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第六十六話 ランカウイの黄金鷲

『こちらコードネーム、ランカウイの黄金鷲、ランカウイの黄金鷲。ね、聞こえますの?』

 美々さんの声だ。


 無線を耳に仕込んで指示を受ける。目立たない補聴器のようなタイプで、俺の髪型だと外見的には分からない。

 今回のセミナーは事前に講義を受けるというのではなく、いきなりパーティー会場で美々さんから無線の指示によって実践するちょっと無茶なものだった。


『はい、オッケーです。はっきり聞こえますよ、美々さん』俺は返事をした。小さく喋るだけでマイクなんかは特にない。耳のヘッドフォンユニットにマイクも内蔵されているのだ。

『美々さんじゃないでしょ。コードネームで呼びなさい。せっかくの内偵捜査なのに気分が出ませんじゃないの』


『はい聞こえます。えと黄金鷲さん』

『ランカウイの黄金鷲っ! 略さないっ!』

 めんどくさいなあ……


 美々さんはコンパニオンの服を着て会場に紛れていた。衣装がオレンジに金色なところからランカなんとかのコードネームを考えついたのだ。あー、ランカウイってのはどこか旅行先の地名とのこと。


『ターゲットは捕捉した?』

『はい、窓際の方の丸テーブル囲んで経理の人間が何人か集まってます。藍色のワンピースの女の子分かりますか。そこにいます』

『ふーん、あ、あのテーブルね。一人だけ男性がいるわね。あの人かしら? へえ、中年だけどちょっとジョージ・クルーニーみたいじゃないですの』


『そう。経理課長の倉田さん』

 エリート銀行員にいるような整った顔立ちで、短くセットされた髪にはもう白いものも混じっているけど昔はモテたって話も聞く。本日のターゲットだ。


『じゃ、とりあえず小手調べに経理課長ではなくて、誰でもいいから…… そうね、その藍色のワンピースの女の子に声をかけましょう』

『え、女子に声かけるの?』


『そう。ま、戦略ですわよ。将を落さんとするときにはまず馬からって言うでしょ。いきなりターゲットに接触して失敗したらどうしようもなくなりますからね』

『女子かあ……』

『その方が出河さん的にもテンションも上がるでしょうし』


『い、いやあ、まあ、そうかもしんないけど。また別の意味でハードル上がっちゃうって言うか……』

『なにヘタレなこと言ってますの! いい、パーティーの時ってのはね、ぶっちゃけ女の子はみ~んな王子様に声をかけられるのを待っていますのよ』


『そ、そうなんですか?』

『ま、出河さんは王子様ではないけどね。……むしろ真逆だけど』

『真逆とか余計ですよ! そこは王子様でいいじゃないすかっ! シャイな俺の背中を押してくださいよ』


『私が思うに、本物の探偵やスパイだって一番重要なテクニックは初対面の人と仲良くなることじゃないかしら』

 まあ、それはそうかもしれないとは俺も思った。


『まず位置取りからね。距離が肝心ですわ。接触対象の声が聞けて自分も話しかけやすい距離に接近するの。ミッション1は接近ですわよ』


『ラジャー』

 俺は藍色のワンピースの女の子、経理の森っちに近づいていった。

『もっと。もっとよ』


『そ、そんな近くなんですか?』

『もっと、まだまだ』

『ふ、不自然じゃないでしょうか?』


「出河っ、近いわよっ!」藍色のワンピースの森っちの隣にいた田上に怒鳴られた。

「わわわっ」

『ほら、美々さんっ!』

『もっと…… へ?』


 見ると美々さんが馬都井くんにワインを注がせていた。

『ああ、そんなものでいいわ。馬都井』

 一口飲んだ。

『このスパークリングなかなか美味しいわね。聞いたことのない銘柄だけど、野趣あふれるって言うか、へーっ覚えておこうかしら』


『美々さんっ! もお、ちゃんとやってくださいよ』

『だから、ランカウイの……』

『つか、だいたい、そのランカウイの黄金鷲ってなんなんすか』

『マルタの鷹、ナイロビの蜂、ランカウイの黄金鷲、地名プラス動物の名はトップエージェントのみに許された伝統のコードネームじゃないですの』


『今回は探偵ごっこだったんじゃ』

『そう、あれはプルメリアの花が咲き乱れる頃でしたわ』

 聞いちゃいねえ……

『クアラルンプールからの短時間のフライトを終えランカウイ・インターナショナル・エアポートに降り立った美しい少女は……』

『えと、その回想シーンいりますか?』

 美々さんは、そのランカウイの話を続けた。特に命に関わるようなスリリングな事件が起こるでもなく、ひたすら観光名所やグルメの話が続いただけだった。


『ただの楽しい家族旅行じゃないすか!』

『だって話したかったのですもの』

『ですものって…… ああもう、次どうすればいいんですか』

『位置をキープしなさい。滞在時間を長くするの。そうねテーブルの立食の料理でも取るふりをして』


 ソーセージを皿に載せる。間が持たないので載せ続けていたら八本も取ってしまった。そーっと元に戻す。

 田上にじとーとした目つきでにらまれた。

「き、汚くないから。ほら、箸はまだ口に付けてないし」聞かれてもいないのにコメントした。

 いかんソーセージは無理だ。間が持たん。豆にしよう。


 豆をひとつひとつ箸でつまんで時間を稼ぐが、すぐに皿の上に豆で山が作られていく。

「ひ、ひよこ豆大好きなんだ。あは、あはは」

 田上に言い訳する。俺、バカみたいに見えてないか?


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