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エルフの旦那と双子の子供達  作者: さつき けい


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春の予感 2


 盗聴の魔道具を操作しようとしたイヴォンをギードが止める。

いにしえの精霊に結界を張ってもらいますので」

翌日の昼、領主館の一室にシャルネ、イヴォン、ハクレイ、ヨメイア、フーニャ、黒騎士隊長、と揃ったところでギードが提案する。

すでに使い方を知られている魔道具はもう信用出来ない。あの王城で出逢った女性ダークエルフはかなり脅威だ。イヴォンは何も言わないが、何も言わないからこそ、それが真実だと分かる。

ギードの背後に現れた虹色の精霊が、部屋全体を包んで結界を施す。これで外からは音だけでなく、その部屋を感知することも出来ない。

「3年間、この町にドラゴンが訪れなかったのは自分の責任だと思われます」

まずは謝っておく。大雑把おおざっぱなことはすでに説明済みだ。

「その上で、今年のドラゴン討伐祭りをやりたいのですが」

あー、また祭りなんだな、とギードは今更ながら思った。

「分身体が雪の山を飛び立つ時期を予想し、その頃に餌を撒いておびき寄せる」そこまではいいですか?と皆の顔を見る。

その方法はまた別の話だ。

「出来るだけ被害が出ても少ない場所を選定し、そこへ誘導します」

「そこで俺達が待ち構えるわけだ」

イヴォンが口を挟み、ギードが頷く。

「祭りですから、魔道具を多用し、実況を近くの町でも王都でも見えるようにしても構わないと思います」

しかし、とギードはもう一度皆の顔を見る。

「それは今回だけです」

えっ?というシャルネ様に向かってにっこり微笑む。

「3年間、ドラゴンも欲求不満が溜まってると思うんです」あの美しい鱗が黒ずむほどに。その捌け口を弱い一般の住民に向けさせるわけにはいかない。

今年はドラゴンには充分な餌を用意し満足してもらった上で、思う存分、脳筋達にも闘ってもらおうと思う。

ドラゴンの分身体は本体ではない。ドラゴンが冬眠明けで行動を開始するために必要な物を取り込むための手先である。

そのため、取り込んだ後は特に本体に戻る必要がないようで、討伐されても本体のドラゴンが町を襲うといった現象は今まで起こっていない。

分身が満足すれば、鱗も元の虹色に戻ると予想している。エルフのソレは当たるのだ。

しかし、ドラゴン討伐祭りは一般的には地域住人達の娯楽なのだ。長時間続く緊張や、祭りの後のゴミ拾いまで、その町に住む住人達のお楽しみなのである。

ちゃんと不満が解消され、例年通りの強さの分身体に戻ったら、また普通の討伐祭りに戻したい。

その餌を用意し、効果が確認出来れば、それからは意図的に場所をこちらで用意出来る。絶対に安全とはいえなくとも、ある程度の準備は容易になるだろう。

「被害が抑えられるのはいいことだと思いますが」

シャルネはそんなにうまくいくだろうかと心配しているようだ。

「確かにドラゴンが年々凶暴化していると報告にありました」

黒騎士隊長はシャルネに状況を説明する。

「今年はどこに現れるのか、昨年、一昨年と甚大な被害を出しておりますので、国民の中には不安を持っている者もおります」

おそらく軍でも戦々恐々としているのだろう。今までの討伐失敗で重装兵士はその数を減らしているのかも知れない。




 ギードは黒騎士隊長と話を進めていく。

「まず魔法の塔との連携が必要です」

より詳細なドラゴンの飛び立つ時期の情報が必要になる。

デザイン所長にまた会うのは極力避けたいので、そっちはお任せしよう。

「場所の選定もこっちでやろう」

黒騎士隊長の言葉に素直に頷く。

「イヴォン師匠には戦力の召集と強化、黒騎士隊長には連携の練習をお願いしたいです」

「分かった」

どれだけの戦力が必要になるかは不明だが、実力者と軍の兵を集めれば何とかなるだろう。

いざとなればギードは全力結界を使うつもりでいる。それが凶暴化したドラゴンの分身体に通用するかどうかは不明だが。

全体ではなく、危ない場所にのみ局地的に張るなら、ドラゴン相手にも使える気がする。

(いけますよね?)

(おそらく大丈夫だろう)

