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第七十五話 守衛室

「アナログな方法を試してみましょう」

 馬都井くんが言った。

「アナログな方法って?」

「守衛室に鍵を返すとき台帳にサインをするでしょう。それを見れば済むことです」


「台帳を…… でも、今日のじゃないんだよ。どうやって?」

「潜入するんですよ」馬都井くんはおいしいものでも食べに行くような顔でにっこり笑った。


 守衛室は一階のエレベーターホールの横のドアを開けていく。ふぉれすとで勤務している者なら、鍵の受け渡しのために慣れているから、その鉄の扉を開けるが、一般の人間はなにも書かれていない巨大な鉄の扉を開けることはまずない。


 考えてみたら、ふぉれすとビルには、そんな、一般の人が開けない扉というのが、そこ、ここに、いくつもある。ビル自体のメンテナンスのためのパイプスペースやら空調関係の機械、あるいは様々な倉庫などもその扉の向こうに隠されているのだろう。表に出てくることはないが、ビルを機能させるためには欠かせない人体にたとえるなら内臓のようなものだ。守衛室もそうである。人間の体なら免疫を司る部分になるだろう。


 重たい扉を開けて守衛室に通じる廊下を行く。右に曲がるといつもの守衛室の受付カウンターだが、そこを馬都井くんは直進した。

 立ち入り禁止の看板の横を通る。

「ちょ、ちょっと馬都井くん……」


「潜入開始します」

「まずいって。だって、そこまっすぐ行ったら守衛室の窓からもまる見えだし」

 守衛室は受付カウンター側だけではなく、右の廊下の方にも窓があって、そこから廊下も見えるようになっている。


「なあに四六時中いつもこちらの方を見ているわけではありませんよ。偶然、こちらの方を見ている確率なんて10%ほどでしょう。さっさと通り過ぎちゃえばいいんです」

「でも、もし、見つかったら?」

「大丈夫です、そういうときのために使える万能の言葉があります。世界中のたいがいの立ち入り禁止のところへ入っても許される魔法の言葉です」

「え、えっ?」


「トイレと間違えましたって言うんですよ」

 えー。そんな子供みたいな言い訳……

「成否を分けるのはスピードです。慌てず、急いで、素早く行きましょう」


 猫のような足取りで歩いていく馬都井くんに続いて俺も警備員室の窓の横を忍び足ですり抜けた。守衛室の方は見なかった。

 そして、彼はつきあたりの扉を開けて、俺を室内に招き入れた。


 そこは、警備員の更衣室のようだった。ロッカーがいくつもならんでいる。とりあえず潜入はうまくいった。でも……


「こんなところに台帳って保管してある?」

「いえいえ、ここにはないですよ。守衛室の中でしょうね」

 そういいながら馬都井くんはロッカーを次々に開けていく。


「ああ、あった、あった」

 警備員の制服だった。

「サイズは……Mか。出河さんこれでいけますね」

「へ?」

「着ましょう。ああ、服の上からでいいですよ」

 馬都井くんは俺に制服を渡した。


「ああ、Lもありました」そう言って馬都井くんも警備員の制服を身につけたのだが、着替えている間も誰かが入ってくるんじゃないかと気が気でない。この状況じゃ「トイレと間違えました」は使えないだろうし。

 帽子をかぶる。


「では、鍵の受け渡しの台帳を探しに行きましょうか」

「そ、それって、もしかして守衛室に入るってこと?」

「もちろん」


「い、いや、それはマズくない」

「大丈夫でしょう。警備員も人数がいます。ローテーション勤務なら、全員が互いに顔なじみということはないはずです」


 俺は馬都井くんと同じように眼鏡をかけた。運転用のものだ。ふぉれすとに勤務する人は数千人はいる。鍵を返すときくらいしか顔を合わさないが、警備員に顔を覚えられている可能性もある。


 更衣室の扉を開けて廊下を戻り、守衛室の横側の扉を馬都井くんが開けた。

 室内には四人いた。屈強な男たちだ。中一の頃、空手部の部室に届け物をしに入ったときの緊張感を思い出した。


 目立たないように、そーっと静かに空間になじむように入っていこうとする。

「どおもーっ! お疲れさまでーす」馬都井くんが大きな声で挨拶して入っていった。

 ぐわっ。もう腹をくくるしかなかった。


「お疲れさまです」馬都井くんより小さな声で挨拶する

「おう、お疲れ」ダミ声が返ってきて、ほかの奴らもテレビを見ながら挨拶を返した。

 空いてる席に馬都井くんが座った。俺もその隣に座る。


 一番、年長そうなダミ声の顔のでかい、おっさんなのかまだ若いのか分からないような男が血走った目でにらむ。

 ば、ばれたか?

「そこ班長のいすだろ」その警備員は馬都井くんに向かって怒鳴った。

 あわわ……


「班長のいすに座ってみたかったんですよ」

「一〇年早ええよ」

「ですね。はは」

 馬都井くんは俺の隣の席にずれた。

 馬都井くん、危ないとこだったよ。気をつけてよ……


「おまえはなにか、室長のいすに座りたかったってのか」警備員は俺に文句をつけた。

 し、しまった。俺もか!

「一〇年早いですよね」

「一〇〇年だよ。見ねえ顔だな」


「前に一度一緒になりましたよ。菊田さん」

 馬都井くんはその警備員の名前を呼んだ。名札で見たのか。

「そうだっけか、えーと、近藤? なんだ近藤孝と同じだな」


「あー同じ近藤がいるんですね」

「おい、眼鏡、オマエも初めてだな。あれ、中田って、おまえは中田ノブと同じ名前かよ。ややこしいな」

「ええ、よくある名前なんで」

「にしてもずいぶん早い出勤だな、まだ一時間以上もあるじゃねーか」


 今は夜の八時三〇分を過ぎたところだった。勤務は一〇時交替か……

「嫁と喧嘩したんで家にいたくないんですよ」馬都井くんが答える。

「ああ、なんだ、おまえ結婚してんのか。で、中田はどうしたんだ?」


 うっ、なんて答えればいいんだ……

「で、いっしょにパチンコでもと誘ったんですが、お互い全然出ないんで、さっさとあきらめちゃたんですよ」

 ほっ…… 馬都井くん、嘘つくのうまいな。

「俺もこの前すったさ。さんざんすって出そうだって時には出勤時間になる。勤務前に打つのはやめた方がいいって分かってんだがなあ」


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