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第七十六話 台帳の記載

 守衛室に警備員が一人入ってきた。

「定時巡視完了っと。異常なしだ」

「おう、大柳お疲れ。一人で行けたじゃないか」菊田が言う。


「別に一人で行けないなんて言ったことねーだろ、おっさん」

「で、いたのかよ、小人は?」

「今日はいなかったけどよ。こないだは確かにいたんだ。五階の吹き抜け階段の踊り場に」

「くだらない怪談だな。びびってっからそんなのが見えんだよ」

「小人みたいな子犬みたいな小さな白い妖精がいたんだよ。そいつと目が合ったんだ。口元が血みたいなので黒く汚れてた」


「妖精?」俺は聞き返した。

「まったくよ。どいつもこいつも出来の悪い怪談みたいな話ばっかりしやがって。ま、ふぉれすとは、今じゃこんな立派なビルで昼間はにぎやかだけど、まわりは山奥の人気のない場所だからな、みんな心細くて居もしないものを見るんだよ。そういうの見せるのは心だよ心」菊田は言った。


「だから怖がってなんかねえってんだろ」

「まあまあ、くだらない話してないで飯でも食えよ」

 もう一人の警備員から声をかけられて、大柳というやつはカップめんを取り出して電気ポットのお湯を注いだ。

「おっ、どん兵衛の天ぷらうどんか?」 と菊田。

「レアだろ。これが、うめえんだよ」

「どこで買ったんだ? ここらじゃ天ぷらそばかきつねうどんしか売ってねーんだ」

「八号線の交差点のコンビニにあったぜ」

 そこから、しばらくカップめんの話題になった。


「ほんとは袋麺食いたいんだよな。チャンポンメン、カップもあるけどよ。なんか違う。な、近藤はなにが好きなんだよ?」 菊田が聞いた。

「えっ…… あ、えと」

 馬都井くんは言葉に詰まった。

 ひょっとして、そういうの食べたことないんじゃないか……

「ほらUFO好きだって言ってたじゃん」俺が答えた。

「そうそう。そうだった。おいしいですよね、あのラーメン」

「ラーメン?」菊田が怪訝な顔をする。


「いや~、あのソースのにおいがたまんないっすよね。カップ焼きそばならやっぱりUFOっすよ。つーか、ふつうの焼きそばより好きかも」 俺はフォローした。馬都井くんは食べたことがないんだ。

「おう、そう言えばUFOで思い出した。焼きそばじゃない方のUFO。このまえテレビで……」 と菊田。


「俺の妖精は信じないくせに、UFOはいいのかよ」と大柳。

「別に信じてるって言ってねーだろ。そういう話じゃなくってよ、レポートをやってた平野美久って俺の姪っ子なんだぜ」 菊田が嬉しそうに言う。

「ええっ、見たよ。めちゃくちゃかわいいじゃん。紹介してよ、主任っ」

「そんなときだけおっさんじゃなくて、主任かよっ!」


 俺もニュースレポートは見ていた。たしかにその女の子は可愛かった。菊田主任の姪って。似てない、似てない。

 UFOがレーダーに映って小松基地から自衛隊機のスクランブルがあった。テレビ局の中継車はレーダーに現れた場所に遠足に来ていた幼稚園の保母さんにインタビューをしていた。ところがインタビューをしているまさにその最中に、後ろに光る点が空をゆっくり移動していったのである。


 全国のニュースにも何回も流れた映像だった。

 へえ、あのレポーターの親戚なのか。

 なんか、それなりに俺たち守衛室に馴染んでる。案外誰も気づかないもんだな……

 制服の効果だろうか。


 意外に菊田主任の顔はよく見れば整っているし、くりんとした目はあのレポーターに似てなくもない。菊田がもし警備員の制服でなく、たとえばアナウンサーのかっこをしてレポーターの隣にいたりしたら甥と姪か兄妹だって思うかもしれない。

 制服って、俺らが思っているよりも、そういう力があるのかもしれない。


「でも、どうやって鍵の台帳を見ればいいんだ? みんな一斉に見回りに行って俺たちだけになるってチャンスなんてあるのかな?」俺は馬都井くんにささやいた。

「大丈夫ですよ。チャンスはつくります。もうすぐです」馬都井くんは腕時計を確認して言った。


 三〇秒もしない内に、突然、耳をつんざくような音量でファンファンと警報が鳴りだした。

「どうしたっ!?」

「火災報知器のランプ点いてるぞっ」

「おい、マジかよっ?」

「現場の映像は?」

「カメラは二十三番だ」

「燃えてる様子は見えないな」

「現地確認かっ」

「主任、俺らは残って消防との連絡をやります」馬都井くんが言った。

「おうっ、そうだな。無線聞いて待機しとけよっ。おまえら、いくぞっ!」


 さっきまでの無駄話のゆるい雰囲気を完全に脱ぎ捨てて、俺ら以外の四人全員が警備員室を飛び出していった。

「トイレにね、仕掛けをしてきたんですよ。感知器の下に時限発火の花火をね」馬都井くんが俺に言った。

「警備員室をからにするため?」


「そうです。だが稼げる時間はそんなにない。鍵の記録を探しましょう」

 カウンターにある紙は今日一日分しかなく、台帳はないので、キャビネットや引き出しを順に開けて探す。最初は丁寧に開けていたけれど、意外に見つからないので、かたっぱしから開けてあさった。


「これは? あ、あった」

 見つけたのは馬都井くんだった。

 あの金曜日のところをめくって開く。

「鍵を返した記録は……やっぱ森っちだ。森っちの話のとおりだ」

 馬都井くんがそこを撮影した。時刻は六時五六分になっていた。


「ということは、長谷川さんはその日は残業をしなかったということですね」

「そう。だとしたら不正な残業申請じゃないか。なんで、そんなことをしたんだろう」

「やはり、お金に困っているのでしょうか」

 それは、長谷川が金庫から現金と商品券を盗んだという推論を後押しする。


 じゃ、なんで経理課長は長谷川だと言ったんだろう。

 そう。システムで残業申請されたからだ。残業手当は不正に取得したかもしれないけど、金庫には手をつけていないということなのだろうか。

 馬都井くんがなにげなく台帳の次の日をめくった。

 土曜日、長谷川が出勤していた。一一時に鍵を受け取って、一六時に返している。ほんとに経理も忙しいんだな。翌日に長谷川は働いていたんだ。


 あっ!

「……そういうことか。タイムシフトは翌日に仕事をしてその分をつけたんだ。俺らは休日出勤はつけちゃだめだって言われてるんだ。労働基準法がうるさいからって。しちゃった場合は平日に付け替えるようにって」

「それはどうなんでしょうね。労働基準法が逆に労働者の不利益になってるようにも思えますが。では長谷川さんは金曜日ではなくて土曜日に金庫を開けたということでしょうか。金曜でも土曜でも、月曜日の前ということでは変わりはないですしね」


 馬都井くんは、台帳の次の日もめくった。

「あれ、経理課長だ……」

 日曜は倉田経理課長が休日出勤していた。そして意外な人物も休日出勤していた。黒崎次長だ。時間はふたりとも同じような時間帯で一〇時から一七時までだった。


「課長クラスが休日に出勤しているというのは、加能商事では普通のことなのですか?」

「いや…… 管理職がそろいもそろって日曜に出てきてるなんて。変だな」

 倉田はスマートな印象がある。仕事をため込んだりはしそうにないようなイメージで違和感を感じた。


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