ふれあう手 2
何故か夕方からその館で双子の誕生日会が行われた。
元・料理人である弟子が腕によりをかけ、お客様も次々と訪れる。
客といっても義兄の商売関係の者が多かった。
エルフが経営する辺境の町の珍しい土産物店ということで、王都からも義兄の伝手で商売の下見に訪れたという者が多いようだ。
義兄なりにギードの商売に協力しているつもりなのだろう。
贈り物や料理が山になり、双子はたくさんの物に囲まれ、ただ目を丸くしている。
ギード達は呆れて物も言えない状態だ。
「一体どうしてこうなったんだ」夫婦は頭を抱えた。
この夫婦は人付き合いが得意ではない。ひっそりと森の奥の、結界に守られた遺跡に一家族だけで住んでいるくらいだ。
ギードはちらりとタミリアを見る。その腕には同じ髪の色をした小さなミキリアを抱いている。
あれはタミリアの防御の姿勢である。見知らぬ者から彼女なりに子供達を守っているのだ。
まだ大丈夫そうだろうか。ギードは彼女の暴走を心配している。
大人しいユイリの方は、店の従業員であるフーニャの腕に収まっている。
人の多さにびっくりして固まっているという感じだ。
エルフ同士であればいざとなれば精霊に頼める。離れていても精霊が繋いでくれるのだ。
ギードは会場となっている店の中をぐるりと見回す。
店の隣にある相談室と合わせ、3つのテーブルを持ち込み、立食式にしている。
中心にあるのは大きな双子の天使の形をした焼き菓子だ。王都で作らせたらしい。先ほど店に届き、間に合って良かったと義兄は喜んでいた。
双子のお披露目のように皆の注目を集め、義兄の音頭で乾杯が始まる。
誰もが双子にかまい、手を広げて抱き上げようとする。
まあ、タミリアが抱いている子供には手は出せないだろうが。
ギードはため息をつく。
義兄夫婦が来た時点で派手になりそうだとは思っていた。
自分達の再・結婚式が行われた王都でも、僅かな時間しかなかったはずなのに、盛大な宴会を催されてしまった。
あの時は他に目的があったので、さらりと流してしまったが、今回はそうもいかないだろう。
これは自分達の子供のためなのだから。
ギードはすっと気配を消す。これだけ雑然としていれば簡単だ。
森の民である彼は、狩りの腕は上がらなかったが、他の者や獣から逃げることに関してはかなり上達している。
厨房に入るとほっとする。弟子である料理人はすでに作り終えて会場の方で飲み食いの最中だ。
ギードはいつもは試食用や朝食に使っているテーブルに真新しい布を掛ける。
念のため搬入しておいた、テーブルの高さに合わせた子供用の小さな椅子を二つ設置する。
戸棚から鍋を出す。昨日から作っておいたスープを持参していた。
「あのー、何をなさってるんですか?」
声をかけてきたのは、この館で護衛の任務に就いているダークエルフのカネルさんだ。
「料理ならあそこにたくさんー」
賑やかな、扉の向こうを指差す。
ギードはほんの少し微笑んで、手を休めず皿やコップを出して行く。どれも小さな子供用の、軽く持ちやすく作られた物だ。
タミリアの好物の肉を薄く切ったものに野菜を載せた物。パンもしっかり焼いたものを食べやすい大きさに切っていく。
フォークやスプーンを並べ、最後にコップと、野菜と果汁を混ぜた少しどろりとした飲み物を用意した。
(古の精霊様、準備が終わりました)
影から虹色の光が生まれ、ギードの背後に半透明のエルフの騎士が現れる。
「カネルさん、お願いがあるんですがー」
宴もたけなわ、酔っ払いが増えていく。
ギードの店を会場にした、双子の1歳の誕生日会は当の子供達には全く関係なく進む。
甥っ子は大人達から離れ、隣の部屋でお菓子や料理をもらい、ひとりで座っていた。
「やあ」
ギードがニコニコしながら話かける。不思議そうな顔をした甥っ子に誘いをかける。
「改めて、君をお誕生会に招待しよう」
「ぇ?」
