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第七十三話 コスプレの方々

 よし、もう少し誰かと話してみよう。

 会場を見渡す。知っている奴で、誰か俺の知らない人と喋ってないかを探す。会場をぶらつきながら料理や飲み物のコーナーなどで来客を観察した。社員でいけそうなのが何人かいる。


 うちの課長がしきりに髪を触って気にしながらサラダを取っていた。海草のサラダだ。酔うとめんどくさいので注ぎに行くのはやめにしよう。

 人事課の三戸梨さんが戦隊ヒーローもののメガレンジャーのメガレッドに声をかけられている。うちの社員か? その隣には悪役で謎の組織ゼドストライクの女王様、イザベリンデが濃いアイラインのメイクで眉をつり上げて怒っているような調子でまくしたてている。


 黒崎次長に倉田課長がビールを注いでいた。上司だけど顔を背けて見ないようにした。まだ黒崎次長にはムカついているんだ。


 美少女と原始時代のコラボアニメ、ウホウホガールズの動物の皮を模したワンピースの女の子、エイリアンみたいなクリーチャーの男は長い指先を器用に使ってケーキを食べていた。ストームスーツの男はコスチュームはリアルだったが、残念なことに丸い顔だけがヴィクター曹長じゃなかった。


 ステージでは、社員の大木補佐が忘年会とかでも恒例のマジックをやっていて、シルクハットの中からロープに結んだ小さな国旗が次々と出てきて最後に鳩が飛びだした。

 カミシモを着たナマズがいた。頭に冠を被り手には棒で神社なんかにあるような白い折った紙がくっついている。天狗とか鬼の扮装をした奴もいた。一つ目小僧に河童に九尾の狐。


 お香の匂いがする。蚊取り線香のような匂い。それからカレーに使うスパイスの一種のような匂い。あるいは誰かの香水なのか南国のフルーツのようなのも。いろいろな匂いがごったに混ざり合ってる。カクテルの上の花火がチカチカ燃えて火薬の焦げくさいにおいもした。


 神社、儀式、太鼓、盆踊り、夜店、金魚すくい、鳥居、誰かとの話、暗い夜道、電飾、神事相撲でUFOを見たこと、そういう夏祭りの断片的な記憶とパーティーが重なる。


 獅子舞をやっていた。獅子頭を持っている人は黒い服を着ていて、窓際の夜景に溶け込んで見えなくなった。酔った目にはひとりでに獅子の頭が動いているように見えた。

 パーティーと祭りは似ている。いやパーティーの原型はお祭りなんじゃないだろうか。


 祭りは神々との交歓だと聞いたことがある。祭りによって神々を饗応するのだと。

 酒を飲むことで人の認知を正常な状態から変化させ、神々と交信することを容易くするのだという。たしかに酔った俺の目にはコスプレして騒いでいる人々の姿が、日本に古来より伝わる土着の神々に見えた。


 なぜ神々と交信する必要があるのか。神々の力を借りなければ、人の力だけではどうにもならないからだ。例えば飢饉とか災害とか。昔よりも科学や社会が発展して人の力で何とかできることが多くなったけれど、それでも災害や戦争は今でもあるし人の力で解決するに至っていない。


 俺にも神頼みしたいことがある。俺の力だけではどうしようもないことだ。

 とおん…… 無事でいてくれ。そして、また会えたら……

 俺は祈った。


 前に立っていた女性が突如振り返った。

「我はその方面でないぞよ。財物のことなら受けようがの」

 前がはだけた着物のようなコスプレをした妙になまめかしい女の人だった。

「えっと……」キャラのセリフかなにかなのか?


 なんと答えようか迷っているうちに、その女の人は行ってしまった。

 失敗、失敗。

 まったく知らない人に声をかけてみよう。どうせなら思いっきり奇抜な人に声をかけてみようか。


 近くにスーツ姿だけれどやたら体の大きい四人の男がいた。頭にだけ被り物をかぶっていて変な感じだ。一人は亀の仮面。もう一人は虎。それから竜。最後に鳥みたいなの。男たちは皆同じくらいの巨体で、仮面まで入れると身長は二メートルをゆうに超えている。塔みたいにでかい男が四人集まっていた。


「相が重なりかけておるぞ」亀が言った。

「まだ早い」と虎。

「いやいや遅すぎるほどよ。のう朱雀」龍が反論する。

「今宵のみにつけ、ゆるりと過ごそうぞ」鳥は落ち着いた口調で言った。


 きっと頭の上に仮面を載せてるんだろうと思う。そんなでかい人がいるわけないからだ。

 コスプレしている人には、やはり、そこについて話しかければいいんじゃないだろうか。美々さんならそうアドバイスしてくれるだろう。

「いやあ、よくできた仮面ですよね。口とかも動くんですね」

 俺は朱雀と呼ばれた鳥の人に声をかけた。


「見えるのか?」

 鳥が驚いたように言う。仮面の目が見開いて口がパクパク動く。ほんとよくできてる。アニマトロニクスか?

「小さきものよ、そなた、我らをどう見る?」亀の仮面が俺に聞いた。


「どうって…… あ、仮面はよくできていると思いますけど、仮面だけが浮いちゃっててどうせならスーツじゃない方が」

 コスプレのお金がなかったのかな。

「我らが怖いか?」と龍の仮面。

「え? いや、別に」

「小さきものは恐れてはおらぬ。期は熟したか。いや……」と虎の仮面。


「あの、できれば出河って呼んでもらえませんかねっ! 小さきもの、小さきものって。調子のいいときは一七〇いく時もあるんですからっ」

 初対面なのに、ちょっと失礼じゃないか?


「出河君……」

 振り返ると倉田課長だった。

「あ、倉田課長」

「ちょっといいかね」

「あ、倉田課長、この人たちのコスプレが…… あれっ」

 ほんのちょっと目を逸らした隙のことだった、男たち四人は手品のようにかき消えてしまっていた。


「ん?」

「あれ、おかしいな……」

「さっきのことだが、本当に他言無用で頼む。特に警察や会社の上の方には絶対に漏らさないように。くれぐれも頼むよ」

「はあ、はい」


「長谷川君にも関連することなんだ。君は同期じゃなかったか」

「え? ええ、同期です。関連するって?」

「君だけに言うが、状況としては長谷川君を疑わざるを得ないんだ。金庫から商品券と現金が消えた日に残業をしていたのは長谷川君ひとりだった」

 決定的なことが明かされてしまった! やっぱり長谷川なのか……


「たっ、確かなんですか?」

「私は定時に帰ったがシフトは記録に残っている。翌日になくなっていた。驚いたよ。信じたくはないが、その日の昼には金庫の中は私が確認している。長谷川君しかいないんだ」


「長谷川は金庫をあけられるんですか?」

「金庫の鍵はナンバーになっている。が、どこかで見たのだろう。とにかく、それでも長谷川君は私の可愛い部下だ。過ちがあったとしても警察沙汰などにしたくない。なんなら私が弁済してもいい。とにかく内密に頼む」


「……分かりました。俺は警察に言うつもりなんかはないです」

「ありがとう」

「あ、でも、それいつのことですか?」

「ああ先週の金曜日だ」


 えっ?

 その日は、俺が八木亜門を追いかけ居酒屋に行った日じゃないか。長谷川だってあの合コンだったし、仕事はしていなかったはず。どういうことだ?

「じゃ頼んだよ」

 それだけ言い残し、問いただす間もなく経理課長は去っていった。

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