第七十七話 逃走
「おい、消火器を取ってくれっ。ボヤかもしれんから持ってこいって、菊田さんが…… うえっ!」
大柳ということ警備員が戻ってきたのだった。
「お、おまえら、いったい、なにを?」
キャビネットやら、引き出しやらが全開になったままだった。
「主任、守衛室に戻ってください。こいつら、なんかおかしい。こいつら警備員じゃねえ」無線に大柳が怒鳴る。
ズドッ!
馬都井くんが腹にパンチを入れた。大柳が崩れ落ちた。
『おいっ、大柳、大柳!』無線から菊田主任の声が聞こえる。
「馬都井くんっ!」
「命に別状はありませんよ」
「あったら大変だよ」
「逃げましょう」
ごめん…… 大柳に心の中で謝って、俺らは守衛室を飛び出した。
従業員通用口はすぐそこだ。そのまま外に出られる。
だが自動ドアは俺たちがたどり着くより先に開いた。そこには警備員の姿があった。守衛室にいたやつじゃない。
「菊田さんっ。いましたっ! こいつら。とっつかまえてやるっ」
敷地内の駐車場などの外回りをしていた奴らしかった。
俺らは回れ右をした。一階のロビーに出た。そのときエレベータの扉が開いた。菊田たちが乗っていた。
「こらあっ! 待てっ! おまえらなにもんだっ!」
もちろん待つはずなどない。俺はメインエントランスへ向かった。
自動の方ではない扉を押す。
ガチャ。開かない。この時間だからもう鍵が閉まっているのだ。
「あちゃー。くそっ!」
「出河さん、こっちへ」
「上っ!?」
馬都井くんは吹き抜け階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。俺も続いた。
馬都井くんの会社のフロアにでも行くのだろうか。そこに立てこもるのかもしれない。でも、それじゃ逃げられない。ひょっとしてヘリかなにかで、あの謎の部下たちが迎えに来るとか。
警備員たちはすごい勢いで追いかけてくる。逃げきれるのか。
馬都井くんは階段を登りきって、そこで止まって振り返った。俺が階段を登りきる直前に彼は手からなにかを投げた。パチンコ玉くらいの白い無数の小さな粒が階段にばらまかれた。
「うおおっ」
「うわっ」
「ぐわあ」
階段を登っていた三人の警備員は階段の途中で転んで、そのまま下に転がり落ちていった。
なんだあれ?
「急ぎましょうっ」
馬都井くんは二階から三階へ上がる吹き抜け階段も駆け上がっていく。
四階へ登り切ったときに、さっき転んだ警備員たちが二階の階段を慎重な足取りで登り切るのが見えた。
馬都井くんは四階の窓際に立っていた。
窓を開ける。
えっ!
そこから飛ぶのか? 四階だよ。ふぉれすとビルの一層一層は高さがある。落ちたら死ぬんじゃないかと思う。無理無理無理。
俺は、八木亜門のUFOの無重力の光線で降りられればいいのにと、とおんのバイクで冒険した日のことを思い出した。
そういう超能力みたいな力があれば……
「毎年の防災の訓練は参加してますか」
「一応。二〇階も階段下りると膝が痛くなるよ」
「階段では降りません。これを使いましょう」
窓の横に箱があって赤い文字でオリロー避難器具と書かれていた。非常用脱出シューターだ。チューブ状になった袋のなかを滑り降りるものだった。
馬都井くんが箱を開けて中の袋を窓から投げた。
チューブがばらけて落ちていって下の端が地面に着いた。
「さあ、滑り降りてっ!」
俺はチューブの中に飛び込んだ。最初は思ったほど滑らなくてスピードが出なかったけど、途中からスピードが乗ってきて、あっという間にお尻から地面に落ちた。
すぐ後に馬都井くんがチューブから出てくる。
「おまえら、待てえっ!」菊田が四階の窓から怒鳴る。シューターに突入しそうだ。
馬都井くんは、シューターの出口を縛った。
「時間稼ぎです」
「あ、ああ」
落ちてきた菊田は出てこられない。袋の出口は閉じられている。さらに上からもう一人滑り降りてきて、菊田の身体の上に重なった。
「うおっ!」
「くそっ、出しやがれっ!」
暴れるが、警備員は袋になってしまっていて出てこれない。
「逃げましょう」