抱く者
エルフの森に一番近い人族の町「始まりの町」とは、エルフ族が勝手にそう呼んでいるだけで、人族にとっては他に名前があるらしい。
まあ、そんなことはエルフの商人であり、森の聖域の守護者代理のギードには関係がない。彼はその町の教会前通りで土産物店を任されている。
その彼は今、家族とともにエルフの森の最深部、古木の精霊達のいる聖域のまだその奥にある結界の中に住んでいる。
店で売る品を店員である女性エルフのフーニャが二日に一度受け取りにやってくる。
「はい、お手紙」
「……またか」
自分が作成した薬や森での採集物を渡すついでに、町からの情報や買い物などを頼んでいる。その中にたまに知り合いからの言伝や手紙が混ざる。
最近多いのが王都にある妻の実家からである。
ギードには妻で人族の魔法剣士修行中のタミリアと、二人の間に双子の子供達がいる。
「孫に会いたい、王都に遊びに来い、ご両親からはこればっかりだね」
そして大量におもちゃや服など荷物が送られてくる。荷物のほとんどは領主館にある子供達専用の部屋に預けてある。
実は「王都に引っ越して来い」と半ば脅迫めいた文面もある。もちろん「無理」とタミリアが返事を出しているはずだが。
王都では滅多に見ることはない小さなエルフの孫息子と、ご両親にすれば実力者として有名人である娘と瓜二つの孫娘。周りに自慢したいのだろう。
「ギドちゃんとこの双子ちゃんは普通の子供達よりかわいいから仕方ない!」
フーニャもとろんと夢見がちな顔になる。彼女も大層うちの双子をかわいがってくれている。
「いやいやいや、子供の内は誰でもかわいいもんでしょ」
そんなことないです!、とぶーっと膨れるフーニャにギードは苦笑いする。
「フーニャさんの子供なら、きっともっとかわいいと思うけど?」
「えぇっ!」
妄想し始めて一瞬で真っ赤な顔になったフーニャは、はっと我に返り、何故か少し寂しそうに町へ帰って行った。
(イヴォンさんとうまくいってないのかー)
イケメンのダークエルフのイヴォンにフーニャが恋心を抱いているのは知っている。
イヴォンはこの国を裏から支えるといわれる傭兵部隊の長であり、第一回脳筋祭りと呼ばれている無差別乱闘の勝者である。
今は多くの弟子をかかえ、主である領主の護衛もある。忙しいらしく、それどころではないと全力で回避されているらしい。
それは仕方ないだろうな、とギードも思う。
自分の妻も含め、脳筋とは、闘っていないと死ぬ種族なのだから(嘘)。
ギードは、週に一度しか帰って来ないタミリアを思い、殴られていないのに頬が少し痛む気がするのだった。
老木の精霊のウロでの受け渡しが終わり家に戻ると、子供達は古の精霊の膝の上でお昼寝中だった。
うちの子供たちは夜行性なのか、夜中に小さな精霊達と遊んでいることが多く、たまに朝食後がお昼寝時間だったりする。
「あー、すいません、遅くなって」
ギードは丁寧に自分の守護精霊に言葉をかける。
(かまわぬ)
静かにしろ、というように言葉ではなく念話で答える精霊。この精霊も双子達をかわいがってくれている。愛されてるなあ、うちの子達は。
邪魔が入らぬ間に用事を片付けよう。
手紙は相変わらずのご両親のものと、タミリアの妹・リデリアのものもあった。
「ご相談があるので、そちらに行きます」とだけ。
(こういう言葉の少ない所はタミちゃんと同じだな)
ギードは、タミリアに似た面差しの、まだ幼さの残る深い青の髪と同じ色の瞳を思い出す。王都の騒動から数年、彼女も成長しているはずだ。
おそらく近々、土産物店に来るだろうし、覚悟しておくか。
タミリアは昨日迷宮へ出かけて行ったばかりなので、当分戻って来ない。
翌日、やはり妹が店に来たという連絡が来た。
厨房にいた押しかけ弟子が対応してくれたので、すぐにわかったそうだ。彼は元・タミリアの実家の料理人でもある。
「お嬢様、どうしてここへ?」
しかも大荷物を抱え、ひとりで来たらしい。商売の邪魔にならぬよう閉店後に来たところはさすがに商家の娘である。
すぐにギードは子供達を両手に抱え、グループの帰還魔法で町へ飛ぶ。
裏口から入ると、リデリアは弟子といっしょに厨房にいた。十代後半、すでに成人である彼女は、美しい娘になっていた。
「お義兄さま!」喜んでくれるのはうれしいが、何かあったのかと若干ギードの顔が引きつる。
彼女はまるで店員のように、掃除をする弟子を手伝っていた。弟子も困っていると目で訴えかけてくる。
リデリアは双子を見ると一瞬固まり、そして駆け寄って来た。うれしそうに触ろうとするが、ユイリがむずがっているので、彼女は手を引っ込めた。
「リデリアさん、お客さまなのですから手伝いなどー」
「ここで働かせてください!」
なんとなく嫌な予感はしていた。エルフの予感は相変わらず冴えている。
「ご両親の許可がなければー」
「それは大丈夫です、はい!」と手紙を渡される。弟子が子供達を引き受けてくれたので、手紙を受け取り、厨房の中にある賄い用のテーブル席に座る。
そこには、しばらくの間リデリアを預かって欲しいと書かれていた。ギードはその手紙を弟子に見せ、サインが彼女の両親の筆跡に間違いが無いか確認する。おそらく間違いないといわれ、どうしてこうなったと頭を抱える。
