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魔王の物語 2

「あれが子守唄かー」

親を知らないギードは、そこにやさしい母親の愛情を感じた。

 実は、ギードには父親になると知った時からずっと危惧きぐしていたことがあった。

親を知らず、エルフにも人族にも育てられた記憶のない自分が、どうやって子供を育てるのか。大人に守られたことのない自分が、どうやって子供を守るのか。

身近に手本がない。誰にも相談出来ない。そう思っていた。

しかし、それは思い違いだったことに気が付いた。

「タミちゃん、ありがとう」

殴り飛ばされた後、ギードはタミリアを抱き締めた。怪訝けげんな顔をするタミリアに歌声を聴いた事を正直に話す。

「わ、わたしはそうやって育てられたからー」

顔を赤くした妻がいうには、忙しい母親だったが、子守唄を聴いた記憶があったそうだ。

双子の相棒がいないことにむずがる娘を見ていたら、自然にその唄が浮かんできたらしい。

そうか、自分が何も無いなら、有る方が与えればいいのか。子供は夫婦ふたりでお互いに補い合い、力を合わせ育てるものだ。

そして両方になければ他を探せばいい。

思えば、ギードが子供達に与えてあげられるものは、ここにいる。

いにしえの精霊、人型でないが老木の精霊、いつも子守をしてくれる小さな精霊達もいるじゃないか。

そうだ、エルフの最長老である養父もいた。エルフはその特性から子供の数が少ない。自然と過保護になり、子供のために危険を排除しようとする傾向が強くなる。

ギードから見れば困った女性だが、養父にとってはひとり娘。その膨大な尻拭いを買って出るほど家族思いなのだろう。

同じエルフ族として、自分が困った時は愚息として遠慮なく頼ろう。

「ふふっ」

なーんだ。ギードは自分の危惧がとっくに解消されていたことを知った。




 最長老とネイミとの話し合いから2ヶ月以上経ったある日。

ギードは最長老と共に、王都へ呼び出された。王太子からの呼び出しである。断るわけには行かない。

戻って来ていたタミリアに話すと「付いて行く」と言って聞かなかったので、子供達も連れて行くことになり、エグザスには休暇と伝えた。

護衛のカネルとも移転魔法陣の前で待ち合わせをし、長老と共にいくつかの町を経由し、王都の広場へ出る。

子供達にはしっかりとフードをかぶせ、自分達も目立たない服装にしている。

エルフであることを隠すような地味な服装の長老は、見かけよりだいぶ老けて見えた。一見すると子供と年寄りを連れた一家にしか見えないだろう。ああ、よく考えたら養父と夫婦とその子供なのだから、そのまま家族じゃないか。

ギードは我ながら少し微笑ましく思った。

 指定の場所に行くと、見覚えのある馬車が待っていた。

(あ、王子が乗ってたやつー)

