新たなる問題 1
今までどおり一作づつの短編を繋いでいく形ですが、連載形式としました。
よろしくお願いします。
名も無い世界の名も無い大陸、ある国のある森にエルフの青年がいた。
あー、実は彼には人族の女性である嫁さんがいる。
そしてこの度、めでたく子供が生まれた。
「たーだーいーまー」
上機嫌で帰って来た妻を、食事の用意をしながら迎える夫。
「おかえり、怪我は無い?」
「もっちろーん」
大量に物が詰められたカバンを下ろし、子供達が眠る木のベッドを覗き込む。
全く同じ二つの小さなベッドには、それぞれ赤ん坊が眠っている。
まだ産まれて三ヶ月と経っていない。
一つには金色の髪と白い肌、瞳の色は紫水晶で、特徴的な耳を持つエルフの男の子。
もう一つには藍色の髪と白い肌、瞳の色は深い翠で、こちらは人族の女の子。
「いやーん、わが子ながらいつもかわいぃ」
「奥さん、その天使達に触りたかったらまず手を洗おうね」
「はあい」
素直に返事をして奥さんは身奇麗にするために部屋を出て行く。
夫の方は、妻が置いていった荷物を確認し、他の部屋へ運ぶ。
そしてふたりが揃ったところでいつもの夕食が始まる。
「今日も子供達はおとなしくしてた?」
妻の言葉に夫は頷く。
「うちで一番手がかかるのは目の前にいるからね」
むぅと膨れた顔もかわいいなーと思ってニヤニヤしていると、足を蹴られた。
エルフの青年はいろいろあったが、今はかわいい奥さんと子供に囲まれ幸せに暮らしている。
この物語は、そのエルフの青年と、彼の人族の奥さんと、その子供達のお話。
何やら色々すっ飛ばした感じはするが、そういうことなので、ひとつよろしく。
エルフの青年の名はギード、彼の妻は人族で魔術師のタミリア。
ふたりは今、エルフの森の最深部、結界に守られた遺跡の中で暮らしている。
ある事情により、遺跡の中にある家の一つを改装して住んでいるのだ。
この遺跡には小さな村くらいの軒数の建物が建っているが、他はすべて無人である。
かなり朽ち果てた建物だったが、古の精霊が他の精霊を脅……頼んでくれたので、そこそこの出来である。
ギードはこの遺跡の守護者である老木の精霊の使者を任されており、同時に人族の町である「始まりの町」で商人をしている。
タミリアは魔術師であるが、魔法剣士の修行を兼ねて遺跡の内部調査を行っている。
彼女が持ち帰るのは遺跡内部で見つかる魔道具や倒した魔物の素材などであり、それを扱う店に卸したり、研究したりするのもギードの仕事の内である。
「そういえば手紙が来てるよ」
ギードの店から二日に一度、店員である女性エルフのフーニャが商品を受け取りに来る。
その時に売り上げや、町の状況を聞いたりするのだが、その日は手紙を預かった。
「ハクレイさんからだね」と、それをタミリアに渡す。
それは白い魔術師と呼ばれるタミリアと長い付き合いのある人族の男性である。
彼女は食後の薬草茶を飲みながら手紙を読む。
「子供が産まれたの、バレたっぽい」
「あー……」
実は人付き合いがあまり得意ではないこの夫婦。
タミリアが妊娠したと分かった時点で、誰にも内緒で遺跡に篭っている。
何せ普通にからかわれただけで脳筋嫁が何をしでかすか、分かったもんじゃないので。
店の商品の受け渡しは遺跡の外で行っており、結界内には誰も入らせていない。
「やっぱり子供用品を買ってたのを見られたかな」
夫婦揃ってこの国に実力者と認められている。つまり顔が売れているのである。
騒ぎになると分かっていたので、こそこそと知らない町まで行って買い物してきた。
「どうしよう」
ちょっと嫌そうな顔になる妻に、こともなげに夫が答える。
「んー、別にどうしようもないけど」
結婚5年目に突入したし、今更恥ずかしがってもしょうがない。
まあ、うちの天使達はかわい過ぎるから騒がれるのはしょうがないしな。
出来るだけ騒ぎにならないように治めてもらうしかないだろう。
「とりあえず来いっていうから、顔出してくるよ」
久しぶりに店にも顔を出すか。一応店主として店の方も気になるのである。
「じゃ、明日は私が子守するねー」
どちらかが仕事の時は、片方が子守をする。
特にどちらかが中心になって面倒を見るということはなく、協力し合っている。