とまあ、いにしえの精霊も言っていた。

「俺は魔道具の準備だな」

ハクレイは脳筋祭りの時のように、魔道具による実況の体系を構築する気のようだ。

「そうですね。それと出来ればこれの検証もお願いします」

ギードは煌びやかな小箱を取り出す。中から出て来たのは、王太子からもらった魔力制御の魔道具である。

「こ、これは」

「魔力制御の術式が描かれているのらしいです。使えませんかね?」

箱に見覚えがあるのか、イヴォンが顔をしかめている。

魔力制御の魔道具は、それを身に付ける者の魔力を他者が制御する事が出来る。下手をすれば無力化してしまうのだ。

「こんな物、どこで!」

声が震えているハクレイ。これは、いうなれば魔術師の天敵といえる品物だ。

制御魔法を得意とする彼は、有り余る魔力を自力で押さえ込み、自由自在に魔法の威力を制御して操る。

しかし、この魔道具は魔力を持つ者に干渉して魔力を奪う。

それ以上は何も答えないギードに、ハクレイは諦め、直接肌に触れないように気をつけてそれを受け取る。




「それで餌のことですがー」

まだ難しい表情をしているハクレイにギードが視線を向ける。

「ああ」

はっきりとしたことはまだ分かっていない、としながらハクレイはギードの顔を見つめる。そして視線をフーニャに移す。

その視線に疑問を浮かべていると、イヴォンがはっとした様に机に広げられた地図を見る。

ドラゴンが現れる場所に印が付けられている。

「まさか……エルフか」

ギードとフーニャが顔を見合わせる。エルフが餌?。この人は何を言っているのだろう。

シャルネがイヴォンの言葉を聞き、地図を見る。

「確かに。エルフの隠れ里があるといわれている地域ですね」

今では王都でもエルフの姿は見ることが出来る。しかし大戦後、エルフの数は減少の一途だった。例外的にこの「始まりの町」は増えているが。

「ええええ、ドラゴンってエルフを食べるの!?」

フーニャが自分の身体を抱き締めて震えだす。

そんな事実があっただろうか?。ギードは考え込む。古代エルフの文献を頭の中でひっくり返すが、そんな記述は見た覚えがない。

大戦の時、ドラゴンはどちら側だった?。ドラゴン自体は自らが攻撃されなければ基本的に敵対はしない種族だ。

ドラゴンは大戦で数を減らしたか?。いや、元々数は少ないはず。

「エルフと敵対していたとは思えません。食べるのではなく、愛でる?。もしくは保護しようとする?」

エルフの隠れ里とは、大戦で数を減らしたエルフが逃げ込んだ場所のはずだ。何故そこをドラゴンが知っているのか。

ドラゴンはエルフ、または妖精や精霊といった人族では見ることが出来ないものを感知するのかも知れない。

「エルフを餌というか、囮にして、ドラゴンをおびき寄せるってことではないでしょうか」

シャルネの言葉には人族の歴史を思い起こさせる。もしかしたら人族の歴史にそういったドラゴン狩りが存在したのかもしれない。

まだ憶測ばかりだ。

「検証が必要ですね」

ギードはハクレイと顔を見合わせ、頷く。

しかし時間が無い。雪解けはもうそこまで来ているのだ。

今回はぶっつけ本番になるだろう。でも未来のために、子供達の世代のために、検証は必要だ。

結界を解いたギードと精霊は、子供部屋に双子を引き取りに行った。




 ふぅ、とギードはようやく一息ついた。

店に戻るとリデリアがお茶を入れてくれる。

「ありがとう」

館の共有の居間の椅子に座り、疲れた笑みを浮かべたギードを心配そうに見つめている。

双子達は高級住宅街から戻る途中で、遊び疲れたらしく眠ってしまった。

「あ、あの」

静かな雰囲気に慣れないのか、リデリアは何か必死に話そうとする。

「エルフって、綺麗で静かで、黙っているとお人形さんの様っていうか」

ギードは苦笑を浮かべる気力もなく、黙って聞いている。

厨房では夕食の用意をしている弟子の姿が見える。最近ではすっかりエルフ好みの味も覚えてくれたようだ。

「でも、実際は違うんですね」

人族と同じように、悩み、苦しみ、嫉妬し、笑い、恋もする。

「そうだね」

誰でも同じように、悩み、苦しみ、嫉妬し、笑い、恋……もする。

ふふっとギードは口元だけで笑うと、立ったままのリデリアに座るように促す。

彼女は様々な商会に働きに出たが、役に立たなくて辞めたわけではない。それなりに実家である商会で幼い頃から身体で商売を覚えているのだから。

今も身内であるはずのギードにも慣れ慣れしくするわけでもなく、ちゃんと店主と店員として気遣い、対応している。

こんな彼女を放り出す店があるだろうか。相手が悪過ぎたとしても、こんな辺境の町まで逃がすような相手だったのだろうか。

んー、そもそも彼女が客と大喧嘩など考えられないんだが。

「もうすぐ春だから、ドラゴン討伐祭りがある」

誘導する場所がどこになるかは不明だが、シャルネ様が絡んでいるのだから準備や出陣はこの町になるだろう。おそらく実況は最優先で見られるはずだ。

「良かったら、その、迷惑をかけたというお店の人やお客様に招待状を出したらどうだろう」

「は?、えぇ?」

いいんですか?、と上目遣いでギードを見るリデリアの顔がほんのりと赤い。

ドラゴン絡みでなくとも、この町は観光地である。少なくとも相手を退屈させることは無いと思う。

「人数が決まったら早めに宿を予約しておくといいよ」

ドラゴン出現の報は魔法の塔の町から知らせがくる。その時では遅いので、慣れている宿には日時ではなく、「ドラゴンの報が入ったら」とだけで予約が可能である。

「あ、ありがとうございます!」

ご両親と兄一家がこの町に来ていた時、きっと彼女も来たかったはずだ。

裕福な商家の娘、としてではなく、ちゃんとした勤め人として働いていただろう彼女への褒美になればいい。

「あ、あの」

「んー?」

リデリアが入れてくれたお茶を飲む。彼女も少し緊張がほぐれてきたようだ。

こちらに身を乗り出し、思いっきり大声で聞いて来た。

「以前に聞きそびれたお義兄様とお姉様の出会いの話を、是非!聞かせていただきたいのです」

「ぶほっ!!」

盛大に吹いたお茶を拭きながら、ギードはあいまいに笑って「それはタミリアに聞いてください」と必殺丸投げを発動した。




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