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第八十九話 追憶とおん

「ああ、そうだ。ラジオをつけておくぜ。電波に雑音が入って出現を察知できるかもしれないからな」となりのテントから浪政が言った。

「ラジオか……」いい手だ。


「UFOが出るかもしれないぜっ!」浪政はふざけて妙にテンションの高い声を出した。

「そんな見ようと思って見れたら」

「でもUFOを見てる奴ってのは見ようと思って見てる奴がほとんどだぜ」

 小さなスピーカー特有の少し割れたような音質で最近よく聞く洋楽が流れてきた。


 俺は、あの夜、八木亜門が実験を始めたとき電波の爆発のようなことが起きて携帯が誤作動したのを想い出した。


 あの夜もこんなふうに無数の星が宙に浮かんでいた。

 とおんのことを思い出す。夜のふぉれすとに現れた革のスーツ、バイクにまたがった彼女の細い腰、偽物のUFO、自動車道の多重事故、そして、とおんの血。


 ヘリで運ばれる前に彼女は言った。担架の上でとおんは「ちゅーの約束は守るから。ぜったいに守るから……」と。そして「任務に協力してくれてありがと。巻き込んでごめん。ヘマしてごめんね」と。


 俺が、オロオロしている間に救助隊が連れて行ってしまった。

 救助のスタッフに聞くと、大丈夫だろうと答えられたがどうしているのか?。

 出会った最初に日から別れた最後の時まで、ずっと変わらずにへっぽこで、そして美しかったスパイ。この漆黒の空に浮かぶ星座のように俺の手の届かないところへ行ってしまった。


「寝たかい?」俺は聞いた。

「……いや。空を見張ってた」浪政も降るような星、無数の星を眺めていたのだった。

「どうしようもないような大きな失敗をしたことってあるか?」

「なんだよ。そりゃまあ、こんな性分だからいろいろあるけどよ」

「少し前にとりかえしのつかない大きな失敗をしたんだ。……人に言っちゃいけないことなんだけど」


「言えないんなら言うなよと言いたいところだけど、そうじゃねーんだろな。言えよ。誰にも言わねえから」

「UFOには本物と偽物があるんだ」


「な、なんの話だよ。偽物ってなんだよ?」

「俺が今日ここに来たのはいろいろ理由がある。左翼の君に興味があったということもある。けど、もう一つの大きな理由はUFOが出ると予測したからだ」

「そうだろうけどさ。それが誰にも言えないことなのか」


「UFOが出ると予測したというのは根拠があるんだ。俺は、俺の仲間とUFOの偽物を追っていた。そういう任務を仲間が背負ってたんだ」

「はあ、おまえ、酔ってんのか?」


「違う、ほんとなんだ。まるっきりUFOみたいな機械を開発している奴らがいたんだ。極秘にだ。俺はある組織の人間に協力してその陰謀を探ってたんだ。そして見つけた。突き止めたんだ。今日ここに来たのは、目撃されたのがその偽のUFOだって可能性があるからだ」


「マジかよ。面白そうな話じゃないか。俺も仲間に入れろよ」

「いや…… もうやめたんだ」

 もうやめたのか。それは分からない。でも彼を引きずり込むわけにはいかない。彼は俺以上に命を落としそうだ。


「でも、その時に仲間が負傷して…… 俺のせいなんだ」

「負傷? 酷いのか?」

「ああ」

「誰にでも複雑な事情ってのはあるもんだな……」

「それから彼女に会えてない。生きているか死んでいるかも分からない」

「彼女? 女か…… そんな重傷だったのか?」


「胸に枝が刺さって、血を吐いてたんだ」

「そりゃヘビーだな」

「ヘリで救助部隊が来たんだ。レスキュー隊員は肺だから大丈夫だと言っていたけど……」

「おまえ、すげえ経験してるな」


「もうこのことはやめたって決めたんだ。リスクが大きすぎる。でも、今日、君にUFOが見られるかもしれないと誘われて俺は来てしまった。陰謀を追うことをやめられなかった。あのまま終わるってことがどうしても耐えられなかったんだ」

「やめたんじゃないのか」


「やめた。でも…… これからどうしたらいいのかが分からないんだ」

「おまえさあ、そのこに会いたいと思ってるのか」

「そ、そりゃあ。でも居所が分からない。そいつの上官だってやつと会ったけど、卑怯なことを言って教えてくれないんだ」


「卑怯なこと?」

「任務の失敗を彼女のせいにするような証言をしろって」

「なんだそれ?」

「俺もよく分からないけど。いろいろ確執があるんだと思う。他人とぶつかるようなところのある女の子だったからさ」


 とおんのことを考える。強い瞳が印象的な美しい顔、憎ったらしいことばかり言うけどかわいいきれいな声、細い身体。もう一度会って、俺のことをバカにしてでも、ふざけてでもなんでもいいから彼女が笑いかけてくれたなら……


 酔いがまわってきていた。自分の酒量を超えて飲んだから。このまま眠ればとおんの夢が見れるだろうか。

「浪政くん、疲れた。寝るよ」

「おれもだ…… ふわわ」もう夢心地みたいな彼の声がした。


 俺ら二人は、テントの入り口をあけて、そこから首を出すようにして漆黒の空に散り嵌められた光を眺めながら眠った。

 小さな音でいつまでもラジオが鳴っていた。


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