今はまだベッドから動かない子供達だが、いずれは手がかかるようになるだろう。
かわいい天使の時間は一瞬だ。少しでも傍を離れたくないと思ってしまう。
ギードは翌日、心を鬼にして町に向かった。
「おはよう」
教会前通りにある土産物店。その裏口から入るとすぐに厨房である。
店の方は昼少し前に開店なので、販売を任せているフーニャはまだ来ていない。
「おはようございます!、店長」
厨房にいるのは、王都からギードに弟子入りするためにやってきた人族の料理人だ。
今は店員として厨房を任せている。
厨房といっても土産物店なので、せいぜいが菓子や薬、あとは店に出入りする者の食事の用意くらいである。
元はタミリアの実家で働いていた料理人なのでもったいない気もするが、人族の食事に関しては任せられるのでギードにとってはよい人材となっている。
何せこの店がある建物は、ある高貴な方が所有しており、時々ここで食事もなさるからだ。
エルフである彼には対応しきれない事もある。
今はほとんど森の奥に篭っているしね。
「あのー、これ、味見してもらえますか」
ギードは店員の指導にこだわりはないが、商品に関してはかなり及第点が厳しい。
彼は自分自身にも厳しいので、店員も納得し見習っている。
「うん、だいぶ安定してきたね。いいでしょう」
ギードが用意したエルフの森で採れる妖精の蜜といわれる花の蜜を使った飴である。
あまり量が採れないため、希少品である。
それを王都のタミリアの実家から送ってもらっている特殊な紙に、一つずつ包んでいく。
少し歪だが透明の瓶に入れ、厨房の冷暗所の棚に置く。
「ちょっと出かけてくる」といってハクレイの家に出かけた。
もう少しで用事を忘れるところだった、危ない危ない。
何かを作る作業ってつい没頭して、他の事忘れちゃうんだよねー。
町の北西にある高級住宅街は、その周りを魔法防御付きの高い鉄柵で囲まれている。
そこを出入りする場所は二箇所しかなく、門番もいる。
「お待ちください。許可証を拝見します」
この地方の領主からもらった身分証を出して、何事もなく通ることが出来た。
実を言うとギードは、ここを通るのは初めてなので少し緊張した。
高級と付くだけあって、りっぱな館が並ぶ通りを歩く。
普段歩いている町中と違って、人も少なく静かだった。
「おや」「あ、こんにちは」
知った気配があるなと思ったら、黒騎士隊の隊長さんだった。
王都の国軍にいるはずじゃなかったかな。珍しい。
ハクレイの家に行くと話したら、あとで領主館にも寄るように言われてしまった。
「分かりました。時間があれば伺います」
久しぶりに領主のシャルネ様の顔でも見て来ますか、最近会ってないし。
(きっと邪魔くさい事になってるんだろうなあ)
実力者がふたりも隠遁生活をしているのだ。国に関係する人間なら心配するだろう。
ため息をつきつつ、ハクレイの館へ向かう。
「来ーたーなー」
館に入るなりハクレイに襟首を掴まれる。
銀髪で長身、いつも白いローブ姿の魔術師は不機嫌そうだ。
ハクレイの奥様はエルフであり、彼の拘りにより館の使用人はほぼ人族の女性である。
その使用人さんたちが驚いていますよ、手を離してください。
目で抗議するも無視され、引きずられたまま居間へと連れて行かれた。
「あら、いらっしゃい、ギードさん」
「お久しぶりです、奥様」
丁寧に接しておかないと後で怖いのだ、白い悪魔が。
奥様の向かいの長椅子に座らされ、逃がさないためか、隣にハクレイが座った。
「で、噂は本当なのか?」
「えっと……子供の事、でしょうか?」
「あたりまえだ!」
ハクレイはギードの襟元を掴んで顔を引き寄せる。何故首を絞められているんでしょうか?。
「ハクレイ、おやめなさい」
おだやかな奥様の一言で手が離された。
「ええ、まあ、一応」
いつだ、オトコかオンナか、元気なのか、どうやってー。
「質問が多すぎます」
ハクレイを宥めながら、奥様が入れてくれたお茶を頂く。
彼が興奮しているのも分かる。
ハクレイ夫婦も子供が出来にくいといわれる人族とエルフ族の夫婦だ。
しかもうちよりも結婚して長い。
「ふふ、ごめんなさいね。でもまずは、お子様の誕生おめでとうございます」
「ありがとうございます」
