第九十六話 見舞い
「調子はどうだね? 宵宮君、今日は間島も来たんだ」入ってきた曽根美が言った。
「えっ。ど、どうも」
「ほんとはもっと早くに見舞いたかったんだけどね、任務で出雲の方へ行ってて遅くなってしまった。すまない」真島が言った。
「別に見舞いなんかいりませんけど……」
「この花、とてもいい匂いがするんだ。ここでいいかな」
どうやら間島は盗聴器の仕掛けられた鉢植えを棚かどこかに飾ったようだ。
「ところで宵宮君、あの日八木亜門はなんの実験をしていたのか聞かせてもらえないかね。いや、ざっくりでいいんだ。岩井さんに問いつめられてて」と曽根美。
「だからっ、この件については直接報告することになっていると言ったはずです。当初からそういう取り決めであたしは派遣されています」
「そお。なかなか厳格だねえ」と曽根美。
「ああそうだ、頼まれてた携帯。持ってきましたよ」曽根美が優しい声色で言った。
「あ、すいません」
「もうなくさないでくれよ。端末の紛失は手続きが面倒だし戒告の対象にもなる。貴重な情報がたくさん入っている君ならなおさらね。ほら実験の撮影もしてたんだろう?」
「……」
とおんは答えなかった。そのことさえも機密だと無言で言っているようだった。
「まったく、同じ班の中でもう少し友好的にやってくれてもいいと思うんだがね。経済部としては最大限協力してるんだ」
「ドクターに聞いたんだが、あと一ヶ月ばかりで退院できそうだってな」 曽根美は話題を変えた。
「そんなかかりません。もっと早くなるはずです」
「で、そのあとの配属だが、どうだろう…… 君は国際部に戻った方がいいと思うんだ」
「どういうことですかっ」
「いや事故もあったし、今後は相手方も警戒する。君はそれなりに目立つなりをしているしさ……」
「面はわれてません! この案件はあたしの仕事です」
「まっ、まあ、そう言わずにさ、異動希望を出してみない? 国際部だってこの任務がここまでシリアスだって予想してなかったんじゃないの」
「いやです!」
「まったく。どれだけ私が苦労していると思ってるんだっ!」
「宵宮、曽根美さんも君のことを思って言ってるんだ。このヤマは想定以上に危険なんだよ。後は僕らに任せてくれないか?」 真島が言った。
「あたしは機関の陰謀の尻尾をつかんだ。このまま調査していれば確実に成果が上がる。できるなら経済部の成果にしたい。どうせそれだけでしょう」
「ふう…… 鋭いねえ。なら単刀直入に言わせてもらうけど、君がなにを目撃したのか、教えてもらえないかな。八木亜門の実験について知っていることを。経済部としても立場があるんだ。分かるだろ」と真島。
「見舞いだなんて言って、やっぱりあたしのつかんだ情報が目当てで来たんじゃないっ」
「ふう…… ごめんな。これでもスパイって職業についてるんだ」
「そんなに、わたしをこの案件から外したいての」
「ああ、外したいね」
「ひどいやつ。ろくにこれまで仕事をしてこなかったくせに」
「君に言わせりゃそうだろうね。だが僕らの任務で重要なのは事故らず怪我せずってのがいいんだ」
「ついでに仕事せずなんじゃないの」
「サボってようがなにしようが、それでも死なないってのが最大のご奉公さ。宵宮、死に急ぐな。貴重な諜報員という人的戦力がいなくなる、それが室にとって最大の損失だ」
「はっ! こんな役立たずでも戦力って言ってくれるのね。ありがたい限りよ」
「スパイってのは女には向かない仕事だ。最近はいろいろな任務があるからできるものもある。でもこの案件についてははっきり言っておこう。女には向かない案件だ」
「出てって!」
「と、とにかく、次の配属先について考えるだけ考えておいてくれよ。それと、国際部にも相談して。な、な」曽根美が割って入る。
「……」とおんは無視した。
「嫌われ者はさっさと退散するかな。ひさしぶりにそのきれいな目でにらまれて楽しかったし」と間島。
「宵宮……」間島が急に真剣な声になった。
「なによっ?」
「生きててよかった……」
「えっ……」
「君を外したいのはだ…… なにより同じ班員が死んだら悲しいからだよ。意地っ張りで要領の悪い美人がね。美しい花が踏みにじられるのは僕には耐えられない」
ドアが開く音がした。
「この花、いい匂いがするぜ」
最後に取ってつけたように明るく間島がそう言い放って、ドアの閉まる音がした。