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第九十二話 等身大パネル

「段ボールって手が荒れちゃうんですよね。先輩、手袋とか持ってないですか?」 加納が言った。


「もういいよっ。俺がやる……」

 宅配便が届いて梱包をほどく。そういうのも普通は後輩がやるはずなんだが……


 後輩の前元は課長と一緒に営業で外回り、唐須は会議で、課内には俺と加納の二人しかいない。


「はうあっ!」

 み、水着だ…… 梱包の中身はキャンペーンのニコラちゃんの水着の等身大パネルだった。


 傲岸無礼な後輩に苦労する俺に神様がちょびっとだけ救いの手をさしのべてくれたに違いない。なんてーの、砂漠を行く旅人の前に現れた小さなオアシスのような……


「先輩、替わりましょうか」加納が言う。

「なんでだよっ、いまさらっ! 手袋なんてねーぞ」

「パネルのニコラちゃんだってどうせなら僕に優しく脱がされたかったって言うと思いますよ」

「うるせえーわっ!」都合のいいときだけ……


 しかしニコラちゃんの水着パネルね、なかなかいーじゃない。でも、この水着面積が少なくね。けしからん、けしからんぞ。大変けしからん。

 ふんふんふふん。鼻歌を歌いながら胸のあたりのガムテープをはがしているときに視線に気づいた。

 福利厚生室の穂積美保だった。


「ごっ、ごめんなさいっ!」

「ごめんなさいって! ちょっ、違うんだ…… そーゆーいやらしいことでは決して……」

「ひっ」怯えるような顔で小さく叫ぶ。

 ドアを開けて逃げるように去っていった。


「先輩、セクハラですよ」

「こ、梱包をほどいていただけじゃねーかよっ」

「どう見ても変質者の魔の手がニコラちゃんに迫るって画面えづらでしょう」

「おまえのその発言が俺に対するセクハラだよっ!」

 加納は両手を広げて肩をすくめた。ポーズが腹ただしいことこのうえない。


「加納、おまえ、穂積がいたなら言えよっ! だいたい、こーゆー仕事は後輩がするもんだろ。本来はおまえが梱包ほどいてて、変質者だって思われてたんだぞ」

「いや~ それはないな。ま、僕だったら、しいて言うならフランス映画のような官能的なになっちゃいますからね。あ… むしろ惚れちゃう?」


 ムカつくわ、ほんと、この後輩ムカつくわ~

「まったく、段ボール一つ無事にほどけないとは」

「無能みたいに言うんじゃねーよ」

「また先輩に対する女子の評価が下がっちゃたな」

「またってなんだよ、またって」ほんと失礼極まりねーわ。


「あ、もう、先輩、それでいいじゃないですか。このパネルが先輩のヨメってことで。キャンペーン終わったら持ち帰ったらどうです? こんなかわいい彼女、先輩には一生できないですよ」

「せめて生身の女の子にしてくれよっ」


 とは言ったものの、一応、ふせんで『キャンペーン終了後→出河』って後ろに貼っておく。

 このパネルは魅力的すぎる。どこかの変態オタク野郎に持ち帰られたりするのは切ないからな……

 部屋に帰ったとき水着姿で出迎えてくれたら、コンビニ弁当が肴のビールも旨くなるだろう。うっほほーい。


 にしても、やはりニコラちゃんの水着パネルはオフィスにはインパクトが強過ぎる。さっきの穂積みたいに不意の女子の来訪に対してデンジャラスでもあるし。

 とりあえず、等身大パネルは裏向けて立てかけた。

 あ……

 不意をつかれた。パネルがシルエットになって、やたら長い足に思い出してしまったのだ。

「とおん……」


 午後いちでパソコンを開いたらヤフーのニュースのトップに地元の話題が出ていて驚いた。しかも、この前、浪政といっしょに行った廃鉱山跡のマンション開発現場で起きた事故のニュースだったのだ。


 定時に仕事を終えて浪政の我麗磁百貨店に寄る。客が少なかったので、カフェスペースで二人でコーヒーを飲んだ。

「あそこで、そんな実験してたなんてよ。しかし、大学もマズイ失敗したもんだ」


「まあ、気持ち悪いけど、ほんとに少しだってなら身体には影響ないんだろうね。工事関係者も別に被害はないみたいだし」

「キャンプなんかに誘わなけりゃよかったな。気持ち悪いだろ」


「まあ。でも、あれはあれで貴重な経験ができたし。ちゃんと目的のUFOも見れたし」

 浪政がタブレットの画面でニュースを見ている。

 一帯が放射線管理区域に指定されて立ち入りが禁じられるということだった。先端大の核種に関する実験で使用した放射性物質が、実験場所の廃鉱山の坑道から漏れてしまったのだ。


「妙だな」

「なにがさ?」

「立ち入り禁止区域がやたら広い」

「実は放射能漏れ事故がもっと深刻だってこと?」

「んー、どうだろ? いや、別に核エネルギーとか原子炉の実験とかじゃねーし、こんな広範囲に立ち入り禁止区域を設定する必要はねえんじゃねえかな」


「原発反対の君らしくないじゃん。放射能からなるべく離れている方がいいってことじゃないの」

「そりゃ、そうだけどよ。俺はそれなりに放射能について調べてるんだ。こんなレベルの放射能漏れでここまで広い立ち入り禁止区域はちょっと変だ」


「万全を期したいってことじゃないの」

「俺たちが立ち入ったのがばれたんじゃねーだろうな」

「それがバレて、なんで放射能が漏れるのさ?」

「あの妙な開発計画、ヤオヨロズクラスター第二期開発計画ってのの真実を隠蔽するためだとか……」


「なあ、おまえの好きな女の上司に連絡は取ったのか?」

「いや、別に好きとかじゃ…… 取ってないよ。あのUFOは本物だ。俺らが追っていたものじゃない……」

「まだ、会いたいと思ってるのか?」

「そりゃ。でも、あいつと交渉する材料がないから」


「交渉する材料ねえ。あのさ、あの後考えたんだがな ……ヘリってのは空を飛ぶもんだよな」

「え、そりゃ、そうだろ。あたりまえじゃん」

「だったら、案外探す方法はあるんじゃないか。思うんだがな、空が飛べるなら目的地に向かって最短距離でまっすぐ飛ぶよな。だったら、そっちの方角にある病院を探せばいいんじゃねーのか」


「そっちの方角って言ったってどこまで遠くか分からないし。きっと東京とかの…… もしかしたら彼女の組織の秘密の研究所みたいとなところとか……」

「病気とかじゃないだろ。枝が刺さって肺に穴が空いたんだよな。だったら病院はある程度外科がしっかりしているところならどこでもいいんじゃないのか」


「どこでもって……」

「東京まで運ぶかな。秘密の研究所? 俺が救助隊員なら、そういう怪我は一刻でも早く医者のところへ連れて行きたいと考えるね。出血ってのは時間との勝負だからな。近くの病院に行くんじゃねーのか」


 意外なことを言うと思った。でも、考えてみればそうだ。

 もしかして、宵宮とおんは案外近くに、たとえば県内の病院にいるかもしれない?


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