ぽかんとする甥っ子の手を握り、ふたりは厨房の中へ入る。
甥っ子は厨房の入り口が少し金色に光っていると感じたが、黙ってついて行った。一人でいるのはつまらなかったからだ。
そこには小さなテーブルに料理の皿がいくつか並んでいた。
椅子を勧められて座ると、かわいらしく飾られた贈り物の箱がテーブルの真ん中に置かれていた。
それは三つあり、名前が書かれている。
「僕の名前……」
双子の名前だけでなく、甥っ子の名前の書いた箱もあったのだ。
「それじゃ、お祈りしようか」
彼がハッと気がつくと、双子も叔母のタミリアも席に着いていた。
一家族と一人は簡単に神に感謝の祈りを捧げる。エルフと人族では神は違うはずだが、それにはあまりこだわらない家族である。
感謝する、その心が必要なだけだから。
「美味しい」
「いつもありがとう、ギドちゃん」とタミリアがギードの頬に口付けしている。
ひとりひとりの食事の量に合わせた皿がそれぞれの前に置かれている。
甥っ子のスープは双子より多く、タミリアより少ない。肉料理はギードは少なく、タミリアは多い。
飲み物も子供用で、ただの果汁ではなく、見たこともない、何かどろりとした液体だった。
「飲んでごらん。体にいい野菜と果物を合わせて作ったんだ」
ギードの自作だと聞いて甥っ子が驚いている。味は確かに美味しかった。
でも、料理は料理人がするもので、決して主である男性がするものではない、と聞いている。
あれもこれもギードの手作りだと聞いて驚きを通り越して不気味に感じているようだった。
エルフとは皆こんな者達なのだろうか、甥っ子は疑いの目になっている。
1歳の子供の食事など、そう時間がかかるはずがない。
さっさと終らせ、食後のお楽しみが始まる。
三人の子供達の前に箱が置かれる。
甥っ子はギード夫婦と箱を交互に見ながら悩んでいる。
「今までお祝いしてあげられなかったからね」
それは君の分だよ、と言われ、やっと箱に集中する。
双子は本と地図を箱から取り出し、すぐにタミリアに取り上げられている。代わりに特別製のお菓子をもらっていたが。
「こ、これ、魔道具?」
再び目を上げギードとタミリアを見る甥っ子。
「おもちゃだよ。転がしてごらん」
丸く、子供の手のひらにちょうどいい大きさで柔らかい感触だが、転がしても投げても、必ず自分の所に戻って来る。
何の教育にもならない、遺跡から出た子供だましのおもちゃである。
でもきっと何か意味があるのだろう。ギードはそれを考えるのが楽しいのだ。
甥っ子も興味を持ってくれるといいが。
甥っ子は、さっきまで不気味だと思っていたエルフに対する警戒があっさり消えた。
夢中になって転がして遊んでいると、双子がそれを見つけ寄って来る。
「ここは狭いから、向こうの部屋で遊ぼうか」
彼は落ち着いている。さっきまでなら自分のおもちゃを双子が奪うかもしれないと怒ってしまったかも知れない。
でも今は「これは自分の物だ」という確信があるから、小さな子に対しても割りと余裕がある。
甥っ子は丸いおもちゃを持ち、双子を連れて金色の光が消えた厨房を出る。
ギードは食事の後片付けを始め、タミリアは子供用じゃない食べ物と酒を要求した。
いつの間にか会場は静かになっていた。
ギードは精霊に頼んで厨房を結界で覆ってもらっていた。黄金色の結界は、他の者からは見えていても入れない。声も届かないようにしていた。
厨房の中で開かれた小さな誕生日会は、ほんの少しの者の目にしか留まらなかった。
それでもその暖かな雰囲気は伝わったようで、この家族と甥っ子の邪魔をする者はいなかった。
カルネ達に頼んで、子供達がいない事を気にする者には、子供達の機嫌が悪いので別室で休んでいる事にしてもらっていた。
すでにほとんどの者は帰っており、義兄は泥酔して他の部屋へ引きずられて行った後である。
