刺激すると分かっていて、町の近くにやって来るのか。

何故、人族はドラゴンを見ると狩ろうとするのか。

「ずっと昔から繰り返されているそうで、それが当たり前だと」

町の住民にそう言われてしまうとそれ以上何も聞けなかったのだ。

(そうですねー、まああまり深い意味は無いのでしょうね)

「でもいにしえの精霊はドラゴンの声を聞いています」

エルフ達が元気そうでよかった、と分身体が消える前に声が聞えたそうだ。

ピクシーは「そうですかー」と微笑む。

(雪のドラゴンでしょう〜?。彼はもうだいぶ年ですからねー)

耄碌もうろくしてるかもーと、とんでもないことを言い始める。

ドラゴンの寿命がどれくらいなのかは不明だが、固体によってかなり違うそうだ。

先の大戦でドラゴンは戦いに巻き込まれることを恐れ、そのほとんどが他の土地へ移動し、姿を消した。

(今頃は皆、静かな場所で過ごしていると思うわー)

その雪のドラゴンだけは人族と妖精族の両方を心配し、どちらに加担するでもなく、ただ見守り続けた。

「え??、ではドラゴンは分身体を使って、人やエルフが元気に生活しているかを見に来ていただけ?」

(おそらく、そうだと思うわー)

分身体が倒されることも承知の上であり、剥ぎ取られる鱗などの素材はドラゴンからの贈り物のようだという。

なんだ、囮はエルフでなくても良かったんじゃないかー。

ギードはちょっと安心した。

年老いたドラゴンが、人族やエルフ、ダークエルフ等に囲まれ、攻撃を受けているにも関わらず、うれしそうにニターっと笑っている姿が目に浮かんだ。

(まあ、雪のドラゴンは仲間内ではエルフ好きで有名でしたけどねー)

……エルフ族はどの時代でも揉め事を呼び寄せる体質だったようである。




 

 ギードは双子達が起きると、一度ピクシーに挨拶をさせた。

ミキリアの手が、捕まえようとうずうずしているのをギードは抑えていた。

ユイリはピクシーが何か話す度に耳をぴくぴくしている。

二人の手を引き、ピクシーに別れを告げると、名残惜しそうに手を振っていた。

その場を離れて少ししてから振り返ると、ピクシーは何体かに増えて、こちらを見ていた。

あのピクシー以外の固体と知り合えるのは、もう少し先かも知れない。もうすぐかも知れない。

 家に戻り、双子を風呂場に入れて身体を洗う。

食事の用意をしている間は精霊達が見ていてくれる。

夕食後、子供達を寝かせるため、本を読み聞かせる。自分が読みたい本を、声を出して読んでいるだけで、中身は子供向けではない。

そして時々ギードが考え込むので、子供たちはいつの間にか眠ってしまっている。

子供達が眠るとギードは自分の部屋へ入り、研究の続きや、タミリア達が持ち込んだ素材などを確認していく。

いつの間にか没頭していたらしく、気がつくと子供達のいる部屋から物音が聞える。

部屋を覗くと、精霊の玉達が双子の傍に転がっていた。

ギードが様子を見ていると、ふらふらと浮き上がった精霊が眠っているはずの双子の傍から、まるで跳ね飛ばされたかのように壁へ飛んでいく。そしてまたふらふらとベッドの傍に戻ってくる。

「ふむ、順調のようだな」

「何がですか?」

隣にいるいにしえの精霊が何やら不穏な話をし始める。

「双子が精霊を操る力を順調に伸ばしておる」

おそらく子供達は夢の中で何かを投げ飛ばしているのだろう。

ギードはそれが自分ではないか、と少し冷や汗が出た。


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