ギードは、ドラゴン討伐報告会の王城へ向かう際に、イヴォン師匠とふたりで相乗りさせてもらったあの時の豪華な馬車だと気づいた。

ということは、これは王族専用馬車だ。

御者に促され、一家はその馬車に乗り込んだ。「こんな豪華な馬車は初めてだ」と長老はちょっとはしゃいでいるが、ギードは嫌な予感がヒシヒシとしている。


 城へ着くと待ち構えていた王太子の側近に案内され、豪華な部屋へ通される。

「着いたばかりでお疲れでしょう。しばしこちらでごゆるりとお待ちください」

部屋付きの侍女に優雅に微笑まれ、一行はその部屋で待たせてもらうことになった。

タミリアは子供達を下ろして遊ばせ、自分はお茶とお菓子に手を出した。長老もタミリアに習い、二人は和気合い合いとおしゃべりをしている。

ギードは王城が好きではない。怪しい気配が多過ぎて疲れるのだ。

周りを警戒しているギードにカネルが側に寄って来た。

「何かおかしい事でもありましたか?」

ここは王城だ。滅多なことは無いだろう、そう言っている。

それはそうなんだが。ギードは何やら落ち着かない。なんだろう、この気配は。

 やがて先触れが訪れ、王太子のいる部屋へと案内される。

「シャルネから聞いていたとおり、そちらの子供達は天使のようだな」

王太子はうれしそうに子供達を見る。

ユイリは元々警戒心が強いのでギードに抱きついている。ミキリアは母親であるタミリアがしっかりと抱いている。

王太子が一同に座るように勧めると、一斉に侍女たちがお茶やお菓子を並べていく。

「殿下、ご用件をお伺いいたします」

ギードの不機嫌を察し、王太子は長老に向かって話始める。

「エルフの森の長殿。先日の件、国王陛下にお見せしたところ、大変喜んでおられた」

「ありがとうございます」深々と頭を下げる養父。

凡庸といわれる第一王子だが、こうして見ると国王よりしたたかな印象を受ける。

第二王子がアレだったからなあ。

「これで弟に振り回された教会も、エルフの森も一安心だろう」そんな話をする王太子と長老にギードはさらに警戒を強める。

しかし話が見えず、気味が悪い。

そこへ側近が綺麗に装丁された一冊の本を持って来て、王太子に差し出す。そして侍女が客を連れて部屋に入って来た。

「早速、教会を通じ、大々的に売り出すことになった」

教会関係者や本を出すための業者らしい者たちを数人、紹介された。

ギードはチラッチラッと養父を見るが、したたかな老齢のエルフはこちらを見ようともしない。くそぉ、められたか。

「出来れば実物が見たいというので来てもらったのだ」



「実物、ですか?」

ギードは首をかしげる。王太子も首を傾げる。タミリアは一切口を出さず、見守っている。

「ああ、申し訳ございません、殿下。ギードにはまだ話していないのです」

ここでようやく養父がギードに向き直る。

「ネイミが書いた本の続き、というか、別の話をわしが書いたのだ」

それが今、王太子が持っている本だという。

「は?」

教会関係者と言う男性が、ギードに手持ちの本を渡す。


『魔王と呼ばれた男の物語』


……ギードは目の前が真っ暗になった。

彼の手から本を取り上げたのは妻のタミリアだった。うれしそうに読み始める。



 それは以前のエルフの女性と王子の恋物語に出てくる『魔王』を主人公にした悲哀物語だった。

エルフの里に住むエルフと魔物の間に産まれた『魔物の子』が、いかに壮絶な子供時代を過ごしたか。

そして成人し、心優しく美しいエルフの女性に恋焦がれるが、魔物の子は近寄ることも出来ない。

そんな中、彼女が人族の王子と出逢い恋に落ちる。最初は周りからの反対でくじけそうになるが、魔物の子が誰にも知られぬようにふたりを手助けする。

しかし何も知らないふたりは重なる偶然を運命と勘違いし、恋心はさらに燃え上がる。やがて、相手が王子と知ると周りも認めざるを得なくなり、エルフの勇敢な騎士達が恋人達を守りその恋は成就する。

『魔物の子』は彼女の周りをウロチョロするなと騎士達に遠ざけられた事を悲しみ、初めて魔物の力を使ってしまう。

その強大で禍々しい力に飲み込まれ、彼は『魔王』となってしまうのだ。そこにはもういじめられっ子だった『魔物の子』はいない。

恋人達と騎士達は力を合わせ、邪悪な『魔王』を討伐する。

しかし後になってそれは本当はやさしくおとなしい『魔物の子』であり、影から女性エルフを助けていた事実を知って、全員で哀悼するという物語である。



 そんな物語など関係ないとばかりに、冷静を装うギードは話を進めていく。

「それで、実物って、何でしょう」

とにかく話を早く終らせよう。

ギードの殺気に客の何人かが震えだす。王太子の側近の兵が動こうとして王太子に止められる。

「物語にはいにしえの精霊を登場させたのだよ」

「ああ」

長老の言葉にギードはすでに諦めたように返事をする。



 物語の中で心優しい『魔物の子』には、美しい精霊が力を貸していた。

そしてその精霊が、魔物の力に飲み込まれ討伐された彼の、本当の姿を皆に伝える役目を果たす。

闘う場面が主ではなく、心に傷を負いながらも懸命に生きる弱者であった『魔物の子』を追い詰めたのは誰なのか。

群衆の恐ろしさと愚かさを説く、荘厳華麗ないにしえの精霊の姿が強調されている。



「分かりました」そういうといにしえの精霊に声をかける。

(出番ですよ)

ギードの影から七色の光が立ちのぼる。やがてそれは半透明のエルフの騎士の姿になる。

白いマントと鎧は七色の光をまとい、黄金の髪と黄金の瞳、剣と盾をたずさえた古代エルフ族の容姿は今のエルフよりも一層見目麗しい。

いにしえの精霊は、子供達の世話をする時はだいたいギードより少し大きめの体格だが、本来大きさ自体は自由に変化出来る。

今は普段の約2倍ほどの大きさで出現している。

「おおぉ」

その場に居る者のうち、今まで見たことがない全員がどよめく。

「なんて神々しいのだ」「す、素晴らしい」「これが本物の精霊騎士か」「まさに妖精王にふさわしい姿」

中には挿絵さしえを描くためなのか、手早く紙に絵を描いている者もいる。

実力者認定の時と、脳筋祭りの時しか人目に触れていないからなあ。あとはだいたい相手を威圧する時に出て来てもらっている。

「もうよろしいですか?」

ギードは客達を一瞥いちべつし、王太子にも威圧を放つ。客達は逃げるように部屋を出て行った。

しかし飄々とした王太子は、にっこり微笑むと「わざわざありがとう、すまなかった」と頭を下げた。

そしてびだといって従者に、きらびやかな小さな箱を持って来させた。


 中に入っていたのは細い金属を織り込んだ紐に、小さな宝石が付いたものが2本だった。 

「魔道具の研究者から、役に立ちそうなものを用意させた」

ギードは目を見張った。それはあまりにも高価で手に入らないと諦めていた物だった。

魔力制御の魔道具。

本当は罪人に付ける無骨な物が本来の姿だが、高貴な者のために作られた物も存在する。それが目の前にある。

ギードが魔法の塔の町で子供達用の物を探していたのをデザイン所長からでも聞いたのだろうか。

(ちがうな)

