第八十四話 左からの誘い
左翼からの誘いだった。
「だからよ、第二次ヤオヨロズクラスター開発計画ってのを止めないと、あそこらへんの原生林が消えちまうんだ。野生の動物だっていっぱいいるんだぜ。俺たちの税金だって使われる。だからデモをやんなきゃいけねーんだよ。来いよ」
昼休みの時間に三階に出来た我麗磁百貨店に来ていた。棚木の友人である店長の浪政と立ち話をしたのが運の尽きだった。
何度か立ち寄っていたのだが、オープン当初は物珍しさにふぉれすとの従業員とかでレジが列をついているような状態だったので、呼び出すのは遠慮した。それから一週間してようやく落ち着いたのでスタッフに言って浪政を呼び出したのだ。最初はガンプラのカスタムの話をしていたのだが、なぜか途中でそんな話になってしまった。
「そりゃ、第二次計画の方はなんであんな山奥にわざわざって思うけど…… ただ、うちの会社だって開発計画で稼がせもらってるし、デモなんかに出たりしたら、さすがに会社から目をつけられちゃうって言うか……」
「お面かぶったっていいぜ」
浪政はちょうどレジの横の柱にびっしりと並んだお祭りの出店で売ってるような宇宙人のお面を示した。
「お面って? いや、そこまでして……」
「ん、気にくわないか。原始少女プリミティブプリンセスのもあるぜ」
「そういう問題じゃなくて」し、しかし、なぜ俺がプリプリを好きなことを……
来るんじゃなかった。左翼なんだ。「あまり深くつき合うんじゃないぞ」という棚木の言葉が頭をよぎる。あの夜「いやな奴じゃない」と言った俺に対して釘を刺していたのだ。「バカ、いい奴で妙な魅力があるから言ってんだよ」と。
「出河睦人さあ、自分の正しいと思うことをだ、やれる方法だって分かってるのに、やらないってのは気持ちの問題だよな。そんなふうにいろいろ心配し過ぎてると、なんだってできなくなってしまうんじゃねーの。人生、狭っ苦しくねーか?」
「……」
「なあ、おまえ、自分が自由だと思うか?」
「それなりには」
「それなりね。ま、いいけどよ。自分をさ、自由ってやつに解放できるのは自分しかいねーんだぜ」
ほんとうは俺は、自分がそれなりにでも自由だなんて思っちゃいなかった。そして、それは、たとえば会社、たとえばこの日本という社会環境、広く言えば世界のせいだと整理をつけていたのだ。だが彼はそうじゃないと面と向かって言う。単刀直入過ぎてズキズキ来るじゃないか。
「ま、これ以上粘るのはやめるわ。棚木に怒られちまうからな」
気まずい雰囲気になった。いや、浪政のほうはなんとも思ってなさそうな涼しい顔をしている。俺のほうが何とも言えない居心地の悪さを感じていただけだ。
「シケた顔すんなよ。お、そうだ、キャンプ行かね?」
「キャンプ?」
「ああ、キャンプだ。その開発予定地の廃鉱山跡で今晩キャンプやろうと思ってたんだ」
「ひょっとしてキャンプって言って現場を見せてデモとか反対運動に誘うつもりじゃ……」
「そうゆーんじゃねよ。誘わねー。いや、誘ったとしてもだ、いやだったら、いやって言えばいいじゃん」
「キャンプかあ、あんまり興味ないかな」興味がないことはなかったが、警戒してしまう。
「知ってるか。あの鉱山跡は円盤が目撃されてる。三ヶ月に五回もだぜ。ホットスポットだよ。UFO観測キャンプだ」
「なぬ?」
「そうだ。今日は満月だからな。キャンプを張ってUFOを見つけるって朝から決めてたんだ」
「ふーん。ま、まあ、俺は行かないけど……」UFOとか言って、やっぱり浪政は反対運動に誘ってくるんじゃないかと思う。
「てんちょ、買い取りの依頼の電話ですけどお。超合金、グレンダイザーの未開封、金額知りたいって」
女性スタッフに大声で呼ばれて浪政は奥に戻ろうとした。
「浪政くん」俺は呼び止めた。
「あん?」
「やっぱ、行こうかな。デモとかそういうのは、絶対、絶対なしだけど」
「ふん…… いいぜ。夕方、またこっち寄りな。身体一つでいい。道具は俺が用意すっから」
駅へと接続するグラウンドフロアにはコンビニがある。その駅側からもふぉれすと側からも入れるコンビニで、俺らは食料を調達していた。
美川のホルモンを浪政がかごに入れた。
「ストーブあるからよ。やっぱ肉ってのは焦げてないとな」
「ストーブ?」
「山登りとかキャンプとかに使うバーナーのことだよ」
鉄板でいい感じに焦げたホルモンを想像する。いいな。
次に浪政はアンチョビの缶詰を手に取った。
「これが焼酎に合うんだよ」
小瓶の神の河を取る。ペットの水とレモン果汁も合わせてお湯割りにするのだと言った。缶ビールはスーパードライがもうかごに入ってる。
そのほかはポテチの辛いやつに白ご飯と袋麺のチャンポンめんが二つづつ。浪政がチャンポンめんには必ず入れるべきだと力説する卵は、彼のアパートの冷蔵庫にあるそうだ。
俺はプリンアラモードをかごに入れた。飲むと締めに無性に甘いものが食べたくなる。彼も欲しいと言った。
「プリンアラモードって豊かな気分になるよな」と浪政。案外分かってるなと思う。
偏っている。男同士の居酒屋で陥りがちな状況に似ていた。
「グリーンサラダとかもいっとくべきかな」と俺。
「癒し系のメニューもなにかいるか」
彼はそう言いつつ、お総菜のニンニクラー油のネギ盛り冷や奴を選んだ。あまり癒し系じゃない。
「なんかバランス悪くない」と俺。
「野菜がぜんぜんねーな」
そう言って彼はキュウリ2本入りをかごに入れた。丸かじりするらしい。
「なにつけんのさ?」
「部屋に寄るから塩でも持ってくさ。いや味噌か」
「酒のつまみばっかりだろ。今からキャンプなんだ」
浪政はレジのところでバイトのいい感じの女の子に声をかけた。
「いいですね」
「来るかい?」
「お、おい、浪政君ってば」
「あはは。バイト中ですからねー」
あっさりとかわされた。
コンビニを出て、入り口のゴミ箱のところで、浪政はいらない包装とかを捨てて荷物を最小限にする。キャンプはライトウェイト が基本なのだそうだ。
ゴミを捨ててるところに、さっきのレジの女の子がゴミ袋を持って来た。
「でも本当に面白そうですね、キャンプ」ゴミ袋を交換しながら女の子は言った。
「だろ。俺、三階の我麗磁百貨店で働いてるからさ、店にも来てよ」
そう言って、浪政は名刺を渡した。
「はい。今日はあれですけど、キャンプ、また行くときがあったら教えてくださいね」そう言って彼女はゴミを裏に捨てに行った。
な、なんか、こいつ……
「いつも、こんな感じなの? イケそうな感じがするんだけど」
「いや、たまたまだよ。彼女、彼氏いないとかなんじゃねーの」
うーん……
「分かるの?」
「声かけてみなけりゃ分かんねーよ。おまえだって、あのこに彼氏いるかどうかなんて分かんねーだろ」
「そりゃ分かんないよ。でも、いるかもしれないだろ。だから声かけられないんじゃん」
「おまえって、いい人なんだな。分からないってことはだ、いないかもしれないってことだろ。だから声かけんだよ」




