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第九十三話 病院の待合い席

 MR、医薬品メーカーの営業職っぽい人が待合い席でノートパソコンを開いている。なんかやたらポジティブな感じで目力がある。医薬品メーカーは給料がいいけど、ハードな仕事ってか、やり手じゃないとつとまらないとも聞く。転職したいと思わない。太ったおばさんの看護師さんが、中年の病院服を着た患者さんになんか小言を言ってる。


 館内の見取り図をじっと見ていた。すぐには間取りが頭に入ってこない。病院ってのはたいがい複雑な構造をしている。

 医療拠点というのは地域に依存する。広い土地があるからといって郊外に移転すればいいというわけではない。だから現在地立て替えとなることも多いのだが、そうすると敷地が制約になる。


 医療法上の病床数の制約や施設の設置基準、廊下の幅がどうだとかも足かせになる。医療の進歩、検査機械や診療科の増加もあって、建て増し建て増しの増築の歴史が迷路を創る。他の病院へセールスしたときに病院の事務長さんに聞いて知っているのだ。立て替えの時は立体パズルのように設計業者が苦心するのだそうだ。


 ここのどこかにとおんはいるのだろうか?

 今日のミッションは一人だった。馬都井くんに相談せずに来たことを少し後悔している。彼ならなにかいいアドバイスをくれそうだから。そうしたのは、今日のことが個人的なミッションだからということだけではない。とにかく早く確かめに来たくて、いてもたってもいられなかったのだ。


 病院に来たはいいけど、どうやって探す?

「こちらに宵宮とおんさんが入院していると伺ったのですけど」って受付で聞いた。「本当にこちらの病院ですか? 入院されていないですよ」という返事だった。


 そのまま帰ろうかとも思ったけれど、もし偽名で入院していたらわからないだろう。

 姿かたちで言うのは怪しまれる。だいいち、とおんのことをどう表現したらいいだろうか。足が長くて顔がきれいで性格がきつい……


 彼女の写真でもあればよかった。そういうものも持っていないことに気がついた……

 うーん…… 病室を一つ一つしらみつぶしにすればいいか。それだって相当にあやしい。置き引きに注意という張り紙に目が留まる。どうも誤解されやすいタイプなのだ。この前のニコラちゃんのパネルもそうだけど。


 病室で聞くというのもありか。ここに宵宮が入院してるって聞いたんだけどな。すいません俺ぐらいの年の女の子知りませんか? ってなかんじで…… 病棟のフロアは五フロアある。全部見るとなると相当、フロアをうろうろすることになるし不審者に思われかねない。


 何日間か時間をかけて馬都井くんとその部下で分担するという手はあるかもしれない。時間はかかるけど…… それくらいしか手は思いつかなかった。


 この病院にこだわることもないか……

 だがヘリの方角から言えば県内ならこの病院くらいだった。福井、岐阜まで行くと、もう対象が絞れない。

 あのUFOに乗っていたとおんを思い出す。なぜ乗っていたのか? あのとおんは本物の彼女なのか。それとも幻か。


 UFOは俺の願いを叶えただけという可能性もある。一目見たいという願いを。SF小説のソラリスと同じ理屈だ。

 いや、ソラリスのヒロインは死んでいたのではないか。銀河鉄道の夜はどうだ? ……彼女が死んだということを暗喩しているのではないか。UFOが死者の魂を集めていたとしたら。


「そんなことない…… そんなことないって…… だって…… 大丈夫だってレスキューは言ったんだっ!」

 思わず声を上げてしまって周りを見渡す。誰も気づいていなかった。

 一目会えればいいんだ。彼女が生きているってことだけでいい。


 偵察に来てそんなすぐに成果があるというのは虫が良すぎる。やはり地道に何回かこの病院に通うしかない。


「いっ、いるしっ!」 思わず声を上げてしまった。

 そこにいたのはとおんではない。むしろ俺がまったく会いたいと思っていない相手だった。

 曽根美だ。

 だが、奴がいるということは……

 俺はうつむいて顔を隠した。


 曽根美は一人ではなかった。もう一人スーツ姿の男と二人で歩いてきて、待合いの俺のすぐ近くの椅子に掛けた。


「間島、岩井さんが宵宮の情報を欲しがっているんだ」

「ですよね。そもそも経済部の案件に、なんで国際部の諜報員が横入りしてくるんだって話ですよ。宵宮が配属されたってとこから岩井さん面白くないんですよ」


「ましてや後方支援はしてもらうが、得られた情報は直接報告し経済部とは共有しないだって…… ふざけるなってんだ」

 会話の途中からだが、俺は携帯を操作してボイスレコーダーを起動し、録音した。


「岩井さんも機嫌悪くなりますよね」

「俺がとばっちりをくらうんだ」と曽根美。

「たしかにヤオヨロズふぉれすとの開発計画が大がかりなもので、なんらかのブランチが所在しているってことは分かってましたが…… ほんとうに具体的な研究開発が行われているとはね」


「存在そのものが秘匿されている機関か。現実に活動していることを諜報できれば初めてのことになる。国際部が経済部がって言うより、内閣情報調査室全体でも大きな手柄だ」


「しかし宵宮はいったいなにを見つけたんでしょうね?」

 えっ、UFOだってことを知らない…… なんでとおんは言わないんだ。まさか、まだ昏睡状態だとか ?


「国際部に直接報告させてもらいますの一点張りだ。くそっ」曽根美は苦々しげに吐き捨てた。

 ……いや、意識は回復してる。あえて言ってないんだ。とおんはUFOを目撃したことを報告してないのか……


 曽根美はとおんの上司だと俺に言った。だが、その言葉には違和感を感じていた。とおんと曽根美の関係がよくわからなかったのだ。だから言うことを聞かなかった。あのヘリで運ばれたときの救急スタッフとはちょっと違う印象だった。


 この人はとおんの味方じゃない。上司かもしれないが決して味方ではない。俺に対して黒崎次長がそうなように。組織では縦のラインで中を飛ばすことをいやがる。曽根美ととおんの関係が微妙なのもそういうことなのだろう。


「磁力に関する何かなんだろうがな」と曽根美。

「リニア関連とかですかね」

「ああ、宵宮に送られたメールに添付されてたファイルをサーバーから直に見たんだ。ファイルのリストにあった名前は磁気関連の研究者や技術者だ。運輸技術とかな。動力機関ってのは経済部の範疇だよな」

「もちろん。たとえば自動車産業だって我が国の基幹産業ですし、経済部の範疇です」


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