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第九十話 UFO

 俺は夢を見ていないという夢を見ていた。

 夢を見ずにただ平穏に眠っているという夢だ。小さなテントの中で寝袋にくるまり星空の下で眠るという夢は、その眠りから覚めたとしても同じことをしているだけなのだけど、俺はまだ夢の中でそれを見ていた。


 いや…… 実はそう思っていることこそが幻想で、ほんとうは起きているのかもしれない。夢と現の境界は不明瞭で、それを確かめようとすればするほど、どんどんオレンジの光にぼやけ滲んでいく。

 俺らがいつも睡眠と呼んでいる行為は、実は起きたままに眠っている夢を見てるだけなのかもしれず、それがほんとうはどうなのかを確かめる方法はないのかもしれない。


 ビーッ!

 ラジオが突然甲高い音をたてた。

 パッチリと目が覚めた。

「おい、起きてるかっ!」浪政の声だ。

「ああ。起きたっ。なんだ? ラジオが……」

 ビーッ、ビッビッビッ……

 バチッ。


 浪政が電源を切った。だが、ほんとうの異変はラジオが大きな音を出したなんてことではなかったのだ。


 丘の斜面の上の方角の夜空がぼんやりオレンジの怪光に染まっている。発光の光源は丘の低い位置で樹々に遮られて見えない。


「でっ、出たあっ!」浪政が叫んだ。

「出た。出たっ」ほんとうに出ちゃったよ……

「おい急げっ!」浪政が叫んだ。

 俺は寝袋を飛び出してスニーカーを履いた。


 暗い森を月明かりを頼りに丘の斜面の上の方を目指して小走りになる。浪政はLEDのヘッドランプを頭に着けているが、照射できる範囲はごくわずかで俺のところまで光は届かない。

 樹の幹を探るように手がかりにして、とにかく急いで登っていく。小枝が腕やすねを叩き、行き手を遮る。


 この目でUFOを見たい。

 すぐに息があがってくる。アルコールも入っているのだ。坂道に心臓と肺が痛む。

 オレンジの光源はUFOか? それとも鉱脈や村人を銅に変えたという異国の神か?

 いや、伝承なんかはいい。最も可能性のあるのは、八木亜門の実験しているあのUFOを模した機械だ。


 本体は見えない。追いかけて見つけろ。八木亜門の偽物か本物のUFOなのかを確かめるんだ。


 そう…… それが、たとえば八木亜門のUFOならば、その写真か何かを提供することを交渉材料に曽根美からとおんの居場所を聞き出せるのではないか。それはUFOを見るというキャンプに誘われて、すぐに思いついたアイデアだった。ほんとうに八木亜門のUFOなら危険を伴う。とおんは怪我をさせられた。この場所が彼らの秘密基地という可能性は? 彼らが隠していることを突き止めて、彼らの敵である曽根美に教えたい。八木亜門らに対しては憎悪する気持ちがあった。


 よくもとおんを撃ちやがったな……

 わき腹が痛くなってきた。こんなのは学生時代以来かもしれない。大して動いてもいないのに体力のなさが情けない。こんな自分なのに、どうしてあの日、安易にとおんを呼びだしたりしてしまったのだろう。彼女を守れる力などなかったのに。それまでのスパイの真似事で危険なことだということは判っていたはずだ。


 迷っている。この謎を追い続けることに。

 だけど俺は日々、彼女の記憶が薄れかけていっていることに震えていた。


 八木亜門やUFOはつらい思い出なのだけれど、それさえも忘れてしまうことが怖かった。今となっては、その苦い思い出だけがとおんとの唯一のつながりで、それを断ち切ってしまったなら永遠に会えなくなる……そのことを直感的に感じとっていたのだ。


「おい、出河、うわととっ」

「静かに走れよっ」俺は言い放った。八木亜門に聞かれたりしたらどうするんだ。今だけは脳天気に騒ぐ浪政がうるさい。


 浪政が足を取られてすっ転んだ。ヘッドランプの光が明後日の方向を指す。

 なにやってんだっ!


 樹の枝が邪魔で横に避けたが、今度は腰がツタにひっかかった。乱暴に引きちぎろうとするが、案外、強靱で切れない。急な段差のようになっている登りを大股で上ろうとしたが土が崩れて手を地面に突いた。側にあった茨のような丈の短い植物のとげが刺さる。俺の進もうとする方向に対しては、樹も平坦でない地形も俺以外のすべてが全力で妨害しているように感じられる。被害妄想か。とにかく、やけに時間ばかりが経過してく気がしてイライラする。樹の葉が頬を叩いて、小枝は浅く皮膚を切ったかもしれない。蜘蛛の巣が顔にまとわりつく。


 UFOのような怪光線、光が強くなったり弱くなったり生き物の呼吸のようなリズムがある。八木の機械はこんなだったか?

 梢の上の方がオレンジの光に照らされ銅細工のようだと思う。民話にあったように自分も銅に変えられてしまったのなら、もうとおんのことも想って心が痛んだりしないのだろうか。


「うわっ!」

 右足をおろしたところの地面がなかった。

 すんでのところで穴ぼこに落ちそうになってすっ転ぶ。廃鉱山のなにか入り口の跡だった。鉄板のようなものがかぶせてあったけれど、その隙間に足をつっこんだのだ。

 ボーッとしてんじゃねーよ、俺っ!


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