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第八十一話 噂の真相

 しばらく給湯室で呆然としていたが、気がつくと俺は長谷川を追いかけていた。


 経理に行ったが、同じ係の奴は席には戻っていないと言う。

 廊下で小岩井に会った。

「なっ、なあ、長谷川見なかった?」


「ああ、先輩ならエレベーターに乗りましたよ。私と入れ違いで」

「上? 下?」

「下ですけど……」

「サンキュ!」


 帰ったのか?

 すぐにエレベーターで下に降りる。

「あ!」

 ガラス張りのエレベーターからはふぉれすとビルの外が見える。風景の中にビルから出て歩いている彼女がいた。駅とは反対の方角だ。

 俺は一階でエレベーターを降りて走った。


 こんなところにいたのか……

 彼女は自動車道にかかる陸橋の上だった。ビュンビュン飛ばして通り過ぎていく車の流れを眺めていた。

「長谷川っ!」

 彼女が振り返る。

「あっち行って!」


「話したいことがあるんだ」

「ふん、バカ女と面白がって人の悪口言ってさぞ楽しいんでしょうねっ? 話したいことなんてなにもないわっ!」


 彼女の言葉を無視して俺はどんどん陸橋を渡る。大きなトラックが下を通り過ぎていった。

「長谷川が、ほんとになにをやったのか知りたいんだ」


 陸橋の真ん中辺りにいた長谷川未理緒の目の前まで行った。基本的には俺は人の領域に踏み込むようなことはしない。恥ずかしがり屋で遠慮するタイプだからだ。でも、今は、それがたとえ土足であったとしても彼女のテリトリーに無理矢理侵入して、前に立たなきゃいけないような気がしていた。このままじゃ、なにか大変なことになるという予感があったのかもしれない。


「なんで私のことを知られなきゃいけないのよ」

「そ、そりゃそうだけど。でも知りたいんだ」

「なんでよっ!」

「同期だから」

「同期がなんだってのよ」


「でも、俺にはどうしても長谷川が金とかを盗んだりするようには思えないんだよ」

「……」

 長谷川未理緒は俺の言葉を聞いて一瞬空を仰いだ。

「ばかじゃないのっ! 盗んだとかって、なんでそんなデマがまかりとおってんのよ…… なんであたしがお金を盗まなきゃいけないの」


「やっぱ盗ってないのか」

「盗ってない!」


 俺は、金庫の商品券と経理の裏金がなくなっていたこと、それを盗ったのが彼女ではないかと疑われているということを話した。疑われている理由が金曜日から月曜日の間に一人で経理課にいたのは彼女であるということも。

 長谷川が言うには、やはり、あのコンパの金曜の翌日の土曜日に出勤して仕事を片づけていたのだと言う。

 そして、やはり残業代の申請を休日にするのが職場的にNGなので、金曜日に残業したことに振り替えてイントラの給与システムに登録したということだった。


「いったい、だれがそんなデマを流したのよ。てか、ほんとに金庫の商品券とかお金がなくなったの? ありえない」

 俺はそれ以上は金庫の話はしなかった。馬都井くんと二人で調べていて、実は俺らなりの推論もあるのだけど、それは今は言うべきじゃない。とにかく彼女の口から金庫の犯人じゃないということを聞ければよかったのだ。


「長谷川の悪い噂が流れているのが気になってて」

「悪い噂ね……」

 ため息をつくような小さな声で彼女はつぶやいた。

「君はその…… そういう噂が流されているってことを知ってるのか?」


「知ってる……」

「それは事実なのか?」

「……」

「あ、ごめん、答えたくなければ答えなくていいんだ。俺がそのことを知る権利なんてない」

「答えたいわけないじゃない」

 そのまま彼女は沈黙した。


 高架の下を何台もの車が列になって通り過ぎていって、その後しばらく通行が途絶えた。

「でも答えなければやっぱりほんとうだったんだって、あなたは思うんでしょうね」

「いや、そんなふうには」

「事実とそうでないものが混ざっているわ。ゴシップってそういうものじゃない。五井まどかも言ってたけどね。真実も確かにその中にある。だからこんないやな気持ちになるのよ」


「写真のことは事実よ。わたしはあのお店に行った。男の子が下着姿になってパンツに千円を挟んだ」

「そ、そうか……」

「軽蔑して」

 軽蔑というか、ただショックだった。写真に画像処理の痕跡があるという馬都井くんの言葉を聞いて、どこかで事実でない可能性が一%でもあるかもしれないと自分に言い聞かせていたのかもしれない。


 間違いであって欲しいという感情があったことに、今、気づいた。前元が知ったら泣くなと思う。俺だって泣きたい。


「彼と別れたって話は本当だわ。別れた理由が写真を撮られたお店に通ってたからってのも本当。殴られたわ。片町そのお店の男の子と歩いていて男の子の彼女とはち合わせたのは本当。キャバクラで働いているってのは嘘。乃村取締役の愛人だなんて真っ赤な嘘、接待で九時くらいには帰ったわ。もちろんお金に困ってるなんてのも嘘よ。借金なんてしていないし、金庫の中も盗っちゃいない」

 まくしたてるように彼女は自分のこれまでのことを話した。


「ああ、それから、合コンで幹事の出河睦人を外して、イケメン三人とだけ飲んだってのも本当よね」

「そうだな」それは俺がいちばんよく知ってる。あのときは許せないと思ったけれど、今ではいちばんどうでもいいことになってしまった。


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