第九十九話 貧ぬーとすめり
「な、なに言ってんのっ。このエロリーマンっ! キモいキモいキモい……」美々さんに変装したとおんが言う。
「いや、エロとかそういうことじゃなくて、純粋にスパイとして敵を見破る観察力が……」
「だいたい胸だってそんな違わないわよ」
いや、かなり違うと思うのだが……
「見破ったのは胸とかってことじゃないでしょ。美々の変装が甘いのよ。太っている美々が悪いのよ」
「ちょ、ちょっと待って、とおんちゃん。わたくしは太ってなんかないですわよ」
「いや、前から言おうと思っていたんだけど美々の体型は押し付けがましいのよ。少しダイエットした方がいいんじゃない」
「押し付けがましいってどういうことですの? ナイスバディのわたくしがどうしてダイエットしなければいけないのです? あなたこそ胸をもうちょっとなんとかした方がよろしいのではなくって」
「なんとかってどういう意味よっ! デブに言われたくないわ」
「デ、デブですって!」
「そうよ。だいたいね、デブは汗っかきなのよ」
「あ、汗なんかかいてないですわ」
「かいてるでしょ、顔テカってるわよ」
「テカってなんかないですっ」
「テカってるわよ」
「くーっ、胸がないから、私の豊かな胸に嫉妬してそんなこと言いますのね」
「胸はちゃんとあるわよ。身体が細いから目立たないだけで脱いだらちゃんとあるんだから」
「あら、ごめんなさい。てっきり胸がないのがコンプレックスなのかと」
「コ、コンプレックスってどういう意味よ!」
「劣等感という意味ですわ。胸の小さい女が胸の豊かさに憧れ、自己が劣っているということを恥じ入る感情ですわ」
「劣等感なんてないわよっ! あ、あんたね、デブで汗っかきだから時々くさいのよ」
「くさくなんかないですわっ!」
「いーえ、くさいわ。汗と香水の匂いで吐きそうになるし。スメリーなのよっ!」
「ス、スメリー!」
「吉良守じゃなくってスメリ守美々って改名したらいいじゃない」
「そっ、そんな名前ありますかあ! この貧乳がっ!」
「だっ、誰が貧乳なのよっ!」
「あなたこそ、宵宮貧乳って名前にしたらいいじゃないですのっ」
「とっ、「と・お・ん」と「ひ・ん・に・ゅ・う」じゃ全然違うじゃない!」
たしかに文字数だって合っていない。
「『ん』が合ってますわね」と美々。
一文字だけですが……
「いや、とおんの胸は大きい方じゃないけど、でも小さいのは小さいなりに趣が……」
「小さくないって言ってんだろうがっ! このキモ男っ!」とおんがにらむ。
「ちっ、小さい胸が好きだって言うの!? フェ、フェチ?」と美々さん。
いや、フォローだから……
「いや大きい胸も好きですけど…… そういうことじゃなくって、お互いに罵り合っても建設的ではないし…… それに俺は美々さんの匂いっだって色っぽい匂いだと思うけど……」
「フェ、フェチだ! 匂いフェチだ……」とおんが目を見開いた。
「フェチとかじゃなくて」これもフォローとして言っただけで。
「私たちが思っている以上に変態だったのね」と美々さん。
「ね、そろそろお互いに傷をえぐり合うのはやめに……」
「傷なんてないっ!!」
二人声を合わせた。
「だいたいこうなったのも睦人のせいでしょ」ととおん。
「そうですわよ」と美々さん。
「いや、むしろ訳の分からないクイズが原因だと思うのだが…… 最初から変装で入れ替わったって普通に言ってくれてれば」
「それじゃ面白くないですわ。変装の出来を確かめるために、実験してみたかったのですし」と美々さん。
「実験…… まあ、たしかにスパイの変装術ってすごいけど、でも、なんで?」
「やっと本題に入れそうですわね」と美々さん。
「次のミッションはね、変装するの。変装して敵地に潜入するのよ」ととおん。
「はあ…… で、どこに?」
「八木亜門の会社よ。やおよろずアジェンダ、あるいはUFOの設計図でもいい。とにかく秘密を探るの。それがあたしが任務を解かれないための条件ってわけよ」ととおん。
「誰に変装すんの?」
「八木亜門ですわね」ととおんの姿をした美々さんが亜門の写真を出した。いつの間にか撮影したものらしい。
「ふうん。で、どっちが?」
「はあ? なんで女のあたしたちが八木亜門に変装するのよ。あんたでしょっ!」ととおん。
「え! 俺? ま、また、俺ですか……」
「がんばってスパイのミッションで自己啓発しましょう。今回は変装ですわよお」と美々さん。
い、意味が分からん。変装と俺の自己啓発がどう関係するんだ。
「いーや、今回はきっぱり断らせてもらう。つか、だったら、とおんと美々さんが変装して入れ替わるこのくだり、まるっきりいらなくね?」