第七十一話 左の波政、右の棚木
「UFOのプラモとかないの?」
「あるけど倉庫だな」
「あるの?」
「70年代、80年代のビンテージもの。羽咋のUFO博物館も買いに来てるぜ。一点モノばっかだから売らないけどな」
「売らないモノを店に揃えておくって」
「うちの商品ってのは、売れるって思うものだけを仕入れてるんじゃない。店に置いておきたいかって視点で選ぶんだ。売れるかどうかじゃなくて一品一品おもしろいと思う物は置いちゃうんだよ」
「在庫がどんどん増えるじゃない」
「いいんだ。金儲けでやってんじゃねーし。我麗磁のいいところってのは、給料は安いが自分の好きなものを買えるってとこなんだ」
「買い付けでってこと?」
「長くバイトしていると、社員になれて好きに買い付けできる。モノ好きにはたまらない仕事だ。社長の買うものが一番売れないんだぜ。えらくなるほど売れないものを買えるようになる。そういう意味じゃ月給50万くらいもらっているのと同じさ。本とか陳列前なら読んだりもできるしな」
「いいなあ」
「今度、化石とか鉱物とかも仕入れることにしたんだ」
「へーっ、」
「で、その目玉に交渉してんのがあってさ。100万なんだ」
「100万、なに?」
「河童の手のミイラ」
「河童の手?」それは化石・鉱物の範疇なのか?
「んなもん、偽もんに決まってんだろ。前にテレビでやってたぞ。アシカだか、ラッコだかの手だって」棚木が言う。
「いや、俺が見た感じじゃ、そういうのじゃねえ。鱗があるんだ」
「あんた、どう思う?」
「河童の手かあ。いや、見てないしさ。でも確かに売れないだろうなとは思う。100万って」
「だよな。だから社長がいいって言ってくれなくってさ。いや、取り壊される古い神社に伝わってたものなんだぜ」
そういうものなら本物の河童じゃないとしても価値はあるのかもしれない。
「あ、でもさ、化石とか鉱物って話なら隕石は欲しいなあ」俺は言った。
「あるよ」
「えっ?」
「ギベオン隕鉄」
「マジ?」
「8万」
「び、微妙に買えそうな値段じゃん」これは買いか?
「あ、値段上げよ」
「って、おいっ! 売りたくないんなら最初から高くしとけばいいのに」
「いや、おまえ売る気ないだろって社長に怒られちゃうからよ」
「客だって怒るよ」
「まあ、あれだ。ほんとうに貴重なモノってのは流通ルートには乗らない。中古でしか手に入らないんだ。モノが好きなら古物商ってのは面白い仕事さ」
波政は鉱物が好きで同じ趣味を持つ人間と鉱物探訪会をやっているという話もした。
「今度、尾小屋鉱山跡に行くんだ。まだ銅とかなら普通に見つかると思うぜ」
「尾小屋鉱山って、この前に新聞にUFO出たとか書いてなかったか」と棚木。
「それも楽しみなんだよな。鉱物探訪会は時々は超常現象研究会にもなるしよ。夜はさ、この前手に入れたシックスムーンのウルトラライトウェイトのテントでUFOの出現を観測しようって作戦。UFOってのは出る場所には何度も出るって傾向もあるんだ」
俺はそれをこの前見たのだということが喉から出掛かった。
「UFOを見たことがあるかい?」俺は代わりに聞いた。
「ああ。あれはUFOだな。羽咋で見たんだ。知ってるか? 羽咋って地名は羽喰いって伝説からつけられたんだぜ」
「もちろん」
巨大な鳥の羽を神獣が喰いちぎって、その羽のない鳥が落ちた場所が羽咋なのだ。羽がない鳥というのは喰いちぎられたのではなく、最初から円盤の形をしていたのじゃないか? つまりUFOだったんじゃないか? っていう伝説の解釈があった。
UFOや神はいないという科学による世界観が現代では正しいとされている。過去の世界観は迷信にまみれた間違ったものとされている。でも、世界って本当にそうなのかって時々思うことがある。
浪政くんってのは、つまりトラベラーで、ミニベロサイクリストで、読書人で、ファッショニスタで、ときどきテント生活者で、エアスプレーも持っているモデラーで、トリップサーファーで、自称不思議探検家で、週に2日飲んでて、そういう生活をしているのが俺らみたいな社畜とは違って自由人ぽくっていいなあと思った。文化的な生活を送ってる感じがするじゃないか。
「いいな楽しそうだ」
「来るかい」
「浪政、たぶらかすんじゃねーよ」
「たぶらかすってなんだよ」
「出河、注意しろよ。こいつは左翼だからな」
「左翼?」
「ああ、こいつはふぉれすとの開発計画に反対運動とかしてやがるんだ。今だって尾小屋鉱山跡の開発計画に反対してるし」
「うるせえよ。なあ来いよ。今、いかないともうすぐあそこは開発されて森がなくなるかもしれねえんだぜ」
「……左翼なの?」間の抜けたことを聞いたと言ってから思った。
「まっ、まあな。右と左のどっちだって言えば、俺は左だよ。悪いか?」
素直に認めたのもあれだけど、むしろガチガチの保守と思っていた棚木の友人に左翼だという奴がいるっていうのが意外だった。
「ガキの頃からのつきあいなんだがよ、こいつの左よりのところだけは入れられねえ」棚木がなぜか言い訳をするように言った。
「でも、ふぉれすとの開発に反対してたのに、ふぉれすとに出店するの?」
「うっ…… ここまで高層のものが必要だったのかよって反対だよ。それに無駄にならねーように入居してやんだよ。ったく、棚木が余計なこと言うからテンション下がっちまったじゃねえか、右翼」
「俺は右翼じゃねーよ」
「いーや。おまえは右翼さ、代議士の息子。おまえの親が右翼だ」
「右翼じゃねーよ。保守ってだけだ。もっと右がかった議員だっているだろ。それに俺はおやじより中道だ。第一、おまえだって左翼の親の子だろ」と棚木。
「ふう。落ち着けよ棚木。ま、いいさ。俺たちは政治スタンスだけはダメなんだ」と波政。
「ふん、まあな。原発の推進とか反対とか、防衛力を強化するのかってこととか、増税について、中韓と融和すべきか対抗すべきか、あるいは環境主義について、それか、新聞が朝日か産経か、リベラルかコンサバティブか、体制か反体制か、全部対立してんだ」棚木が言う。
「なんで、つきあってんの?」
「……」「……」
二人そろって沈黙してしまった。
「ガキの頃からのつきあいだから…… ま、あんまり心配すんなよ。こいつ思想的に偏ってるけど、人にそれを強いたりしないからさ」
それきり左翼と右翼に関する話題は立ち消えて、俺は少しほっとした。