ぐっとギードは手を握りこむ。

数々の情報を探り出し、第二王子を嵌めたのは誰だ。

ミスリルの剣や、今回の魔道具もそうだ。相手の欲しがる物をこうして用意出来るのは何故だ。

ギードはじっと王太子を見つめる。

「殿下、貴方だったんですね」

「何のことかな?」

周りがおろおろしているが、ギードには彼しか目に入らない。

王太子はただいつも通り微笑んでいる。

突然、いにしえの精霊が部屋の隅に強力な威圧を放つ。

「うわっっと」

その場所の天井から何かがドサリと落ちた。

「いたた。ぃやぁねーもぅ、油断しちゃった」

体をさすりながら立ち上がったのは、ダークエルフの女性だった。

(いや違う。この姿も偽装か)

ぴったりとした黒い衣装は女性的な線を見せるが、違和感があった。もしかしたら変装の魔道具かも知れない。

その女性の姿をした者は、あっさりと側近の兵達を退しりぞけると王太子の側に擦り寄る。

「さすが、妖精王になると宣言しただけのことはあるわねー」

いや、それは正確な情報ではない。が、それを知っているということはやはり王族に深く入り込んでいる証拠だ。

王太子はその女性を制し、睨みつけるギードに「それでは失礼する」とその場を閉める。

うふふと笑うそのダークエルフは別れ際にエルフにしか聞えないように言葉を残した。

「あたしはイヴォンみたいに甘くないのよぉ」

あははは、と笑い声が耳の奥に響いた。




 王都で宿を取り、一晩泊まった後、まだ用事がある最長老を残し、ギード達は家に戻った。

今回の本の件で上書きされるエルフと王子の物語は、王子の軟禁生活に終止符を打てるのか。それは分からない。

しかし再び人気が出るならば、登場人物といえる第二王子をそのままの状態にはしておけないだろう。

ギード達とは別に褒美をと言われた養父は、ブライン王子に面会出来るよう取り計らってもらう事を希望した。

養父はおそらく娘のために、第二王子の心を探りに行くのだろう。

 王城からの戻りの馬車の中でカネルにあのダークエルフの事を聞いたが、やはり知らないそうだ。

「イヴォン隊長なら何か知っているんでしょうが」

向こうはイヴォンを知っていた。くやしそうに口を引き結ぶカネル。

国を裏から支えるといわれるダークエルフはその数も任務も公にはされない。

どんな者がいるのかも、イヴォンでさえ全体を把握出来ないそうだ。

(ああ、店の厨房の魔道具の暴走の時、そんな話してたな)

仲間のダークエルフに偽装した者にカネルは刺された。

事前に情報は入手していたが、もう少しで命を落とすところだったのだ。

カネルとは「始まりの町」広場の移転魔法陣を出たところで別れ、ギード達は森へ帰還する。

 

 家に着いてもギードは考え込んでいる。

タミリアは子供達を連れてお風呂へ行った。しばらくすると楽しそうな声が風呂場から聞え始めた。

「きゃーあ」

奇声をあげながらまだ濡れた姿でミキリアがギードの服にすがり付いた。

「おおっと。ミキ、ちゃんと拭かないと」

ギードは慌ててミキリアを捕まえる。

柔らかな甘い子供の匂いがする。

王都での出来事がまるで遠い悪夢だったような気がする。

忘れられるものならば忘れてしまいたい。しかし、それはいつか必ずギード達に訪れる悪夢だ。

「ギドちゃん、顔がおかしい」

いつの間にか目の前にタミリアがいた。抱いていたユイリを下ろし、こわばっていたギードの顔を両手でムニムニとつまむ。

「ぼめんばざい」

言葉にならない声を出して謝る。

「戦闘なら任せて。魔法剣士になって、きっちりぶっ飛ばしてやるから」

強い瞳、頼もしい言葉にギードは心から安堵し、微笑む。

「じゃ、こっちも今夜はがんばるかな」

ギードは自分も風呂場へ向かう。

その晩のギードのがんばりで、夕食は豪華になった。

タミリアの好きな酒も付けたら、上機嫌の妻が顔を寄せて来て、ふいに耳をかぷっと噛まれる。

「ぎゃあ」やーめーてー。

エルフの弱点を知られてしまったギードであった。




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