奥様とはのんびりとした会話を交わす。
「お前達が姿を消したのは脳筋祭りが終ってしばらくして、冬だったな」
ハクレイさん、脳筋祭りって……酷いなあ。普通に収穫祭でいいでしょうに。
それに、その翌年は王都で開かれた祭りの名は感謝祭じゃなかったでしょうか。
何に感謝しての祭りなのかは知りませんけどね。
「あの年はドラゴンが来なかったからおとなしくしてると思ったが」
遺跡から一旦戻ったのは、ドラゴンの情報を得るためだった。
「ええ、タミちゃんも期待してたんですがねー」
ほんっとに宥めるのに大変でしたよ。そのまま春が来て結婚4年目を迎えた。
ちょうど妊娠が発覚したので、ある意味助かったけどね。
身重で討伐に参加なんて、あー、やりかねないので怖い。
その頃にはほぼ森に篭っていた。
老木のじーちゃんのウロの部屋では人族であるタミリアが充分に休めない。
そのため考えたのが結界の中である。
あそこならば森の防衛機能も結界に阻まれるので、中に入ってしまえば手が出せない。
遺跡内部はまだ完全に調べ終わってないので何がいるかは不明だ。
しかし地上には、今のところ弱い獣くらいしか発見されていない。
生活するだけならば問題はなさそうだ。
(古の精霊もいるしね)何かあれば頼れる存在もいる。
ギードは安心してそこで生活を始めた。
脳筋嫁が寝込む直前まで遺跡内部で魔物をぶっとばしていたのは全くの予定外ではあった。
そして出産後、またすぐに始めたのも……。
うん、脳筋って治らないよね。
「赤ちゃん、見てみたい」
ハクレイの奥様が小さな声で呟く。じっと上目遣いでこっちを見てくる。
「かわいいんでしょうねぇ」
それはもう、って乗せられませんよ。
まだ小さいので森の外に出すわけにはいかないので。
ギードがただニコニコと話をはぐらかすので、ハクレイは意を決して話を始める。
「どうやったら子供が出来るのか、教えてくれ」
がばっと頭を下げる。
「えぇ??」
目が点になる。
「あ、いや、そういうんじゃないぞ!」
ハクレイの顔が真っ赤になっている。
ええ、分かってますとも。顔がニヤケてしまうのは仕方ないでしょう。
作り方、ではなくて、妊娠する、ということですよね。
実はギード達は古代エルフ遺跡にある、子供が授かる場所というのを発見した。
そのお陰でこうして子供に恵まれたと思っている。
それを話してもいい。
しかし、そこへ行けるのは遺跡の管理を任されているギード達だけなのである。
話せばこの夫婦は行きたがるだろう。
特にハクレイは夫人が止めても行く気だろう。
万が一、この夫婦にだけ話するとしても、どこで漏れるか分からない。
次は誰が来る?。第二王子か?。この町にも人とエルフの夫婦は何組かいるはずだ。
この町だけでなく国中に情報が広がったら、恐ろしいことになるだろう。
それでは困るのだ。
しかし、あのハクレイがこうして頭を下げている。
うーん。
「お断りさせていただきます」
にっこり笑ってすぐに指輪を発動。タミリアの元へ帰還する。
伴侶の元へ飛ぶ指輪の転移魔法は、相手が承認するまで発動しないので少し時間がかかる。
しかし今日はタミリアは家で留守番中。
途中で指輪を発動する事は事前に打ち合わせ済みである。
お陰で、ハクレイがギードを締め上げようとする直前に無事発動した。
「ふぅ、ただいまー」
「おかえりー」
本来なら結界内には飛べないものだが、そこは守護者の使者の権限を大いに活用している。
最後に見たハクレイの顔は、驚きと怒りに溢れていた。
しかし今はまだ彼らに話す訳にはいかない。
(もう少し調査結果が出るまで待ってくださいな)
期待させる言葉も、今の彼らには毒にしかならない。
これでまた町へは行きにくくなってしまったなあ。
そう思いながら、かわいい子供達に触れ、妻の頬に口付けを落とす。
「さて、夕食何がいいかな?」
台所に向かいながらタミリアに注文を聞く。
「うーん、何でもいいよー」
そういうだろうと思った。ちゃんと買い物はしてきたよー。
しっかりと手放さなかったカバンから、町で手に入れた食材を取り出す。
こうして家族4人、これからも幸せに暮らしていけるだろうか。
(たぶん無理だよねー)
ハクレイの形相を思い出しながら、ブルっと身震いしたギードであった。