結界が解かれた厨房から子供達が姿を現すと、兄嫁がすぐに近寄って来た。
彼女には心配させないよう、あらかじめ話をしておいた。
おもちゃを手にした息子に「よかったわね」と微笑んでいる。
甥っ子は母親に見せるようにおもちゃを転がす。
「ほら、すぐ戻ってくるんだよ」
自慢げに話し、うれしそうに微笑む。
双子もおもちゃが転がり、戻る度に手を叩いて喜んでいる。
活発なミキリアが転がるおもちゃを捕まえようと追いかける。
「危ないよ」
甥っ子はおもちゃを拾い上げると、ミキリアが走り回らないように、すぐそばに転がしてやる。
ミキリアは足元を転がるおもちゃをくるくる回りながら追いかける。
大人達も甥っ子も、その姿を笑いながら見ている。
「ほら、そっちだ」
何度目かにやっと捕まえたおもちゃを、ミキリアが誇らしげに持ち上げた。
そしてそれを口に入れようとした。ミキリアは普段から興味があるものを何でも口に入れてしまう。
「あ、ダメだよ。ミキちゃん!」
甥っ子はミキリアにメッと怒っているよとふくれた顔を見せる。
「あーーーうーー」
せっかく手に入れたおもちゃを取り上げられたミキリアが負けじと声を上げる。
「だめ!」
取り上げた甥っ子とミキリアがにらみ合う。
口を出そうとした兄嫁を止め、様子を見守る。
「これは口に入れちゃだめなんだよ」
そう言って甥っ子はおもちゃを口に入れるふりをして、そして思いっきり苦い顔をした。
「げーーー」っと大きな声を出した甥っ子をミキリアが大きな目を見開いて見ている。
甥っ子が苦しそうにもがき、床に倒れた。大人が見れば嘘だと分かるが、1歳の子供にしたら訳が分からないだろう。
ミキリアは泣きながら甥っ子から離れ、母親のタミリアの側に急ぐ。
「大変だー」
棒読みの台詞を吐いて、ギードが甥っ子の側に行き、魔法を唱える振りをする。
「わあ、助かったー」
子供らしい元気な声で甥っ子が立ち上がる。
ぽかんとしていたミキリアが、そろそろと心配そうに甥っ子の側に歩いて行く。
その後を追いかけてユイリも続く。双子に足を掴まれた甥っ子は困ったように、うれしそうに笑う。
もう大丈夫だよと双子の頭を撫で、おもちゃを取り出して再び転がし始める。
ユイリの側に転がるおもちゃを、ミキリアもいっしょになって追いかけるが、もう口に入れようとはしなかった。
翌日、兄夫婦を広場の移転魔法陣で見送った。
「色々とありがとうございました」
深々と頭を下げるギードに二日酔いの義兄が罰が悪そうな顔をする。
「あ、いや、逆に申し訳ないことをした」
ギードの商売を助けようとしたはずが、返って邪魔をしたような気がする。
「いえいえ、また来てください」
そう言って甥っ子に微笑みかける。
しっかりとおもちゃを手にした甥っ子は「はい!」と元気良く答えた。
魔法陣が発動するまで彼は手を振っていた。
そして母親に向かって「妹か弟が欲しい」とねだっているのが聞えた。
後日、王都から手紙が届いた。
兄嫁からは丁寧なお礼と、詫びが書かれていた。
あれ以来、息子が「僕は双子のお兄ちゃんだから、しっかりしないと」が口癖になったそうだ。
タミリア宛の手紙には、兄がすっかり反省していると書いてあったそうだ。
「厳しかった父親が嫌だったはずなのに、同じことをしてしまっていたらしい」と。
甥っ子が年齢より幼かったのは、言葉ではうまく言えない気持ちを、彼なりに行動で示していたのだと思う。
「あの子もタミリアと同じ不器用な奴だったんだな」と書いてある。
あー、不器用じゃなくてですねー、寂しがり屋さんですー。
ギードは心の中で訂正しておく。
最後の方にはやはり「それでも子供の前で暴力はー」とあり、相変わらずの義兄であった。
「暴力じゃないしー」
タミリアの目がコワイ。
「うんうん。愛情表現だよねー」
真っ赤になったタミリアに、今日も飛ばされるが、以前よりはやさしい……かもしれない。




