聖騎士の行方
その日、エルフの青年は……あー、もういいでしょう。子持ちですしね、いつまでも青年とはいえないから!。
そんなわけで、「始まりの町」土産物店の経営を任されているエルフの商人ギードは、いつものように森の奥の聖域で見回りを兼ねた採集を行っていた。
今日は町へ出かける予定なので早めに採集を終え、倉庫代わりの老木の精霊の木のウロへ納めて家へ帰る。
ギードの現在の棲家は聖域のさらに奥にある結界の中だ。
「ただいま」
人族の町にある館に店と部屋はあるが、事情により今はまだそこには住めない。
「おなかすいたー」
彼の妻は人族で、この国では珍しい魔法剣士になるべく修行中のタミリア。
「うぁーう」「だぁーだ」
そして1歳になる双子の子供達、エルフのユイリと人族のミキリアがいる。
家族のために生きている。ギードにはそう思える幸せがそこにあり、この幸せを壊されたくない。
この国では、エルフはとにかく問題を起こしやすい種族なのである。
実は先日、双子の1歳の誕生祝いとして、王都からタミリアの実兄家族がやって来た。商人である兄は、ギードの商売の助けになると思い、知り合いの人を何人か王都から招いた。彼らに悪気は無かったのだろうが、結果は翌日からの「珍しいエルフの子供達が見たい」という押しかけと問い合わせに、ギードの店の店員達が悩まされる事になった。
「金ならいくらでも払う」
そんな言い様に母親であるタミリアが切れ掛かった。
このままでは妻の暴走が怖い。子供達の魔力も未解明なのだ。せめてもう少し子供達が大きくなるまでは静かに暮らしたい。
ギードは常連に対して騒がせたお詫びの手紙を書き、店には『子供は店に出さない』という貼り紙をした。
おかげさまで沈静化したようだ。まあ、ちらちらと店の奥を覗き込む客は後を絶たないが。
「はいはい、すぐに朝食にするからねー」
ギードはハラペコさん達のために台所に立つ。
足元に双子が絡みつき、背中に妻が引っ付いている。
かぷっとタミリアに耳をかじられる。「ひゃっ」やーめーてー。
「だって、おなかすいたもん」
ふくれた顔もかわいぃけど、許さないよ?。
先日、ギードの店の店員である女性エルフから言伝があった。
それはこの町に住む実力者の魔術師で、白いローブを好むハクレイからである。
彼は制御魔法を得意とし、僅かな魔力で多彩な術を放つ事から「制御魔法最強の魔術師」という二つ名持ちだ。
国からの依頼で魔術の私塾も開いている。
呼び出されたのは町の歓楽街にある、少し大きめの店の奥である。
昼間なので人影は少ない。
つい最近、エルフである奥方に子供が産まれ、以前から激愛妻家だったが、ますますべったりだそうだ。
その彼からこんな怪しい場所へのお誘いなど、何があったというのか。
「やっぱり奥様には内緒で遊びたいとかー」
「バカヤロウ」
顔を見た早々こんな会話である。
ギードはため息をひとつ吐いた後、出された酒を一口舐めた。なかなか用件を言い出さないハクレイに「何か用か」と問う。出来れば早く子供達の側に帰りたいのだ。
「……エグザスのことだが」
エグザスをはじめ聖騎士5人が森の結界を襲撃したのは半年ほど前である。
森のエルフの自衛組織に捕縛され、人族の町の警備兵に引き渡された。
いくら第二王子の命令だったとはいえ、教会の聖騎士が王の意思に反した行動を取ったことは問題になった。
「王子は軟禁、他の聖騎士は謹慎。エグザスは怪我が酷かったので治療後に謹慎となった」
あー、エグザスの怪我はタミリアのせいだったー。薬や魔法で一気に治してはもらえなかったらしい。
まあ結構怒ってたから仕方ないー。
聖騎士達は寮の部屋の中で今後の身の振り方を考えるよう言われたそうだ。聖騎士団は解雇である。
「国軍の下っぱから始めるもよし、軍人を辞めて一般人になるもよし」
その場合は田舎に帰るという者が多いそうだ。王都ではいろいろと不都合なのだろう。
エグザスは確か教会の孤児院育ちだったはず。
「エグザスさんはどうされたんでしょうか」
ギードの問いにハクレイは苦虫を噛み潰したような顔になる。
椅子から立ち上がると部屋の背後の、何も無い壁を叩く。すると魔術で隠蔽されていたらしい部屋が現れる。
ギードはハクレイの魔術に感心していた。ここまで完全に人の気配が感じられないのはすごい。
その部屋から、以前の白銀の鎧の聖騎士の姿からは想像も出来ない、やつれた姿のエグザスが出て来た。
「ギード、すまなかった。許してくれ」
エグザスは床に座り込み、頭を下げ続ける。森の結界の事を教えたのは彼だったそうだ。