ギードは眉間にしわを寄せ、目を閉じた。そして、ふっと大きく息を吐く。
リデリアに対し、ひとつ条件を加えておくため、部屋の隅で様子を見ていたフーニャに声をかける。
「フーニャさん、彼女の仕事を見てやってください。もし使えないようなら遠慮なく言ってください」
「分かったわ」
リデリアの顔がちょっと引きつる。女性なら女性に任せた方がいい。
「事情はあとで聞きます。とりあえず夕食にしましょうか」
夕食の間にフーニャに領主の許可をもらい行かせ、店のある館の空き部屋に泊まらせることにした。
護衛のカネルを紹介すると、彼女は目を丸くして驚いていた。
「ダークエルフが私の護衛に!」
いやいや、この家の住人の護衛なんでー。
最近は王都からの不審な客も増えたので、カネルもフーニャを手伝って店に出ている。しかしダークエルフ族は古参のエルフ族には嫌われているので、あまり表立ってはおらず、配達や危ない客の対応が主な仕事である。
白い髪に褐色の肌、赤い瞳は戦闘種族の証といわれるダークエルフ。イケメンの登場に若い娘の興奮はさらに激しくなる。
「よ、よろしく、お、おねおねがいしまふ」
あたふたする彼女を置いて帰るわけにもいかず、ギードはその夜、この館の自分の部屋に泊まることにした。
ギードは夜中、古の精霊に子供達を頼み、指輪を発動する。
「どうしたの?」
迷宮の安全地帯で休憩しているタミリアの元に飛んだ。
エグザスが食事の用意をしている。まあ、タミちゃんには料理は無理だからなぁ。
「リデリアが来たんだが」
ギードはタミリアに両親からの手紙を見せる。
そこにはリデリアが王都で、勤め先の店で客と大喧嘩をしたことが書かれていた。
タミリアの実家は老舗の大きな服飾系の商会である。跡を継ぐわけではないリデリアは、自分がやりたい仕事を探して様々な店を転々としていたそうだ。
そしてやっと見つけた小さいけど居心地のいい場所だった。
「……派手にやったっぽいねー」
姉に似たんですかね。声には出さないでおく。
「エルフの子供なんて見たことない、か」
身内にいる!、そう主張するリデリアに相手は笑ったそうだ。相手は貴族のお得意様。怒らせて、店は解雇。おまけに実家にも謝罪要求があって、彼女はしばらく帰れない。
大切な場所だったのに、自分の失態で仕事も信用も失った。
その割には落ち込んでいる雰囲気でもない。タミリア似だから、他人に自分の落ち込んだ姿なんて見せられない、という空元気なのかも知れない。
「仕方ないだろう。そんなんいるの分かったら攫われっぞ」
エグザスには商売のことは分からないが、子供好きなので子供が一番だ。言いたいやつには言わせとけーと。
うん、まあそうだろうな。エルフってば子供まで人騒がせな種族なんだよね。
成人の儀まで外の世界に出さないのは、その意味もあるんだろう。
ギードは一応子供達の事は公開したが、ほとんど森の奥から出ていない。他者は手の出しようが無いのだ。
「精霊魔法は過保護なんだよ。大人のエルフと同じでね」
人族には見えない上位精霊達が、自分が守護する妖精に対する危害や悪意に過剰反応する。それを知らずに手を出せば、相手はどうなるか。
「それが戦争の引き金?」
ギードはエグザスの言葉に無言で頷く。彼は王城で発見された大戦の文献を精査してきた。
子供が産まれにくい種族。それを美しいからと自分のために囲う。その子供を愛でるために攫う。そんな事が許されるはずはない。
その時の犯人はエルフ族と守護精霊の集団に襲われて一族のほとんどが壊滅した。
逆恨みした生き残りが普通に人族の町で生活していたエルフ族をはじめとする妖精族を糾弾し、迫害した。
攻撃と反撃の応酬が、恨みと復讐の繰り返しが始まった。
しかし、その影に利益を求める欲望がうずまいていたことを、人族は都合よく忘れた。
「そして歴史は繰り返す」
そうだ。自分の欲求のために彼らは、先の大戦の証拠資料をすべて隠した。繰り返すために。
パキンッ。
ギードとエグザスは、ハッとしてその音に顔を上げる。
そこにカップを握りつぶし、壮絶な笑みを浮かべる脳筋が居た。
「そんなの怖くないわ。まとめてぶっ飛ばす」
タミリアは笑う。エルフだろうが、人族だろうが関係ない。敵は敵なのだ。
「私達はここにいて、生きているもの」
子供達を抱くように、タミリアは自分を抱く。そしてギードに近づくと、彼を抱き締める。
「ほら、あったかい」
「ああ、タミちゃん」
どこからか子供達の泣き声が聞える。
あれはユイかな。あいつ、子供のくせにやけに良い声だ。ミキの声も聞える。普段は元気がいいのに、泣き声は何故かユイに負けるんだよな。
気づくと夫婦は腕にそれぞれ子供を抱いていた。背後に、虹色の光を振りまいて古の精霊が立っていた。
ぐずる双子に手を焼いてると、ギードはふと思い出す。
「タミちゃん、あの子守唄、歌ってよ」
「ぇ」
次の瞬間、ギードは真っ赤になったタミリアに投げ飛ばされた。
子供達はしっかりエグザスに渡されていた。
壁に向かって飛んでいく父親を、双子はきょとんと見ていたが、その後はいつも通りきゃっきゃと笑っていた。
エグザスは、さすがタミリアの子供だとやけに感心した。




