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第八十七話 sustainable or development

「ここが開発されちまうとUFOは見れなくなっちまうだろうな」浪政が言った。

「そうかな?」


「そんなんでいいのかって思ったんだよ。いやデモに誘ってんじゃねーよ。おまえの立場ってもんもあるだろうから。だけど俺は今度デモをやる。ふぉれすとビルを参加者全員で手をつないでぐるりと一周囲むんだ。自然破壊を止めるためにな」


「自然破壊…… それって悪いことなのかな」

 面と向かって反論めいたことを言うのはやめようと決めていたはずなのに言葉が出てしまった。酔うとどうしたって自制する力が弱くなる。

「どういう意味だ? 意味がわかんねーぞ」


 昼からこの開発計画についてネットで調べたり漠然と考えていたのだ。


「俺にはよくわからないんだ。自然破壊って言うけど、人間のやることって基本的に自然破壊だと思う。ビルを建てることも、港をつくること、護岸、ダム、いや畑を作ったり、杉の林を植林することの方が環境の変化が大きいんじゃないかってふうにも思う。全部、ある意味で自然破壊だよ。でも、それってほんとうにダメなことなのか」


「木をたくさん切り倒して…… これがダメじゃなくってなにがダメなんだよ」

「たとえばさ、金沢の街中でビルを建てることに文句を言う人間はいない」

「当たり前だろ、木を切る訳じゃないし、最初からビルとかでいっぱいだからな。それがどう関係するんだよ」


「でも、そこだって大昔は森だったと思うんだ」

「いや、今、木を切ることにはならないだろ」

「今、木を切るのがダメで、昔はよかったってこと? なんで昔はいいんだい? 五〇年前か一〇〇年前に切り開かれた場所が、なぜ今はダメなんだい?」


 タバコに火をつけて、しばらく浪政は黙った。

「昔と今は違う。現代は都市化が過度に進んでるんだ。このままだと緑がなくなっちまう。温暖化も進んでるしな。だから、これ以上の開発ってのはやめておくべきなんだ」


「これ以上はやめるべきってのは誰が言い出したんだ? 快適な都会に暮らして、退屈しのぎに週末に登山とかアウトドアスポーツしている奴らが、自然が好きだから、自分たちの遊ぶ場所がなくなるのがいやだから、これ以上の開発はやめろって言ってるような気がしてならないんだ」


「じゃあ、おまえはここが開発されてもいいって言うのか?」


「……ああ、絶対ダメとは言い切れないと思う。だってまわりを見てよ。全部森じゃん。あの場所が開発されたってこの森の全面積の一%にもならないと思うんだ。それが、たとえば五〇%とか三〇%とかならすごい問題だと思うけど、全体に比較したらほんとにちょっとじゃない。それぐらい認めてあげたらって思うんだよ」

 

「規模の問題じゃねーよ。必要性の問題だ。ヤオヨロズふぉれすとに勤務する住民用によ、ふぉれすとと職住が接近し過ぎると精神衛生上よくないという理由で開発するんだ。でも、それだったら、金沢とか能美市の辰口や寺井や根上の住宅地に入居すればいい。原野を切り開く理由はない。利権だよ」


「必要性がないって当事者じゃない人間が決めつけるのはどうなんだろう」


「それにだ、将来的に米軍とか自衛隊のキャンプが誘致されるんじゃないかって噂もあるんだ」


「何か研究機関を誘致しようとしてるんじゃないかって聞いたことはあるけど」こんな山奥に隔離すれば企業秘密とかは守りやすい。スパイのことを思い出した。コマツのガンダムの話も。


「とにかく海岸の埋めたてにしても、こっちの人間はおとなしすぎるんだ。支配されるのが染み着いてる。誰かが勝手に決めたってのがムカつくんだ。それにおとなしく従っているってのも。こんな場所にビルをおっ建てるって決めたやつは誰なんだ」


 開発する場所を選ぶのは誰か。なにがよくてなにがダメか。それは誰が決めるのか。


「勝手にって言うのがムカつくって気持ちも分かるけど、反対派の人がなにも知らないで勝手に断罪したり、人でなし呼ばわりするのも違和感があるんだ。俺らの先祖が自然を破壊して開墾してくれたおかげで今の文明があるんじゃないか」


「自然破壊を肯定するのか。ひでー野郎だな」


「君の自然破壊だという言葉には違和感があったんだ。鉱山跡のこの廃墟の風景を残したいって気持ちは分かる。すばらしい景色だと思う。でも、それと同じくらい、森を切り開いてスチールの柱を組み上げた光景にワクワクするんだ。クラシックなSF映画の未来都市みたいで。君の言うように忌まわしいものとは感じられないんだよ」


「俺の友だちの環境保護をやってるやつが聞いたら、ぶちギレるだろうよ」


「俺は環境保護論者じゃない。クジラ漁に反対する人たちなんかとは理解し合えないと思う。嫌いだよ。歴史への無知とか、こどもっぽさがあると思うんだ。イルカのテレビを見て水族館に行ってかわいいからペットを飼うような気持ちでクジラ漁のことを非難する。彼らはアメリカが鯨油のためにどれだけクジラを虐殺して海に捨ててきたか知ろうとしないんだ。自分の正義、自分の信仰を押しつけてる。生物の多様性は大事だって言うくせにさ、考え方とか、思想、食文化、狩猟文化の多様性はどうでもいいんだ。どうして他人に自分の信仰を押しつけるんだろうって思うんだよ。正義だって凝り固まってるから、押しつけてることさえ気づいてないんだろうな」


「でもな、おまえ、一度でいいからイルカと泳いでみろよ。それでもそんなふうに言えるかよ」

 その後、しばらく二人とも無言になった。お互いに熱が入りすぎていることに気がついたのだろう。


「おまえは調子合わせない奴なんだな」

「悪かったよ」

「いい。そういうやつの方がいい」

「ごめんよ、君の考えと全然違ってて」

「ま、いいさ。おまえの思いで反論してくれや」


「ムカつくと思うよ」

「ファイトクラブって知ってるか」

「映画だろ」

「俺はたぶん殴り返してくれる相手が欲しいんだ」


 議論は平行線だった。でも、それでよかった。彼は他人でい続けた。


 どちらの言説が正しいと言うこととかじゃなかった。俺らの会話もこの世界も同じように割り切れないのだろう。青年の主張みたいにシンプルなものではない。矛盾を含んでいる。ずっともやもやしたまま続いていく。他者といることの気持ち悪さがあった。それがよかったのだ。世界が閉じられていないように思えた。そういうところにこそ、まだ知りえない可能性があるように思えた。


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