「許すも何も、すでにタミちゃんが形をつけてくれましたから」
自分はそれ以上何もする気はない。
エグザスが寮を出る時、表立って動けないシャルネ様に頼まれ、ハクレイが迎えに行ったらしい。
「馬鹿な兄である第二王子の被害者」だといたく同情されていたそうだ。
それより大切なのは、これからどうするかである。
王からは第二王子の事もあり、恩赦という形で犯罪者扱いにはならなかったそうである。
しかし孤児院で育ち、聖騎士団に入ることしか生きる道が無かった彼は、退団後、どうすればいいのか分からないのだろう。
「飯も食わず、酒ばかり」の毎日らしい。
それでも剣の腕と神聖魔法の使い手であることには変わりはない。
「シャルネ様もこれ以上実力者を手元に置くわけにもいかないし」
この地方の領主であり、国王の外戚という名目で実は婚外子であるシャルネ様には、既に護衛として実力者で騎士のヨメイアとイヴォン師匠をはじめとするダークエルフ隊が付いている。
その上この町にはハクレイとタミリアという実力者がいるし、完全に戦力過多であった。
あまりにも戦力が偏ると国としては反乱などといらぬ心配までしそうだ。ハクレイはエグザスの痕跡を残さないように、慎重にここまで連れて来た。
ギードの場合は実力者といっても守護の結界力を認められているだけなので、戦力には数えないらしい。
「どうか身の振り方を考えて欲しい」
「自分に相談されてもー」
ギードは首の後ろを掻きながら、床にうずくまるエグザスを見る。引きこもりで、人族でもない自分には聖騎士がどうなろうと知ったことではない。
しかし実力者ならば私兵として雇いたい者が多いだろうに。
「この状態なのにか?」
ハクレイは片眉を吊り上げて、無精ひげで酒臭い元・聖騎士を嫌そうにちらりと見る。
タミちゃんからはあんた達、結構仲良しって聞いてたんですけど。ギードはエグザスに椅子に座るように促した。
お人好しでまっすぐな性格のエグザスは嫌いではない。
彼は頼まれると断れない、やさしく不器用な人だ。
王都の孤児院で、大勢の孤児達に囲まれて育ち、大人になってからも自分の給料のほとんどを教会に寄付していたのは有名な話である。
「俺は聖騎士で一生を終わるつもりだった」
それ以外の人生を考えたこともない。聖騎士団員の多くは引退しても教会内に留まり、後継を育てたり、聖職者になる者が多いという。
彼は教会のために働いて、その教会から追放された。納得出来ずに荒れているのも分かる。
ギードは自分用に持ってきた酔わない酒を荷物から出し、エグザスに勧める。
「教会に復讐でもしますか?」
ギードの冗談交じりの言葉にエグザスはすぐに首を横に振る。
教会にはお世話になった知り合いや彼に憧れる子供達が多くいる。解雇になったとはいえ、それは表向きだけで、誰もエグザス達が悪いとは思っていない。
薬草の入った酒は彼の心を落ち着かせたようだ。
「どこでもいい。誰もいないところでしばらくは剣を振るさ」
魔法の塔の町の郊外にある、魔物の森でも行こうかなと小さな声でつぶやいた。
国の実力者がひとり、下手をすればそのまま戻らない、ということもある。それはそれでもったいない話だ。
腕組をして考え込むギードを、ハクレイがじっと見つめている。
ハクレイは「ギードなら何とかしてくれる」と変な自信があった。
この得体の知れないエルフは、あのタミリアを篭絡し、子供まで作っている。
エルフとしては目立たない容姿なのに、いざとなると悪知恵が働き、恐ろしく強い精霊を操り、魔道具の知識も豊富である。
何より、ハクレイは子供の件では彼に頭が上がらない。
「俺からも頼む。何とかしてやってくれ」
ハクレイも頭を下げる。
本人も回りも納得出来る方法。そんなものあるのか?。
ギードは閉じていた目を開いた。
「準備に二日、下さい。その間に長期間の旅の準備をしておいて欲しい」
二日後の朝、シャルネ様の領主館で会う約束をする。
そしてこの町にいることを隠している彼に、変装のための魔道具を貸し出す。
迷いながら受け取ったエグザスは、まだ気持ちを決めかねているようだ。
「どうせ聖騎士には戻れないんだ……」
そうそう、諦めも肝心ですよ。そしてギードは「どうせ飲むなら」とエグザスに自作の酒を置いて行く。
その足で領主館を訪れ、エグザスの今後についての話し合いをする。
「……いいのですか?」
ギードの提案にシャルネ様と、護衛のためその場に居たイヴォンもとまどっている。
しばらくの間、ギード夫婦がエグザスを預かる事にしたのだ。
「ええまあ、シャルネ様さえよろしければ」
おそらくエグザスの情報を隠し通さねばならないシャルネ様は大変だろう。先に一言謝っておこう。
家に戻ったギードは、夕食の準備に取り掛かる。
今日は一日子供達の世話をしていたタミリアが台所にやって来た。
「おかえりー」
町で買って来たタミリアのお気に入りの屋台の料理を出す。
匂いに気づいた子供達も、テーブルに手をかけて何やら唸っている。
そして楽しい夕食後、子供達を別室で寝かしつけ、改めてタミリアと向き合うギード。
「ハクレイさんからエグザスさんの事で相談を受けた」
温かい薬草茶を飲みながら、タミリアは黙って聞いている。
王都から逃げ、酒に逃げ、自暴自棄になりかけている。魔物の森でも行こうかという話をしていたと。
「そんな話をギドちゃんにするなんて」
タミリアは、夫が無茶振りされていることに憤る。やさしいなぁ〜、とギードはうれしくなる。
妻を見ながらニヤニヤしていると足を抓られる。
「イタタ」
実はあまり痛くない。ニヤニヤの続きである。最近、タミリアもその悪い笑顔に慣れてきたようだ。
しかしここからは真面目な話なので、気を引き締める。
コホンッ。
「うちで雇うことにした」
「えぇ??」
金ならある、といえばある。通常の実力者を雇うには足りないかも知れないが、今ならエグザスは格安物件だ。
「タミちゃん、迷宮にエグザスさんを連れて行きなよ」
「ギドちゃん……」
迷宮の隠蔽に力を注いでいるギードが何故、とタミリアが困惑した顔になる。
タミリアも王都を出たばかりの頃から、エグザスには助けられてきた。まっすぐで正義感が強く、何度もタミリアを叱ってくれた。
出来るなら助けたいとは思った。でも怒るときは怒らないといけないので、森ではぶっ飛ばしておいた。エグザスもそれは分かっていたはずだ。
「タミちゃん、魔法剣士になれるよ」
タミリアが目を見開く。
出産の件もあったが、遺跡に篭り、ずっとひとりで修行してきた。正直、いくら脳筋でもひとりでは行き詰まりを感じていた。
ギードは遺跡の調査には同行するが、剣の相手は出来ない。だが、エグザスは剣の達人であり、神聖魔法の使い手である。
「いっしょに修行すれば、きっと何か掴めるよ」
「ギドちゃん」
顔をそむけたタミリアの肩が揺れていた。
「さて、寝ようか」話は終ったとギードは立ち上がり、彼女に背を向ける。
その夜、タミリアは長い間、子供達の寝顔を見ていた。
二日後、領主館の地下の移転魔法陣にギードとエグザスが立っていた。
「ではシャルネ様、あとはよろしくお願いします」
「分かったわ。食料の配達は任せて」
タミリアの分はギードが何とかするが、エグザスの分は頼ることにした。
ギードとタミリアは今はこの町に住んでいない事になっている。用事がある時だけ現れるので、間違ってはいないが。
実力者の情報というのは、力を重んじるこの国では優先順位が高い。
エグザスには行方不明となっていただく。どこからどのように漏れるか分からない。脳筋祭りで実力者の頂点に立ったダークエルフのイヴォン師匠でさえ、そのすべてを隠蔽するのは難しいのだ。
「なあに、隠せないなら撹乱すればいいのさ」
それでしばらくは持つそうだ。頼もしい言葉をいただいた。
迷宮地下3階の安全地帯ではすでにタミリアが武装して待ち構えていた。
「行くわよー」
嬉々としてエグザスを引きずって、調査という狩りに出かけて行った。
ギードは微笑みながらそれを見送り、この場所にエグザスの拠点を作っておく。
寝床や食料の保管庫。水や簡単な竈など、長期間生活に困らないように用意していく。
体力と魔力回復薬、酒も少しだが用意しておいてやるか。自作の酔わないやつだけどなー。
ひとり家に戻ったギードは、精霊と遊んでいた子供達を抱き寄せる。
「しばらくお母さんは修行に専念するから、お父さんが遊んでやるぞー」
ギードが大声で煽ると、キャーーッと喜声をあげる子供達。
これからタミリアが何かを掴むまで、あるいはエグザスの気が済むまで、迷宮での修行は続くだろう。
「家のことなら心配いらない」
ギードは前の晩にタミリアと約束した。
「あと2年。子供達が3歳になるまではこの家にいる」
その後は町へ拠点を移すつもりだ。子供達にも友達が必要になるだろうから。そのためにも魔力の使い方を教えなければならない。それはギードの仕事だ。
「タミちゃんが魔法剣士になるのが早いか、子供達が魔力を扱えるようになるのが早いか。競争だよ」
にっこり笑ったギードにタミリアは珍しく正面から微笑んだ。
覚悟した彼女の笑顔は美しかった。
惚れ直した。
抱き締めて口付けしようとしたら飛ばされたのはいつものことなので割愛……。




